La vie en rose



「ほう、似合うじゃないか。」
目の前に立つ金髪の部下に向かってロイは感心した様に言った。黒のショールカラーのタキシードに身を包みいつもぼさぼさの金髪を綺麗に後ろに撫で付けた姿は確かに普段の猫背の少尉とは別人だった。こうやって姿勢の悪さを矯正しきちんとすればきっと見違えるようになると思っていたロイの予想を裏切らない姿に飼い主はそっと微笑む。尤も窮屈そうに蝶ネクタイを緩めようとする仕種は着馴れない服を煩がる子供みたいだったが。
「いい加減教えて下さいよ、大佐こんなところに連れ込んで一体俺に何させたいんです?」
ハボックが居るのは高級ホテルの応接室みたいな所だった。ロイの命令通り部下と業務の引き継ぎを終えて取りあえずアパートに帰ろうとしたところをロイに拉致されて連れ込まれたのがここだった。北方への出張が任務のカモフラージュだとは察してはいたがまさかこんなところに連れ込まれてこんな格好させられるとはハボックも思ってもみなかった。
『大体ここ何処?何で裏口から入ったの?』
大きな建物なのは判る。場所もイーストシティの中心に近い高級レストランなどが軒を列ねる繁華街だと見当はついたがどういう場所なのかは判らない。調度品の類いは高級だがどうも雰囲気は普通のホテルと違うようだ。おまけにロイも珍しく黒のスーツに身を包んでいる。この間見た礼装と異なり細みの体を際立たせたスマートな姿はまるで違った印象を与える。
「説明しよう、おいで少尉。」
黒い裾を優雅に翻して黒髪の大佐はドアを開ける。その姿に見とれかけた男は慌てて後を追った。

エレベーターの扉が開くと楽の音が聞こえた。そして人のざわめきと紫煙の香り。グラスの運ばれる音にシャンパンの栓を抜く音が時折混じる。ハボックの眼下に広がるのは豪華なシャンデリアに彩られた広大なフロアだった。きらびやかに着飾った男女が華やかな熱帯魚の様に回遊している。
「倶楽部ネペンティス(忘憂薬)。イーストシティ一の社交場だ。エリザ・ライツ夫人の夜毎の訪問先さ。」
フロアへ続く階段の手すりに手を掛けながら物憂気にロイは言う。その姿は階下の退廃的な雰囲気にすっかり馴染んでる様に見え、このまま下に行って何処かのレディとワルツを踊ったら彼を軍人と見破る人は少ないだろう。だがロイ・マスタングは国軍大佐だ。
「ハボック少尉、君は今夜からここでボーイ兼コンパニオンとして働き生前の夫人の交友関係、特に愛人関係を探ぐり報告しろ。できればあの手紙の主も突き止めるんだ。」
「・・どうやって?」
「それは自分で考えろ。報告は3日に1度でいい。」
「んな無理ッスよ!俺こーゆーの苦手です。」
確かに東部の田舎者には別世界だが。
情け無さそうに金髪に手をやる男の腕をロイはそっと押さえて囁く様に呼び掛ける。
「知ってるさそんな事。・・だがお前なら得意だろ、ジャクリーン。出番だよ。」
青い瞳の色が深みを増す。さっきより少し掠れめで低い声が楽しそうに応えた。
『嬉しいな、俺を頼ってくれるんだ大佐。手段は問わないんでしょう?何だってやるよアンタのためならね』
腕にかかった手をとって恭しく口付ける男は確かにさっきとは別人だった。ロイは身体に走る秘かな戦慄を誤魔化す様に手を乱暴に振り払う。でも思わず口についた言葉には、不覚にも本音が紛れ込んでしまった。
「そうだ。だが誰にでも簡単に尻尾を振るなよ。お前達は私の犬だって事忘れるな。」
『イエス・サー。御主人様。』
期待しているよ。婀な笑顔と頬を掠めた唇の感触を残して黒髪の大佐は去っていった。後に残った忠実な大型犬は途方にくれた眼差しで眼下の華やかで虚飾に満ちた世界を見下ろす。
「えらい事押し付けられたなぁ。もうこれはお前の領域だよ。ジャクリーン。」
『判ってるって。でもジャンもちゃんと働いてよ?俺は接客、ジャンは写真にあった若い男捜して。』
会葬者の中で身元不明の数人の中に若い男が1人いた。遠くから葬儀を眺める様子は確かに不審で写真撮影していたファルマンの記憶に強く残った。だが遠過ぎて写真は不鮮明、そこを准尉の並外れた記憶力でカバーした似顔絵の写しはタキシードのポケットに入っている。
『後は夫人のお友達か。なぁホントのとこ只の色恋のもつれじゃないのかな?』
「さてねぇ、大佐はなんかあるって思ってるみたいだけど・・・それを見つけるのが俺等の役目だ。」
『そりゃそうだ。じゃ行きますか。俺等の大事な御主人様のために。』
額に掛った金髪を撫で上げ背筋を伸ばして金色の猟犬は狩り場に軽い足取りで降りていく。こうして香水と紫煙に彩られた日々は始まった。

〈中略〉

中に戻ってさて次の客はと辺りを見回した時わっと奥のカジノで声が上がった。ルーレットで大当たりでもあったのかと視線を巡らせば、人々が集まってるのはポーカーテーブブルらしい。どうやら結構な勝負が行われてるらしく何人かの野次馬がテーブルの周りを遠巻きにして観戦していた。
その様子に興味が湧いた。もともとポーカーにはちょっとばかり自信もある、一体どんなプレーヤーがいるのか。
「コール。」
低いが良く通る声がテーブルから聞こえる。テーブルについた男達は食い入る様に己のカードと相手の表情を見比べて自分のチップに手を掛ける。
「どうした、降りるか乗るか?よーく考えて決めな。時間はたっぷりあるんだ。なにせ夜は長い。」
挑発する様に話す男は余裕たっぷりだ。その前にうず高く積まれたチップの山がその自信を裏付けて他のプレイヤーの判断を惑わす。
『誰あれ?』
「知るかよ。でもどー見てもカタギじゃないだろアレは。」
きっぱり言い切る根拠の元は相手の服装。スクウェアグラスの奥に光るオリーブグリーンの瞳の鋭さも男らしく整った髭の顔に浮かぶ不敵な笑みも十分普通の人間にない雰囲気を醸し出しているが、何より服装がースタイルは普通に黒のタキシードだが中に見えるのは派手な紫のシャツ、ペイズリーパターンがが金糸で刺繍されたサテンのカマーバンドは鈍く光る黒。

ダブルハボック第2弾。今回は潜入捜査でハボックinお水の花道(笑)派手な服装が好きな眼鏡の中佐も登場です。

                 

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