SUMMER TIME 


 軍人だって立派な公務員であり夏期休暇を取る権利は立派にある。拳を握りしめてどっかの大佐が将軍に直訴した訳ではないだろうが、多忙な俺達東方司令部のメンバーにもささやかながら夏休みは存在する。もちろんお互いに日にちをずらしあって業務に支障が無いように調整はする訳だが
「ハボック少尉の仕事は私の護衛だろう?なら私が休む時一緒に休むのが合理的だ」
大佐の鶴の一声で俺の休暇は決定してしまった。おまけに
「そうですね、大佐の居られない時は多分街も平和でしょうからハボック少尉も暇でしょう」
そう言ってあっさりホークアイ中佐はカレンダーにH&Rと書き込んでしまう。無造作に書かれたその記号がなんだかとても恥ずかしい。だって
「やっと一緒に休暇が取れるな、ハボック」
ホークアイ中尉の目を盗んでそっと大佐が囁いてくれるような─俺達はそんな間柄だったから。初めて2人だけで過ごせる夏休みなのだ。頬が緩むのも仕方ないのだけれど・・まさかあんなに揉めるとはその時には思わなかった。

「山!絶対涼しい所!高原か避暑地の別荘が良い!」
「えー夏は海っしょ、やっぱ。青い空に入道雲、ビーチパラソルにかき氷で決まり!」
ここ数日マスタング邸では熱帯夜に負けないくらい熱い議論が続いている論題はただ1つ─『夏休みは何処に行くか』だった。
ロイは主張する。
「避暑と言えば涼しい高原が定番だろう。都会のうだるような熱気とは無縁の涼しくて清涼な空気。高原の別荘でゆったりのんびりと過ごし、林の中をそぞろ歩き静かに思索にふける。どうだやはり山に行くのが良いに決まっている!」
ハボックは反論する。
「夏休みと言ったら海水浴が主役でしょう!白い砂浜にパラソル立てての
んびりとお昼寝。暑くなったらひと泳ぎして、海の家で焼そば食べて西瓜割り。夜はロマンチックに浜辺をお散歩して波の音に耳を傾ける。やはり夏は海ッスよ!」
「・・どこの中学生だお前は」
「あんたは引退した政治家スか?」
『フン!』
話し合いは平行線を辿りいっかな交じりあおうとしない。楽しい夏休みの計画はここですっかり止まってしまった。

「あーあ。ハボの強情もの・・」
休暇の前にこれは片づけとけとホークアイ中尉が積んだ書類の山の影でロイは深くため息を吐いた。カレンダーに書かれた日付けは確実に近づいて来るのに準備どころかまだ行き先さえも決まってはいない。
 そりゃ私だって夏は海だとは思うさ。だけど海といったら海水浴だろう。あいつと一緒に泳ぐのは・・ちょっとなー。
軍人としてロイは均整の取れたプロポーションを保っている。普通の人から比べればなんの問題も無いはずなのだが。
あいつが人並以上に立派な体格なのがいけない!がっちりした胸板に逞しい二の腕、長身の上に腰高の足長スタイル・・何処をとっても文句無しじゃかいか。そんなのがビーチにでてみろ。あいつの大好きなビキニでボインの美女が放っとく訳はないだろう!にっこり笑って声なんか掛けられたらきっと鼻の下を伸ばしてついて行ってしまうんだ。折角2人きりの夏休みなのにそんなのは嫌だ。うんやっぱり海は反対。

「あーあ。大佐の意地っ張り」
白い煙と共にハボックはぼやく。休みの前に終わらせたい現場のスケジュール調整はもう殆ど出来てるのに肝腎の行き先が決まらないでは本末転倒も良いとこだ。
俺は別に山でも好いんだけどさ。大佐と一緒なら。でも静かな避暑地って俺の田舎と変りないじゃん。
東部の片田舎出身、ジャン・ハボックにしてみれば静かで涼しい高原=自分の家である。清涼な空気と緑に囲まれて彼は育ったのだから。
わざわざ休暇使ってそんなトコ行くのもなー。それに涼しい所に行ったらきっとあの人読書に夢中になるぞ。そしたらきっと俺の事忘れる。
なんたってロイは本の虫なのだ。読み始めたら周りの事など気にもしない例え恋人が側にいたって。
うーん。折角2人きりになるのにそれは悲しい。だけど読書厳禁って訳にもいかないし。でもこのままじゃどうしようもないし・・やっぱり俺が折れるしかないのかなぁ。
惚れた弱味もあるし何より夏休みを喧嘩で終わらせたくは無い。ここは聞き分けの良い犬になるしかないかと、とハボックが決心した時目の前の電話のベルが鳴った。

