「うるさい犬ですね、躾のできてない。第一僕の言った事は本当ですよ。イシュヴァ−ルでロイ・マスタング中佐は確かに男に抱かれてたんだ。キンブリ−少佐とは一度きりだったけど何時も一緒にいた眼鏡の男の情人だったと専ら評判でしたしね。」
「いいかげん黙れ!この野郎」
拳を突き付けてハボックが吼える。隣のロイが目で制するのも無視して前に出た。
「何をそんなに怒るんです?上官の醜聞なんてたかが一介の兵士には関係ないでしょう?ああそれともあれですか、あなたも彼の情人の1人だという事ですか?」
牽制するように吼える男に練成陣を見せつけながら、挑発は続く。鎖に繋がれた犬をいたぶるのを、明らかに彼は楽しんでいた。いずれ怒りは臨界点を越え、犬は鎖を引き千切る−その時を彼は待っていた、より劇的に自分の力を思い知らせるために。
「でも情人だったらこんな事ぐらいで怒ってられませんよ、だって軍では有名だ、マスタング中佐が出世のために体を使うってのは!」
「野郎!」
「よせ、ハボック!」
制止の声と怒りの叫びが交錯する中ハボックの爪先が床を蹴り、嘲笑う男に突進する。
「馬鹿な犬だ!」
錬金術師の手が動き左右の練成陣が一つに合わさろうとした時、ハボックの右手から何かが飛んだ。
「!」
それは真直ぐに眼鏡に向かい、予期せぬ反撃に目を押さえた男の動きは一瞬止まる。それだけでハボックには十分だった。男の間合いに入ったハボックの体が沈み手が軍用ブーツの踵に向かう。そして銀光一閃、閉じかけた男の手の間に光が走った。
「ぎゃあ!」
左右の練成陣から焔のかわりに紅い飛沫が飛び散り、辺りに不揃いな紋様を描く。手のひらに描かれていた練成陣はブーツに忍ばせた小形のダガ−で一直線に切り裂かれ、円の循環は断たれた。
「錬金術師を攻撃するにはその練成陣をくずせばいい、そうっスよねマスタング中佐?」
さっきまでの激昂を何処にやったのか、飄々とした雰囲気を取り戻した垂れ目の准尉はダガーの血のりを拭いてさっき投げ付けた物−この間振られた彼女から貰ったライターを尻のポケットに戻し、手を抱えてうずくまる男の襟首を引っ付かんで立たせた。
「騙したな!さっきのはわざとか、何処に武器なんて持って・・」
「あのなあ、あんたも元は軍人なんだろ?だったら上半身ストリップぐらいで安心するなよ。素っ裸にしてケツの穴まで調べなきゃフツーは武装解除したっていえないもんだぜ!」
言うなり強烈な右ストレートが男の頬に炸裂し、そのまま後ろの壁に激突して動かなくなる男を見ながらハボックは胸の練成陣を思いきり良く引き剥がした。
「あーすっとした、こんなモンつけさせやがって、デリケートな玉のお肌がかぶれたらどーしてくれンだ、ったく。」
「デリケートな男はケツの穴なんて言葉は使わないぞ、ハボック。まったくハラハラさせて」
「あれ、お芝居だってわからなかったスか?ちゃんとウインクして知らせたっしょ?飛び掛かる時。」
「アレがウインクとは解らなかった、何顔しかめてるんだと思ったよ。アレじゃ御婦人はなびかんぞ。」
「ひっでー」
危機は去ったとばかりにふざけた掛け合いを始めた2人の後ろで灰色の目がゆっくりと開いた。

口の中に鉄錆の味が広がり、吐き気がするが体はちゃんと動く。あの馬鹿犬がこっちに殴り飛ばしてくれたおかげで、壁の練成陣にはすぐに手が届くし、2人の注意はそれている。今がチャンスだ、一気に術を発動させてやる。奥の手を使わなくても大丈夫だ。こいつで思い知らせてやる、最後に笑うのは誰なのか。

「2人ともこれを見ろ!」
がらんどうの空間に響く勝ち誇った叫びに振り向いた2人の軍人の目に手を血潮で赤く染めた男が壁の練成陣の前に立ち上がるのが見えた白い壁についた右手からは赤い血がまだ流れ続けそれが壁を汚すのも構わず声は続く。
「見ろ!両手の陣が崩されても僕がこれに両手をつけばこいつは発動するんだ。このイーストシティ全体を被う練成陣はこれ一つ、独立したものなんだから。残念でしたねマスタング中佐!役に立たない飼い犬で!」
言うなり左手を壁に叩き付けると、淡い光が紋様からそって浮かび上がり壁全体が輝き始める。咄嗟の事に何もできず固まる2人の軍人を見つめる男の耳に遠くから体に響くような重い音が聞こえた。

