「わんこの具合は良くないのか?」
今夜中に東部へ戻ると無茶を言う親友のためマ−ス・ヒューズ少佐は刑務所から車を飛ばしていた。本来なら2人とも佐官クラスだから普通は運転手がつくものだが聞かれちゃまずい話をする時は大抵ヒューズが運転手になる。積年の恨みを晴らしたにしては、憂い顔の黒髪の軍人は手の中の銀時計を見つめながらため息をついて答えた。
「爆発の瞬間階下への階段に飛び込んだから爆風の直撃は免れたんだが・・落ちてきた梁やなんかから私を庇って、肋骨は折る、火傷はする、おまけに階段転げ落ちて頭は打つし・・。」
「それで?もしかしてまだ意識が回復しないのか?ICU行か?」
「それなのに平気な顔して生きてるって軍医は感心してた。意識も次の日には回復して、煙草欲しがるもんだから看護婦に怒鳴られていたよ・・ったく真面目に心配した私が馬鹿みたいだ!」
拗ねた様に文句を言う友人にヒューズはさっき牢屋で見た彼の怒りの理由の一端を知る。
「まぁ頑丈なわんこで良かったじゃ無いか。それよりお前は大丈夫か?怪我はないのか、やっぱ泊まってった方が良くないか」
「軽い打ち身と擦り傷だけだ。それにまだ事後処理が山の様にあるんだ、のんびりしてられん。」
「嘘付け、ホントはわんこが心配でしょうがないんじゃないのー」
「ヒューズ!」
図星を指されたせいか白い頬には薄ら赤味がさし、むきになって睨む黒い瞳は艶やかな光を宿す。本人はあまり気がついていないが長年の付き合いでロイは気を抜くと案外感情が顔に出るのをヒューズは知っていた。
「だってお前を守って怪我したんだろ?いい部下じゃないか、まだ青いトコあるが鍛えればいい軍人になる。よそに持ってかれる前にちゃんと鎖付けとけ。お前だってそのつもりで東方に連れてきたんだろ?それとも怪我させたせいでビビったか。」
「そんなことはない。あいつは私の手足にするんだ。他所へなんかやるものか。」
「ならちゃんと覚悟決めろ。人にしろ犬にしろそいつの人生左右するかもしれないんだ。」
バックミラー越しの視線にはいつもの軽さは何処にも無い。時折この男が見せる素の顔には長い付き合いのロイでも太刀打ちできない何かがあった。人のまだ心の奥底に隠れているものまで見すかすような緑の瞳に耐えられずロイはふぃと視線を逸らす。
「判ってる。手駒の怪我に一々動揺していたら何もできない。そうだろヒューズ。」
「・・・ま、そういうことにしとけ。着いたぞロイ。」
車は駅のロータリーに停まり、ホームまで送るというヒューズを断りロイは独り車を降りた。書類の入った鞄を抱え運転席の窓を叩く。
「じゃあな、ヒューズ。もし刑務所の連中が今日の事で難癖つけてきたら、逆に管理ミスを上に報告するって言ってやれ。囚人が外部と簡単に連絡取れるってのはどういうわけだってね。」
「ホントお前いつも後始末を俺に押し付けるよなー。ま・ああいうトコの弱味を知っておくってのも俺等の仕事だからいいけどね。じゃあハボック准尉にもよろしく言っておいてくれ。ヒマができたら見舞いに行くって。」
「わざわざ来なくていいぞ。どうせサボリの口実だろうが。大体あいつは私の部下だ、お前の玩具じゃないぞ。」
「いーじゃん、突くと面白いぜあのわんこは。自分が怪我したせいでお前が我を忘れる程怒り狂ったって言ったらどんな顔するかね、あいつは。」
「どういう意味だ!」
「さてね、自分で考えな。じゃあなロイ、今度こっちに来たら絶対うちに寄ってくれよ!」
「おい、待てヒューズ!」
言うだけ言うと車はロイの返事も待たずさっさとロータリーを廻って行ってしまい、独り残されたロイは我に返って、足早にホームへと向かう。イーストシティ行き最終列車の発車時刻はもうすぐだった。