「すまなかったな、ハボ。わがまま言って」
数日後高原へ向かう列車の中でロイが謝るとハボックは気にしないでと手を振る。あれ程海に執着してた男はある日を境に急に変った。
「やっぱ夏は山ですね。いい避暑地があるからコテージの予約しておきました。湖の近くでとても涼しいところですよ」
そう言ってさっさと宿の手配まで済ませた男にロイはただ感謝するしかないけど突然の心変わりの理由は不明のままだ。
「だけど何で急に気が変ったんだ?あんなに海に行きたがっていたのに」
「まぁ俺は大佐と一緒に居られるなら何処でも良かったんスよ」
「ハボック・・」
一等車両は個室だから感動したロイが思わず抱き着いたって何の問題もない。だが情熱的な抱擁はハボックの次のセリフでぴたりと止まった。
「それにね、お袋に言ったんですよ。俺の大事な人を連れて行くって」
「は?母親?大事な人って?」
「あれ気が付いてなかったの。だって行き先俺の実家スよ」
ほらと拡げたコテージのパンフの住所は確かにハボックの実家の近くだ。
「あの避暑地に行くには俺の実家の駅で下りて山越えて行くの。どうせなら帰省も兼ねれば良いと思ってここに決めました」
サーッと音を立てて白い頬から血の気が引く。つまりこれは恋人の実家に挨拶に行くのと同じ事で。不意打ちにロイの思考は真っ白になった。
「ちょ、ちょと待て、ハボ。お前の両親って聞いて無いぞ私は!何でまた急にそんな事になったんだ!」
「いや休み前にお袋から電話があって。たまには顔を見せに帰って来い。良い人がいるなら一度連れておいでとか言われてたんスよ。でその・・俺の大事な人っつたら大、いやロイしか思い付かなくて」
迷惑でしたか?ぎゅっと手を握って垂れた目は真剣そのもので冗談を言ってるようには見えない。
「め・・迷惑なんかじゃないけど。お前の気持ちはとても嬉しいが、そのお前の御両親になんて言うんだ。いきなり男のしかも上司をその大事な人とか、お前の御両親になんて言うんだ?いきなり男のしかも上司をその大事な人とか言われても驚くだけじゃ無いか・・」
と言うか私はなんと言って挨拶するんだ?ジャンの上司で恋人ですがよろしく?ショックで倒れるぞ、お前の母親は。第一心の準備ができてない!
もうロイの頭から休暇の事は吹っ飛んだ。頬を紅く染めてあわあわする恋人を可愛くて仕方ないといった顔でハボックは抱き締める。
「ああ、あんた、そんな事心配してたの?」
「当たり前だろう、御両親にとってお前は大事な息子なんだぞ」
「そうだけどどうせ家業は弟が継ぐし。俺は一生軍人やるって宣言したら好きにしろって親父も言ったし」
「いや、そーいう問題じゃなくてだな・・」
噛み合わない会話にロイも焦れるがハボックの次の言葉がロイから言葉を奪った。
「第一両親知ってますよ、大佐の事」
「・・・はい?」
「イーストシティに配属されてから俺ずーっと大佐の事見てましたから。いやもちろん一生片思いの覚悟してたけど。帰省するたびに俺の大事な人だって親には話してましたから」
「なんだって?」
「思いが叶ったって言ったらすごく喜んでくれました。だからロイが来るのとても楽しみにしてると思います」
つまりこれは家族公認の関係と言う事になる。
「・・・心の広い御両親だな」
すっかり脱力したロイ言えたのはそれだけだ。そのままくたりと逞しい胸に身を預けていると垂れ目の男は嬉しそうに続けた。
「だから心配する事は何もないスよ。それにあんたも気を使うだろうから実家には1泊だけで後は湖のコテージに移ります。そこでのんびりして下さいね。近くには蛍のいる川もあるし足を伸ばせば牧場もあります。絞りたてのミルクって美味しいんスよ。それでできたらその読書は程々にしてくれると嬉しいな─」
いじらしいおねだりは残念ながら黒髪の頭には届いない。その優秀な頭脳はどうやってこの列車からトンズラする事だけを考えているのだから。
両親は了解済みだと?そんなところに挨拶に行くなんてできる訳がない!こいつ天然な頭してとんだ策士じゃないか、ああもうどうやって列車を止めよう。錬金術でエンジンを壊すか?でも私の仕業とバレたらハボックが悲しむし・・もういっそ列車強盗かテロリストでも乗り込んで来てくれぇ!

列車は走る。緑の中を。楽しげに夏の計画を練る金色の大型犬となんとかして逃げられないかと画策する黒髪の大佐を乗せて。

─いつもより熱い2人の夏の始まりである。



この話はNERVOUS WORDの猫又様が去年の夏コミで発行された『ほぼ月刊H*R vol.5 』に寄稿したものを御好意により再録したものです。やはりロイは山派、ハボは海派というのが定番ですかね?

                 

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