酔っ払った頭に質問の意味が浸透するのに数秒かかっただろうか2、3回黒い瞳を瞬きしてロイは徐に答える。
「ハボックは犬だ。」
「はい?」
「だーかーらハボック少尉は忠実な犬だ、あいつが自分でそう決めたんだし。おまけに犬と言っても発展途上だ、まだまだ軍用犬とまでいかない仔犬だよ。」
「そうかぁ?犬の成長は人間より早いぜ。あっという間に大人になっちまうぞ、そん時手噛まれたらどうするよ。」
「まーさか、あいつにそんな甲斐性があれば私の苦労も少しは減るさ。」
屈託なく答える声はアルコールのせいで少し掠れていてどうもロイはヒューズの質問の意図をまるで理解していないらしい。それでも答えは多分的を射ている。
・・要するにこいつは少尉のこと犬だって自分に言い聞かせてるんだろうな。只の部下じゃ無く忠実な犬。犬なら自分を裏切らない。犬なら上辺を繕わなくていいし、我侭言ったっていい。犬ってレッテル貼って箱に詰めれば自分で開けない限り中にいるのは人か犬かは判らない。まるであれだ昔、物理かなんかの授業で聞いた有名な猫の話みたいだ。猫を箱に閉じ込めた仮定の実験の話。
「おーい、どーしたヒューズ君黙ってしまって、もう酔いが廻ったのかー。」
脳天気にぺしぺしと頭を叩く男の方がずっと酔ってそうで不用意に口に出した質問もこれなら明日にはロイの頭から消えてしまっているだろう。そういえばと時計をみればもうすぐ日付けが変わる時刻でそろそろお開きにした方が良いかも知れない。
「何でも無いって、それよりその忠実なワンコは何時帰ってくんの?」
「あーっと、そう明日だ。今日まで訓練があって明日の昼には戻る予定になっていた。」
「ふーん、そう。じゃあ、そろそろ出るか。」
「えーまだ早いだろ。」
「馬鹿、疲れてんだろうがお前。このまま飲んだら明日は間違い無く二日酔いだ。非番開けにそいつができて無かったら今度こそ中尉の銃が火を吹くぞ。ほれ俺は表で車捕まえるからお前はコレよろしくね。」
ひらひらと勘定書を渡すとさすがに身に覚えがあるのかロイは大人しくそれを受け取り、店の奥に向かった。

「11時40分か。セントラル行の最終に間に合う事は間に合うがさてどーするかね。」
繁華街の通りはまだ車も多く足は簡単に捕まりそうだ。車の流れを見ながらさてこれからどうしようかとヒューズは迷った。元々東方司令部に寄るつもりだったので出張の日程は一日サバよんで申請してあるから今日ここに泊まっても問題はないし、これからセントラルまで何時間も固い椅子に座って帰るのは正直言って勘弁してほしい。愛しい妻と生まれて間も無い天使に会えないのは悲しいが今から帰っても2人は眠っているだろう。
「てか、眠っててもらわないと困るな。そうだグレイシアに電話しとか無いと、心配してるだろうし。えーっと電話・・」
少し先に馴染みの四角いボックスを見つけていつもの番号を回す。愛しい妻はやはり起きていたのかコール2回で優しい声が応えた。
「ああ起きていたんだ、グレイシア連絡遅れて済まない。エリシアちゃんはもう寝てる?そっかー残念。お休みのキスを送れなかったな。それで悪いけど・・」
今日は帰らない、そう言おうとした時、丁度前を前を一台のタクシーが通り過ぎ信号で止まった。ガラス越しに何となく向けた視線の先に後部座席の人物の姿が目に入る。疲れているのか眠ってる様な人影、暗い車内の中で街灯の光を反射してちらりと光る金色。そして信号が青に変わり車はそのまま走り出した。庶民的な住宅街が広がっている西区ではなく高級住宅街がある東区の方向へと。
「それでどうしたのマース?」
「・・悪いけど帰りは・・遅くなる。俺に気にせず休んでくれ。・・・ああ最終列車だ。大丈夫車捕まえて帰るよ。ちゃんと戸締まりして・・そう明日は非番だから・・」

