礼儀正しく一礼して去っていくアルを見送りながらロイは背後の茂みに声をかける。
「飼ってるわけじゃないさ。勝手にやって来るだけだ。そうだろうハボック。」
「わん・・じゃないスよ大佐、なに人の事野良犬扱いしてるんです。せめて軍用犬にしては
もらえませんかね?」
低い潅木の暗闇から音も無く1人の男が姿を表した。黒のスエットを着た金髪の大柄な男で
皮肉気にゆがめられた口にはトレードマークの煙草が揺れる。
「もうこんな夜更けにこんな薄着で。夜露は体を冷やすんだから・・」
言うなり男は持って来た膝掛け毛布でロイを包みそのままついでとばかりに自分の腕の中に
閉じ込める。
「犬扱いは嫌じゃないのかね、ハボック」
「もうそれはあきらめましたよ・・」
スンスンと黒髪に鼻を埋めて臭いを嗅ぐ仕種は確かに大きな犬を彷佛とさせるものがあった。
「すっかり冷えきってるじゃないですか・・アンタの夜歩きは知ってますが、誰かと一緒の姿を見て心臓止まるかと思いましたよ。発火布も持って無いのに・・俺をハゲさせる気ですか?」
「ハゲたら即お別れだからな。肝に命じておけよ。仕方ないだろう、迷子の子供は大人が面倒
みるものだ。」
温もりを求める様に背後の男にすりよると、抱き締める力が増しうっすらヒゲの生え始めた頬が
寄せられる。
「あの子・・本当に眠れない体なんスね。知ってはいましたが・・。」
「あの子は眠りを殺された少年だよ。眠りとは心労のもつれた絹糸をときほぐす、人生の饗宴における最高の滋養・・とは古い芝居にあったセリフだがね。私にとってはハボック、魂の練成よりあの子の存在が奇蹟だよ。想像してみるといい。五感の殆どを奪われ鋼の牢獄に魂を捕われても彼は心優しい少年として在り続けた。一時の忘却である眠りさえ殺されたのに。」
眠りの無い体を想像したのか腕の中でロイはわずかに身震いした。敏感にそれを察した男はなだめる様に毛布に隠れた手を捜して自分の手で包み込む。
「アンタの眠りも傷だらけスね・・」
時に悪夢に魘され、あるいは今日の様に突然眠りの園から放逐されるハボックの大事な人はそれでも滅多に自分を頼らない。こうして黙って外に出るか、書斎に籠るのが常だ。
「ねぇ大佐、どうして俺を起こさないスか?どうしてそこで遠慮するの。あんま問いつめるのなんだから今まで黙って見守ってきたけど・・俺はアンタの眠りも守りたいんスよ。」
「安心するんだよ、お前が眠ってると」
「は?」
「こういう夜はいつもの悪夢が襲って来るわけじゃない。夢もみないで眠っているのにだんだん体が冷えきって固くなってくるのが何故かわかる。何時の間にか音が、自分の心臓の鼓動さえ感じられなくなり、世界が消えてしまったみたいになってその暗闇から何とか抜け出そうともがいてるうちに目がさめる。それなのに呼吸も脈も普通なんだ。一瞬本当に世界が消えてしまったと思った時、隣でお前が平和そうに涎たらしてぐーすか寝てると安心する。ああ世界は消えて無いって。」
「それで俺を1人にしてどっかにいっちゃうの?」
「眠るとまたあの暗闇に引き戻されそうで・・なかなか眠れないんだ。あんな気持ちよさそうなの起こすの忍びないし・・ってハボック?」
いきなり体が回転したかと思うと肩をがっしり捕まれ蒼い瞳が目の前にきた。普段は色の薄い空色の瞳は夜の光に深い泉の色を宿したようで彼の真摯な思いを伝えてくる。
「起こして下さい、今度から。じゃないと俺アンタと手錠して寝ますよ今度から。」
「ハボック・・私はそういうプレイは・・」
「茶化さんで下さい。絶対怒らないから、叩き起こすなり何してもいいから起こして。そしたらホットミルク蜂蜜入りでも作ってあげる。寒いなら暖めてるし、愚痴でも何でも聞くから。」
必死に言いつのる年下の恋人に言うんじゃ無かったと後悔の念が起こるが、それを見すかしたように言葉は続く。
「もし、どうしても起こしたく無いんなら仕方ないけど、出歩くのは止めて。そんで俺の手を握って下さい。俺体温高いし、眠ってても大佐が触れればきっと握り返すから。そしたら世界は無くならないよ。大佐のいるトコに必ず俺はいるんだから。きっとまたすぐ眠れます。俺の夢見てね。・・いてっ!」
へたくそなウインクを投げた男の金色の頭をロイはぱしりと叩いた。そうしないと夜目にも解る程紅くなった頬がばれそうだったので。
「良く言ったな、それなら今後一切遠慮はしないぞ。例えお前が自分のアパートにいる時だって容赦なく電話で呼びつけるから覚悟しておけ。」
「ソッコーで駆け付けますよ。何時いかなる時にも。」
目の前の男が誓いの儀式をするように恭しく白い手をとり唇を押し当てるとロイの体に微かな戦慄が走り、それを誤魔化す為に等価交換だと囁いて相手の唇を塞ぐ。迎えるように開いた唇の中でからまった舌から伝わる熱は冷えた体の奥に火を灯しそれは緩やかに体を巡る。生きている。たったそれだけの事がこれ程安堵させるものだと始めて知ったような気がした。その熱をもっと感じようと体を寄せると力強い腕が唐突に体を引き離した。
「ハボ?」
「・・戻りましょう。本当に風邪ひきます。唇まで冷えきってるじゃないスか。戻ったら俺が責任もって暖めますから。」
冗談めかして言う男の青い目に確かな欲望の色が映っているのに気が付いたロイは嫣然と微笑んでそれを拒む。
「もう少し花を見てていいだろう?気持ちのいい夜だ。こういう夜は春宵一刻価千金というそうだよ。」
するりと猫の様に男の腕から抜け出して満開の花の下に立つロイの黒髪に薄紅の花びらが音も無く振る。その光景にみとれながらハボックはつれない恋人にため息ついて白旗をあげた。
「わかりましたよ、もー気紛れなんだから。」
無駄に鍛えられるな俺の忍耐、内心愚痴りつつ人間毛布は背後からもう一度ロイを包み込む。薄紅の下の艶姿を誰の目にも触れさせない様にしっかりと抱き込んで腕の中の人に問う。
「一言いっていいでしょうか、SIR,?」
「なんだね、少尉?」
「あんた花見てませんよ。」
「・・お前もな。」


春の宵はためらいながらゆっくりと過ぎてゆく。月の光のもと降りしきる花びらはその下の人影を覆い隠し、誰もその光景を見る事はできなかった。



桜が散らないうちに書きたかった夜桜ハボロイ。でもアルも書きたい!といゆー欲求が高じてこうなりました。甘いの目指したつもりでこんなんです。寝るのが大好き無くせにたまに不眠になるのでアルフォンスの夜はさぞ辛いだろう、せめて慰めるものがあればいいなと思います。

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