紅の猫

 昔、昔:という程でないほんの昔、大きな戦争が俺の国にあった。
そして長く続いた戦いに1人の英雄が終止符を打った。

「ジャン・ハボック少尉入ります!」
声が少し裏返ったのは仕方ない。扉をノックする前に深呼吸3回したけどダメだった。緊張でガチガチの俺の体はまるで出来損ないのオートメイルのようにぎくしゃくとドアのノブを廻して扉を開ける。
「本日より東方司令部に配属となりました。ジャン・ハボック少尉です。よろしくお願い致します!」
ドアを開けて3歩進んで、猫背気味と言われる背筋をおもいっきり伸ばして敬礼すれば、
「威勢がいいな」
窓の方に向いたままの大きな椅子の向こうから笑う声。
将校用の椅子は立派で背もたれも高い。だから椅子に座った人の頭が半分ぐらいしか見えないのは判る。噂の英雄はそれ程背は高く無いんだと思ったその数秒後
・・・・何だあれ?
と俺が背もたれから出た彼の頭部にある不審な物体に気がついたのと
「東方司令部副司令代理ロイ・マスタングだ。よろしくジャン・ハボック少尉」
くるりと椅子が回転してそこに座った人物がこちらを見たのがほぼ同時。
「・・・・・・・」
なんとも言えないビミョーな沈黙がその場を支配する。
だって、ある。
イシュヴァールの英雄と謳われた人物の頭部に、
目の錯覚でも何でもなく確かにそれは、ある。
切れ長で涼しげな黒い瞳と艶やかな黒髪に白い頬。でも決して女性的でもない伶俐な美男子と言っていいその形の良い頭部にまがい物や冗談で無い証拠にぴくぴく動くそれが、ある。
黒くて三角、つやつやの毛皮に被われたいわゆる世間一般である種の嗜好を持った男の必須アイテムと言われる
「この猫耳がそんなに気になるかね、少尉?」
呆然と声も出ない俺に彼はニンマリ笑って問いかけた。その表情はまさしく童話で呼んだナンとか猫で
「ありえねぇ・・」
思わず呟いた俺に彼は
「ありない、なんて事はありえないだよ、ハボック君」
迫力満点の笑みで言った。それがーイシュヴァールの英雄と言われた焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐と俺、ジャン・ハボックの出会いだった。

「面倒臭いから簡単に説明するが」
固まった俺に彼はまるで業務の説明のようにテキパキと
「早い話がこれは『呪い』なんだ」
あっさり言う。けど聞いた俺の頭は混乱したまま
「の・・呪いスか?まさかあの・・」
もはや敬語を使う事も忘れてたが彼は気にした風も無い。
「いいや、イシュヴァール人の呪いじゃないよ。彼等だったらこんな可愛いもので済むはずがないだろう?」
その民族を焼き払ったのは私なのだから。気負いもなくそう言う彼はまさしく歴戦の勇士と言う感じでそれだけに頭部の黒い三角に激しく違和感を覚える。
「これは、通りすがりの魔女の呪だ」
通りすがりの魔女?違和感はもはや目眩に近い。
「終戦後しばらく休暇を取って休んでいたのだがな・・過って魔女の使い魔・・まぁペットみたいなものだ。を怪我させてしまって彼女を怒らせた。黒猫の形をしていたそれを侵入者と間違えてつい、うっかり焔を放ってしまったんだ。気に入りのペットの尻尾を黒焦げにされて怒った彼女がかけた呪がこの姿さ。大した理由じゃないだろう?」
はっはっはと笑う彼の頭で耳もぴぴっと動くその様子にああ確かに昔飼ってた猫もこんな感じだったとナチュラルに思って
「判りました、サー」
脱力しきった俺は一刻も早く退室しようと敬礼をする。一刻も早くここを出てともかく煙草が吸いたかった。
「そうか、では仕事の事はここにいる、ホークアイ中尉に聞くがいい。がまずは大部屋の皆に挨拶が先だな」
「アイ・サー、失礼致します」
逃げるように部屋を出ようとする俺を
「ああ、ちょっと待ちたまえ、少尉」
猫耳生やした大佐が止める。これ以上何かと振り向く俺の目に映ったのは
「実は尻尾もあるんだよ。一応言っておくけど」
ひょいとデスクの横から伸びる黒くて細い物体だった。これまたつやつやの毛皮で被われたそれはくるんとまるくなり
「喫煙所は右の突き当たりだ、少尉」
先端ははっきりその方向を指すが俺の限界はそこまでで
「失礼します!!」
猛然とドアを開けその部屋を飛び出した。そのまま廊下を駈けて行く俺には当然の事ながら残された2人の間に交された会話などなど知る由もない。

最初で最後の猫耳本、元ネタは例のアニメです。猫耳なのに可愛くない。おまけにシリアスです。似合わないのは百も承知の無謀な試みですが一度、やってみたかった・・。

                 

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