火のない所に煙りはたたない、火のない煙草は役に立たない。そんなくだらないことわざがうっかり口にでてしまう程ジャン・ハボックは煙草に飢えていた。厳密に言えば火のついた煙草に。
「病院内では完全に禁煙です。ハボックさん。」にっこり微笑みながら担当の看護婦(笑顔のかわいい眼鏡っ子)はそう言って病室から火をつける道具一切を持ち去った。そのくせ「せっかくお友達がお見舞いに下さったんだから・・・」と皆が持ってきた煙草だけは置いて行く。おかげでハボックのサイドテーブルには煙草の箱が積み木の様に重なりしかし本人はそれを一本も吸えないという半ばゴーモンに近い状態になっていた。
「こーれじゃあストレスで回復が遅れちまうぜー」
深夜の病院は静かな音に満ちている。患者の寝息、秘かな呻き声。巡回するナースの忍ばせた足音。その中に禁断症状でいらつく患者のつぶやきが響いた。せめて気をまぎわらそうと火のついて無い煙草を銜えてみるが口に広がる微かな苦味に恋しさはつのるばかりだ。
あーもう我慢できない!いっそこっそり脱走するか。あ、確か虫眼鏡で火ってつけられたよな。小学校の理科の実験でやったし。明日ファルマンあたりに持ってきてもらおうか。でも今みんな忙しいよな、俺怪我しちまって迷惑かけたな・・。
実際ハボックが病院で目を醒ました時事件は粗方片付いていた。爆発直後に突入したホークアイ少尉達によって、階下に閉じ込められていた人質は救出され、半壊した階段に埋もれていたハボック達も病院に搬送された。その途中で意識を回復したロイの指揮の下市内で一斉ほう起を計画していた組織は一網打尽にされ、ようやく一連の爆弾事件は終結した。
情けないよな、マスタング中佐はすぐに現場に戻ったってのに、俺ときたら次の日まで目醒まさなかったし、起きたらみんな終わって中佐はセントラルに行ったらしいし・・。
がっくり−ベッドに上半身を起こした大柄な体躯が子供の様にうなだれて、慰めに銜えた煙草も同じように垂れ下がった時。
「おわっつ?」いきなり銜えた煙草が火を吹き、ハボックの前髪を焦がした。そして
「情けない顔をしてるな、ハボック。そんなに煙草が恋しいか。」
不機嫌な声と共に傲岸不遜の我侭上司の姿が深夜の病室に現れた。

