そら」
返された写真は鮮やかな色彩に溢れていた。
薔薇の色は赤味がかったピンク。その後ろには黄色のミモザ。庭の木々は新緑を競い合い、青い空には羊みたいな雲。そこは光りと色彩に満ちた故郷の風景だった。
「姉上の髪は淡い黄金色。瞳はこの空みたいな蒼だ。お前も同じだよ。世界は色を失ったわけじゃない。」
「これ・・錬金術ですか」
食い入るように写真を見つめながら震える声で問う。
「そうだなもともとこの写真に写っていた色を分解して、再構築したというところか。・・・それよりあと数時間で出発だ。私は少し休ませてもらう。」
唐突にそういって彼は俺に背中を向けた。
「アイ・サー。時間になったら起こします。ゆっくり休んでください。・・ありがとうございます。」
答える声が掠れたことで俺は初めて自分が泣いていることに気がついた。ああ少佐に見られちゃったか。子供だって思われたかな。庭の薔薇の色が解ったからってなんで俺泣くんだろう。一緒に従軍した同じ故郷の奴が死んだ時も、ずっと面倒みてくれた年上の兵士が撃たれた時だって涙は出なかったのに。自分は冷たい人間だとどっか壊れてんじゃないかと思ったりもしたがそれがどうしたというのだ。戦場では甘い事言ってたら生き残れない。そう思ってたのに急になんだか胸の中で固まっていたものが崩れていくような感じがして震える身体を押え込める。だめだーこんなとこで泣き出したら情けない奴だって思われる。この人には役立たずなんて思われたくない、何故か、どうしても。こんな俺みたいな下っ端のことまで気に懸ける優しい人なんだ。そんな人がこれからたった一人で敵に向かうのに俺が泣いててどうする。

深更-見渡す限りの荒野に動く物はいない、砂漠の夜は深い海の底の様だ。登り着いた頂上に立つと正面に目指す『砦』が見える。闇の中に見えるそれは海に浮かぶ軍艦のように巨大だ。人々は寝静まっているのだろう、見張り用の松明の明かりだけが幾つか見えた。
「そこの岩の影に隠れたまえ、伍長。これから何があっても私が良いと言うまでそこを動くな。」
すっかり国家錬金術師の物言いで彼は命ずる。それからすこしだけすまなそうに付け加えた。
「本当ならお前は途中で帰すつもりだったんだ。マイヤー軍曹が言った事は嘘じゃない。私ではないが・・国家錬金術師と共に出撃して帰って来れなかった兵士も何人かはいるんだ。大抵は術をコントロールできなかった術師の巻き添えを食らったんだが。私もこれほど大規模な練成をやるのは正直これが始めてだ。だが今からお前を安全なところまで避難させる時間もない。もし私が正気を失って暴走したらその時はハボック私を撃て。そうすれば少なくとも練成反応は止められる。」
「あんたはそんなへまするような人じゃないでしょう?大体こっから一人で帰れますか。下りの方が大変なんだから。」
緊張をほぐすように態と俺はおどけて返す。上官をあんた呼ばわりしたら殴られるだけじゃ済まないのに、気がつかないのか彼は少し笑って
「頼りにしてるよ。時間だ。後ろに下がれ。」
銀の懐中時計の蓋を閉めながらそう言った。そうして彼は真紅の紋様が描かれた手を前に翳す。パチン。この間と同じ音がしたと思ったら、端然と佇む彼の周りを赤い焔が走った。中空に彼を囲むように焔の軌跡が紋様を描く。ここからはよく見えないがきっと彼の手袋に描かれたのと同じ物だ。焔でできた円陣からまばゆい光が迸る。そして光の中から焔の蛇ー俺にはそう見えた。が身をくねらせながら現れた。そいつはまっすぐ砦に向かい今度は砦を囲む巨大な円を虚空に描き出す。二つの練成陣が呼応するように光を放ったと思うと突然『砦』全体が焔に包まれた!焔はまるで砦を包み込むように真紅の火球になりその中で焔が薄い花びらのように何枚も舞っている。まるでガラスの中に閉じ込められた真っ赤な薔薇だ。眼前に繰り広げられる光景に俺は魂を奪われた様に見入る。あの中は一体どのくらいの温度なのか。熱に耐えきれなくなった岩がゆっくりと崩れていく。あそこには少なくとも数百人のイシュヴァ−ル人がいるはずだ。もともとあれは彼等の村として使われてたと聞いた。岩山の中には泉もあり沢山の人々が住んでいたと。今、俺の目の前でその人たちが燃やされていく。きっと何が起きたか解らない、苦しむヒマなどなかったろうが、それでも命が失われていくのは変わりない。それなのに−俺はその光景をキレイだと思った。

どのくらい経ったのか、焔の薔薇はゆっくりとその花弁を閉じていく。真紅の花びらは一枚一枚闇に溶けていって、それまで微動だにしなかった少佐がゆっくりと、スローモーションで倒れ込むのが見えた。
「マスタング少佐!」
抱きかかえると顔色は死人のよう、胸の鼓動もほんの微かだ。
「俺の声が聞こえますか。返事して下い。少佐!」
叫んで頬を叩く。その時うしろで何かがー何かを押さえ込んでいた力が途切れたような感じがした。
「やばい!」
首筋に来る危険信号に従って俺は少佐を抱え込んで岩影に飛び込んだ。その直後にものすごい爆風が襲ってきた。楯にしている岩があちこち崩れて瓦礫が降ってくるのを少佐を胸に抱き込んで防ぐ。軍人にしては小柄といえる身体はすっぽり俺の腕の中に入り込んで、伝わる体温が彼が生きていることを教える。そのことに俺は安堵した。やがて耳を聾する風の音も止み辺りに静寂が戻る頃、空から白い物が降ってくるのに気がついた。「・・・雪?」
「灰だよ。ハボック。『砦』を焼いた残りかすだ。」
言いながら腕の中の人はゆっくり目を開ける。
「苦しいぞ。馬鹿力。いい加減離せ。」



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