「5時、時刻どおりの夜明けの鐘だ、ハボック」
パチン、ポケットの銀時計を開けて確認するロイの言葉通り、低い鐘の音はきっかり5回で終わり、後にはまた何事も無かったかの様に静寂が戻る。
「そんな・・そんな馬鹿な!」
東の空には暁の最初の光が輝き始め、静かに眠るイーストシティを優しく照らす。早起きの鳥達が朝食をとりに街の空を旋回するのがこの高台の屋敷からは良く見えた。何の変哲も無い平凡なしかし平穏な朝の風景。
「完璧な構成式だ、失敗なんか無い!師の言った通りに描いたんだミスなんてしていない・・・・」
ずるずると力無く床に座り込む男は現実を受け入れるのを拒絶するように繰り言を言い続け、その姿を憐れむようにロイは種明かしをする。
「ノット・ダートン。22日心筋梗塞で死亡。葬儀はイーストシティ、ミルフォード街446ーWの教会にて執り行います。弔花御辞退」
「!、それは師から暗号だ、そうか通信を横取りして改ざんしたのか!」
「その通り。君達の通信手段はとっくに押さえてあったんだ。だから最後の手紙もキンブリ−からの返事もこちらには筒抜けだった。」「嘘だ!僕の暗号がそう簡単に解けるわけがない、よしんば解けたって師の返事は無理だ。あんな難解なものたった一晩で解読できる訳がない。」
「国家錬金術師を甘く見るな。君みたいな素人と牢屋に籠った術師の暗号など一晩あれば十分だ。」
「夕べのうちに解ってたなら言って下さいよ−ホント人が悪い。」
「そう言うなハボック、確かに暗号の解読は出来たんだが、こちらの意図した通りにちゃんと間違ってくれたかどうかこの目で確かめるまでは安心できなかったんだ。彼が本当に優秀なら改ざんに気付くかも知れない、そしてそれを修正し、正しい練成陣を描いたかもしれない。・・まぁ結果はこれだったがね。だけどお前だって人が悪い。態と壁に向かって殴り飛ばしただろう?彼がこうすると思って。」
「なんだって・・・?」
唖然とする男に向けられたのは皮肉げな笑み。
「あんだけコケにしてくれたんだ、犬だって一矢報いてやりたくなるってもんスよ。まぁ中佐が大丈夫だって目線で教えてくれたし」
「あぶない奴だ、もし私の解読が間違ってたらどうする?」
「さっき言ったじゃないスか、何があっても信頼するって。」
即答する金髪の部下の顔にはいつもと変らない笑顔、変らない蒼い瞳。与えられたのは何を聞かされても揺るがない信頼。それがロイの胸を熱くする。
「いい犬だろう?役立たずだなんてとんでもない。・・立ち給えヨハン・フォークス。お望み通り奴と同じ刑務所に送ってやるよ、そこで師匠と感動の再会でもするがいい、君みたいな三流術師をあいつが弟子と認めるなら。」
「貴様・・。」
傲慢に言い放つロイにうずくまる男は憎しみを込めて呟いた。ぎりと音がしそうな程噛み締められた口の中で呪詛が紡がれる。その姿を見たハボックの首筋にざわりと何かが走った。
危険?何が?あいつの力はもう封じられている。それなのになんでこんなに不安になる?武器だって持って無いはずだ、殴り飛ばした時ざっと体は調べた。おかしい所は無かった、強いて言えば襟を掴んだ時に見えた赤い・・痣?。
項垂れた男はそのまま動かずしびれを切らしたロイが近付こうとする。その時男の唇に薄ら笑みが浮かんだのを鋭い獣の目は見逃さなかった。
「動かないで!マスタング中佐!」
「ハボック?」
考えるより先に体が動いた。動きかけた上官の体を無理矢理抱えて後ろに走る。緊迫した空気の中で全てがスローモーションのようにハボックの目には映った。そして振り向きざまに投げ付けたダガーは狙い過たず、立ち上がってシャツの胸元をひき千切った男の額に突き刺さる。血飛沫を上げながら仰け反る男の露になった胸にはお馴染みの紅い練成陣。それが光を放つのを見た時ハボックの体は床を蹴って、階下へと通じる階段へ飛び込んだ。


ああやっとかっこいいハボが書けました。やっぱアクションシーンはこの人でしょう。次は容赦のない大佐です。

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