「あっ、すんません。でも大丈夫スか。まだ顔色悪いですよ。」
なんとなく手放し難く思いながら抱き締めた手を緩める。
「大丈夫だ・・結果をこの目で確かめなければ。」
よろめきながら少佐は岩影から這い出す。支えるようにして後を付いて行き、現れた光景に言葉を失った。『砦』はついさっきまでは夜の海を行く軍艦のように見えたそれは黒い瓦礫の山と化していた。あたり一面白い灰が降り積もり、時折吹く風に舞い上げられる。それは砂漠の光景じゃない、まるで北方の荒野だ。
「は・・は・・見ろハボック」
俺の手を払い少佐はゆっくり前に進む。
「これが私のした事だ。私一人がした事だ。何百人の人間をほんの数時間で焼き殺した。これにくらべたらお前のしたことなぞ罪にもなりはしないんじゃないか?」
こちらを振り向いた彼の口には凄絶な微笑み浮かび、黒い瞳にはみたことのない光が宿る。降りしきる灰の中に傲然と立つ姿は何処かで見た宗教画の断罪の天使のようなのに、うかべる表情だけが人らしい弱さを残している。狂気と正気の間でゆれているような不安定な眼差し。ああだめだ、このままでは少佐は『向こう』に行っちまう。
「あんたは軍部の命令に従っただけだ!罪があるならそいつらのほうでしょう。」
必死に言いつのるのを
「この光景を見てそれを言えるか!」
血を吐く叫びが断ち切る。
「・・・私ができると言ったから、彼等は命を下した。」
放心した様に彼は地面に手を付く。地面には黒々と焔の練成陣が焼き付いていて急にそれが光を放ってーさっきの火の蛇が現れた。そいつは少佐の前に鎌首をもたげ、細い焔の舌を誘う様にゆらめかせた。
「私を連れて行くか。おまえ」
静かに微笑みながら彼はそれに手を延ばそうとする。
「だめです!少佐!」
後ろから飛び掛かって俺は彼を引き戻す。そのせいで練成陣は途切れて火蛇は音もなく消滅した。
「少佐はあっちに行っちゃダメですよ!大事な友達が待ってるんでしょう?」
「馬鹿・・ただの練成陣の誤発動だ。私は何処へもいかんよ。ヒューズだってこれを見たら私に愛想をつかすさ。」
「そんなことないッスすよ。あんたが親友だっていった人なんでしょう?そんなこと言うわけないですよ。」「どうかな・・ほら涙さえでないんだ私は。」
「俺だってそうですよ。おまけに俺はアレをキレイだと思いました。目の前で沢山の人が死んでゆくのにきれいだなって。まるでガラスの中の薔薇みたいって。」
「みかけによらずロマンチストだな。知ってるかこの作戦のコードネームを」
再び俺に抱き込められた人が今度は淡い微笑みを浮かべた。ああこの人は本当にイメージがクルクル変わる。傲慢かと思えば優しい。誰よりも強いのに儚げ。
「Desert Roseと言うんだ。今頃大総統は前線から電報を受けとってるよ。[Desert Roseは咲いた]ね。・・嘘つきだな伍長私の顔に水が掛かってくるぞ」
「スンマセン・・でもこれはあんたの代わりでよ。あんたは今泣く事はできない。それはこれが最後じゃないからでしょう。」
「そうだな最後じゃない。むしろ始まりだ。イシュヴァール殲滅戦の。それでもお前は私を糾弾しないのか。」顔を伏せた俺の頭を撫でながらーまるで犬の頭みたいにー問いかける。
「どうして?あんたがこうすることにで俺等みたいな前線の兵士が死ぬ事は減るんでしょう?それをどうこう言う権利は俺にはないっス。俺頭ワリいけどそんくらいは解ります。」
このことが少しでも彼の負担を軽くしてくれるよう願いながら答えた。気休めにしかきっとならないけど。俺にも彼にも解っていた。例えどんな理由があろうともやってはいけない事もあるという事は。そして贖罪の権利はその人が持つ。たとえ誰が許しても彼は自分を断罪し続けるだろう。それでも俺は続けた
「もし世界中が少佐のこと責めても俺はあんたの味方になる。」
「どうして」
幼い子供のように彼は問う。
「・・あんたは俺に色を取り戻してくれた。だから俺はどんなことがあってもあんたの味方になる。」
「ふん、等価交換の法則だな。しかし割にあわないぞきっと。」
あきれた様にうつむいてしまった人を胸にもたれさせて頼む。
「お願いですからこのまま少し休んで下さい。体力が回復したら基地に帰還しましょう。」
「そうだな悪いがこのまま休ませてくれ・・」
語尾は掠れて消えた。気力で今まで話していたのだろう。力の抜けた身体を抱え上げさっきの場所に戻る。岩に背をもたれて彼の居心地が良くなるよう体勢を整えた。まだ青白い顔に幼い寝顔、なんだかまた泣きたくなった。この人はこれから今日と同じ事を何度もするのだ。その度にいいようのない傷を抱える違いない、ちゃんと人の痛みが解るのに、たった一人でこれから。俺に何ができるかわからないが何とかしてこの人の側にいる事はできないだろうか。冷えきった身体を暖めながら夜が明けるまで、そんな事を俺は考えていた。




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