「どうしたんですこんな夜更けに、いつセントラルから戻られたんです?あれ椅子ないっスね、えーとすんませんここ座って下さい。」
予想もしなかった深夜の訪問に慌てて体をずらして場所を空けると上司は文句も言わずにベッドに腰を下ろし、灰が落ちそうな煙草を睨み付けた。
「ついさっき駅に着いたばかりだ。明日からまた忙しくなるから、今のうちに忠実な部下を見舞ってやろうと来たらどうだ、煙草を恋しがって鳴いている。いいのか吸わなくて?もう着けてやらんぞ。」
「うわ、吸います、吸います。・・あー生き返った。すいません御心配を御掛けして。怪我はもう大丈夫っスよ、鍛えてますから。」
白い煙りが会話の隙間を埋めるように病室に漂い、久方振りの苦味を味わいながらハボックはそっとロイの様子を窺う。
聞きたい事は沢山あった。例えばセントラルで何があったか。そこには今回の事件の黒幕で過去にマスタング中佐を暴行したという人物がいるはずだ。しかもそいつは刑務所にいて手出しはできないらしい。暴行、レイプ、戦場で、イシュヴァ−ルでそれは珍しい事でも何でもなかっただろうし、目の前の人の一見近寄り難い高潔な雰囲気は確かにそういう対象にされ易かったかもしれない。だが一介の部下が首突っ込める問題でもないし、もう何を聞いてもついて行くと自分は決めたはずだ。だが
「・・セントラルでキンブリ−に会ってきた。2度とおかしなまねをするなと釘を刺してきたよ。」
ハボックの複雑な思いを見すかすようにロイが話し始めた。
「そんな事して大丈夫スか、だってそいつは・・」
「あいつが上に訴えなければいいのさ。おまけに今回の件はセントラル側の管理ミスだ、刑務所の連中も上には何も言わんよ。おかげで悪夢の種を一つ潰せた。他に聞きたい事は?准尉。例えば私が本当に出世に体を使ってるかとか?」
自嘲気味な物言いは
「そんな事は信じません!」
言下に否定されるが、ロイは意地悪く追求する。
「何故そんな風に言い切れる?言っておくがおかしな幻想なんか抱かれても迷惑だ。私はそんなお綺麗な人間じゃないし、上に行くためなら汚い事も辞さないつもりだぞ。大して私の事など知りもしないのにどうしてそう言いきれるんだ?」
生半可な憧れなぞ迷惑だ、そんなもの持つならついてくるな。そう思ってわざと手痛く言葉を投げ付けたつもりだった。
「・・確かに俺は中佐の事あんまり知りません。あんたがイシュヴァ−ルで何やったかとか、何を目指してるかとかね。でもあんたは馬鹿じゃない、これは確かでしょう?軍が体使って登れるほど甘いトコじゃないって事ぐらい判ってる筈だ。体使って得られるモンなんてたかが知れてるし、それなら他の手を幾らでも思い付くはずだ。ねぇマスタング中佐、俺を試すつもりならもう止しませんか?俺は何があってもあんたについていくって決めたんスよ。行く先が何処でも。」
迷いのない静かな言葉がささくれだったロイの気持ちを和らげる。言葉に詰まるロイを見る空の蒼さを宿す瞳はどこまでも優しかった。
「地獄かもしれんぞ、行く先は。ハボック私はいずれ軍の全権を掌握する、つまり大総統の椅子を奪うつもりだ。それでもお前はついてくるか?軍ではなく私個人に。」
聞きようによっては反逆罪にもなる大胆な問いに
「そうすればあんたと離れなくていい?なら答えはYESスよ。」
あっさり返る答えは変らず明るい。
「それがお前の等価か?違法な事もさせるかもしれない、反逆罪になる可能性もある。それなのに何故?」
まるで小さい子のどうして攻撃みたいに満足しない問いに苦笑しつつハボックはなんとかそれに答えようするが自分でもはっきりしない思いを言葉にするのは難しい。
「んー何故ね。ヨハン・フォークスにも聞いてたけど中佐は理由が好きですね。」
「当然だ。理由がなければ行動もないだろう。」
「はっは、俺と正反対だ。俺はね中佐、好き嫌いで人生渡ってるんスよ。やりたい事をやってやりたく無い事はやらない。そこに理由なんてあんまり無い。強いて言えば自分がそうしたいからそうする、それだけッス。」
「とんでもない野望を抱く男に従う事も、そいつを庇って怪我するのもお前がそうしたいと思ったからか?」
「そッス。だからあんたは変な罪悪感を抱かなくてもいいんです。俺はあんたが怪我するのを見るのはヤだから守るんだし、まあ大総統とは驚きだけどきっと似合うと思いますよ。えらそーにあの椅子座るあんた確かに見てみたいスね。」
きっともの凄くふんぞり返るんでしょうね。その姿を想像したのかへらへら笑う男にあきれながらロイは僅かなためらいをきっぱりと捨てた。そうかこいつは自分の意志でついてくるのか、なら金輪際離すものか。後で泣いても知らないぞ。
「それではジャン・ハボック准尉、私の手足に犬になれ、忠実な。」
「御命令のままに、SIR!・・・って、ちょっちょマスタング中佐?」
カッコよく敬礼した男は突然首に抱き着いてくる上司に目を白黒させてその身体を退こうとするが、
「じっとしてろ犬。首輪をはめてるんだ、絶対に外れない・・な。」
そう言ってロイはぎゅむと体重掛けて締め付けるからハボックの首には半端でない力が掛かり、このままじゃ絞め殺されると焦った男は腕力にものを言わせて相手の体をベッドに引き上げた。それでも首にしがみついた上司は離れない。むしろかえってその身体に寄り掛かるようにくたりと力を抜いた。そうして間近に見る顔には確かに疲労の影が濃い。
そう言えばセントラルから夜行で着いたばかりだったっけ。
「もしかして疲れてますか、えーっとよければここで休んでいきますか、狭いベッドですけど。あ、俺はどっか空き部屋捜しますから」
いくら何でもここに男2人は無理だろう。そう思って声をかけるが返事はない。
「あの・・マスタング中佐?」
・・・嘘だろう寝てるよ、この人。
ずるりとベッドから滑り落ちそうになる体を慌てて抱え直すと、腕の中の人は楽な体勢を捜すように暫くもぞもぞした後小さく呟いた。
「初仕事だハボック。4時間程私の眠りを守りたまへ。いいな遅刻したらホークアイ少尉が怒るから絶対に起こ・・せよ。」
語尾はふにゃふにゃと寝言に変り、首に巻き付いた手は力なく垂れる。弛緩しきった体を守るようにしっかり抱き締めると微かな寝息が聞こえてきた。
「アイ・サ−中佐。4時間たったら起こします。だから・・それまではどうか良い夢を。」
眠りを妨げないようそっと口の中で呟くと具合の良いように頭を肩にもたれさせ、ハボックも身体の力を抜いた。この体勢では朝までに腕が痺れそうだが仕方ない。御主人様の眠りは守らねば。

首にかかる秘かな寝息が穏やかな眠りである事をハボックに知らせる。ああ確かにこれは外れない首輪だ、多分自分は一生この人から離れられない・・いや離れたくない。
きっとこれからもっと大変な毎日が来る、こんな程度で寝込んでなんか居られない、想像もつかない事も起きるだろう。
でも俺はついていくと決めたんだ。この人を守り、その敵を倒し、望みを叶えると。

そうする事に理由なんかいらない−今はまだ。




やっと終わりました−!こんだけ引っ張って結局スタートラインについただけなお話でしたがおつき合い下さった皆様どうもありがとうございました。なんとか拡げた風呂敷は畳んだつもりですが無自覚に人生差し上げちゃうハボと無意識に甘えるマスタングさん、お互いの理由に気が付くのはいつのことやら。煽るのか邪魔するのか立ち位置不明の人もいますし。正直ここまで長くなるとは思いませんでした。よければ感想なぞお聞かせ下さるととてもうれしいです。なんか亀の子どころか梅雨時のカタツムリ並みに歩みの遅い恋話ですががんばって続けていきたいです。

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