砂と焔 


 青いペンキをぶちまけた様に雲1つない空に小さな黒い点が舞っている。まるで子供のイタズラ描きみたいにそれは同じ所に円を描きながら次第に低くなっていった。
「どうやら思わぬ拾いモンがあるみたいだなぁ、シャーリク」
それを見ていた男は口から煙を吐き出すと背もたれにしていた相棒の頭をポンと叩く。穏やかな惰眠を貪っていたそれはフンと鼻を馴らすと長い睫毛に縁取られた目を渋々開いた。
「あの砂丘の向こうだ。獲物がいるのは。行くぞ・・ハィ」
ゆらりと立ち上がったのは茶褐色の大きな獣だ。山のように盛り上がった背中には濃紺の外衣を着た男が馴れた様子で座っている。日射しを避けるために頭も同色の布で被いそれをヘッドバンドで無造作に止めている男の顔は影になって良く見えないだが僅かにはみだした髪の毛が強烈な砂漠の日射しを受けてキラキラと輝いていた。
「見ーつけた」
黒い点が円を描くその真下。砂丘から見下ろすそこには白い布の塊があった。周囲には他に何もなく、風にはためく白い布の端からは青い色が見え隠れしている。それだけで不幸な行き倒れの正体に男は気付いた。
「アメストリスの軍人じゃねーか。こんな所に何しにきたんだか。ま・俺にはどうでもいい事だけどね」
乗ったラクダの脇を一蹴りするとざっと砂を蹴散らして砂漠の船と呼ばれる獣は楽々と急な斜面を駆けおりる。それに気が付いて白い塊の近くに降りていた禿鷹達が不満げな鳴声をあげながら空に舞い上がった。横取りされた獲物に未練たっぷりの彼等はしつこくその上空を旋回している。
「さーって、何か良いモンあるかな」
砂漠の死者の持ち物は見つけた者の物だ。それが男の住む世界のルールだから何のためらいも無く彼は横たわった身体を被う白い布を剥ぎ取ると予測通り青い軍服に包まれた身体が現れる
うつ伏せになった頭は同じように日除けの布で被われていて顔も見えないが体格から察するに若い男らしい。
大して日は経って無いなと思いながら肩に手を掛けて物言わぬ身体を抱き起こすと頭に巻いてある布を取り払う。
「・・・!」
そこから表れた物に男は言葉を失った。
表れたのは確かに若い男の顔だ。この強烈な日射しの下でも白さを失わない肌はきめ細かく、すっきりととおった鼻筋と睫毛に縁取られた閉じられた瞳。形の良い頭は黒い髪に被われ指で掬えば絹糸のような感触を残してするりと逃げる。
「なんでこんな美人が軍人なんかに」
素直に感嘆するのも無理は無い程整った顔だち。
「黒い髪か。アメストリス人には珍しいけど。惜しいなぁ。こんな美人さんが砂漠で干涸びるなんて」
生きている姿を見たかった。痛切にそう思った時
「それはどうも」
見下ろしていた相手の瞳が何時の間にかぱっちりと開く。瞳の色は髪と同じ黒だがそこには黒曜石の様に煌めく光と深淵の深さがある。何が起ったか考える前にその瞳に魅入られた男は一瞬全てを忘れそして
「取りあえず水を貰おうか、間抜けなベドウィン君?」
勝ち誇った声と共に喉元に突き付けられた鋭いナイフの感触に声も無く固まった。

 国土が円を描くアメストリスの南部、アエルゴとの間には広大な砂の海が広がっている。そこは岩と砂しかない不毛の大地でどちらの国からも見放されたそこには遥か昔からベドウィンと呼ばれる遊牧の民が生活していた。羊を飼い、ラクダを足とし僅かなオアシスを求めて流浪する彼等は何にも属さずただ自分達の部族を寄る辺として過酷な環境を生き抜いてきた。そのため事があれば女でも猛々しい戦士に変ると周囲に恐れられ、どちらの国からも放置された彼等はただ自らの誇りを楯に砂の海を駆け抜ける。

─中略─

「ハボック、お前私と一緒に来ないか。アメストリスに」
予期せぬ言葉に蒼い目が見開かれる。そこを畳み込むようにロイはハボックの腕を掴んで続けた。
「お前なら優秀な軍人になれる。銃の腕も何もかも標準以上だし何の心配もない」

「だからお前がアメストリスに来る事に何の問題もないんだ。身元は私が保証できる。それぐらいの力はあるんだ、だから」
一緒に行こう。ロイにとっては多分今まで一度も言った事のない言葉だった。それだけ必死だったけれど心の何処かでは思っていたのだ。この蒼い目の男が自分の言う事に逆らう訳はないと。だから
「・・・ごめんなさい、大佐」
垂れた目に泣き笑いの顔をしてそっとハボックが言った時ロイはその意味が最初判らなかった。


「はっきりしろよ、ロイ」

「もう、遅い。マース。あいつは行ってしまった」

「もう遅いよ・・あの人はアメストリスに帰った」

                 

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