「待たせたな、ヒューズ、会計が混んでて・・・あれ?」
支払いを済ませたロイを迎えたのは親友とそこに停まった2台の車。
「おー御馳走さん、ロイ。この借りは今度セントラルにきた時返すからな。で飲み逃げで悪いんだけど今日は帰るわ、俺。いやー明日大事な会議あんの忘れてた。」
「え?」
思ってみなかった言葉にロイの表情が一瞬曇る。確かに今日泊まって行くとはヒューズは一言も言ってない。でも時間が時間だしこんな時は大抵ロイの家に押し掛けて来るのが普通だったから当然ロイもそのつもりでいた。だから安心して飲んでいたのにその酔いもすっと醒めてしまったような気がした。その内心の動揺を見透かした様にグリーンの瞳が細められ、長身を屈めた男が探るような目線でロイに問いかける。
「俺が帰って寂しいか、ロイ。」
もしもイエスと答えたらその時は−なんて考えてしまう未練がましさを押し隠す自分に内心うんざりしながらもヒューズは問う。
「答えろよ、ロイ。」
見つめる視線の先の黒い瞳が微かに揺らぐ。そして
「いい加減にしろ、この酔っぱらい!」
罵声と共にパシッと小気味良い音がしてヒゲ面の頬に赤い痕が残る。唇を噛み締めて殴った相手を睨むロイの頬は怒りとアルコールで上気し、なんだか毛を逆立てて唸っている猫を連想させる。
「何が寂しいだ、寝言も休み休み言えよ、ヒューズ。ほらさっさと乗って行け、もうこんな時間じゃないか、最終に間に合わなくなるぞ!」
「痛ってー、ひでぇな、ロイ君。帰るって言ったら寂しそうな顔したのお前じゃんか。」
「やかましい!!」
「まー落ち着けって。」
フーッと毛を逆立てて喚く猫をなだめる様に頭に手をやればすかさずそれは払われた。その手を反対に掴んだままヒューズは思いきりそれを引っ張った。思い掛けない反撃に虚を突かれたロイの身体はそのまま長身の男に抱きとめられる形になった。
「何すんだ、離せよ!」
腕の中で暴れる身体をものともせず、ヒューズは抱き込んだ頭を押さえ付け、そっと耳元に囁く。
「ワンコに伝えとけ、一つ貸しだってな。」
「え・・?」
思い掛けない言葉に動きを止めた身体をそっと押しやると身を翻してヒューズは車に乗り込んだ。そのまま早口で運転手に行き先を告げると動きだした車の窓から手を振りながら叫ぶ。
「じゃーな、ロイ。また電話すっからそれまで元気でいろよー、それからサボリは程々になーあんま中尉に面倒かけんじゃないぞー。」
「うるさい、さっさと消えろー。」
走り去る車に向かって投げ付けた言葉は車のエンジン音に消されて多分中の男には聞こえなかったらしく、にっこり笑顔を残してヒューズは去って行った。鋪道に残されたロイに早く乗れとばかりにもう一台の車から控えめにクラクションが鳴り響く。それに背を押された様にロイはコートの襟をかき合わせて車内に乗り込んだ。急速に夜風の冷たさがアルコールで火照った身体を冷ますのが感じられロイは肩を竦めながら行き先を告げる。
「何だったんだ一体・・ヒューズの奴。」
無意識にこぼれた呟きは小さ過ぎて運転手に聞かれる事は無かった。

「ああ、すまない。そこの角で止めてくれ。」
自分の家から1区画離れた場所でロイは車を止めた。護衛のいない場合玄関に民間の車で乗り付けるのは不測の事態の場合、危険すぎるので大抵はこうする。それにロイ・マスタングの自宅を知る人間は少ない方がいい。自分の知名度とそれに伴う危険をロイは誰よりよく判っているつもりだった。2人の護衛官は絶対信用しないだろうが。

あれヒュロイ気味になってます、今回。おまけに終わらなかったよー。ヒューズが出て来ると何でか話は長くなる。シュレーディンガーの猫の話は量子力学にでてくる思考実験です。説明読んでもまるで判りませんが語感がいいので好きです。言葉萌えとでも言いましょうか。

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