「でこっちが新作初めて雪を触ったエリシアちゃんだ。どうだこの無垢の微笑みの可愛い事!本当に地上に降りた天使だと思わんか、ハボ」
「あー、はいそうですね、中佐・・ってちょっとダガ−こっちに向けるの止して下さいよ!」
気のない返事は許さねぇとばかりに必殺のダガ−が狙っているのに気付いてハボックは慌てて背筋を伸ばす。
かれこれ1時間以上も家族自慢攻撃に晒されてハボックの忍耐も限界に近かった。だがスクェアグラスの男は容赦ない。
「たかが80分上官の家族自慢に付き合えねぇようじゃ出世しないぞ、少尉。ロイを見習え、あいつなら2時間は平気で付き合う」
「はい?でも大佐いつも中佐の電話逆ギレして30分ぐらいで切ってるじゃないスかー」
おかげで執務室の電話はしょっちゅう壊れると総務課から文句を言われる程だと反論する男に
「バーカ、あれは照れだよ、照れ」
とヒューズは胸を張って言い切る。その絶対の自信にハボックは返す言葉もない。
「それに仕事中は時間ないからなぁ。あいつも本当は断腸の思いで電話切ってるんだ。部下ならそこのとこ察しな。・・エリシアちゃんはあいつにとって幸せの象徴みたいなもんだからな」
ふいに声のトーンが変る。深みを増したオリーブグリーンの瞳にハボックは手にした煙草を灰皿に押し付けた。
「あの子が生まれたのはイシュヴァ−ルが終わって2年後だったか。そん時はロイの奴もセントラルに居てな。俺が無理矢理病院につき合わせたんだ。情けねぇ事にぶるっちまって、俺。あいつに行くなってしがみついたんだよ」
いつも陽気で自信過剰な男の告白にハボックは目を見張るとヒューズは黙って眼鏡を外して布で拭く。
「俺だっていつも自信満々な訳じゃないんだよ、ワンコ」
初めて見せる素の表情。ハボックは知らないがこの時ヒューズはこの垂れ目の少尉をロイのパートナーだと認めたのだ。
産室の前で軍人2人は傍目で判る程狼狽えていた。経験豊富な白衣の天使達は武士の情けで見てない振りをしてくれたのだが
「どっどうしよう、ロイ。グレイシアあんなに呻き声上げてるぜ、だ大丈夫なのかな」
「お、落ち着けヒューズ、医者もなんの問題もないって言ってくれたじゃないか」
「でも時間かかってるし、あ三つ子とかだったらどうしよう〜俺お襁褓1人分しか用意してねぇよ」
「心配するな、その時は私がシーツから何枚でも錬成してやる!」
そんな軍人2人の漫才も産室から響く産声にぴたっと止まる。
「・・何してる、行けマ−ス」
「・・足が動かねぇ。なぁロイ俺本当にあの子抱いていいのか」
扉が開いて看護士が入室を許可しても微動だにしない親友の背中を叩けば初めて聞く気弱な声。
「マ−ス」
「イシュヴァ−ル人の血で汚れた手で無垢な赤ん坊抱くの許されるのか?こんな俺にあの子幸せにする資格あんのか」
「こっち向け、マ−ス・ヒューズ!」
力任せに相手の肩を引いてロイは震える男の襟刳りを掴んだ。視線を逸らそうとする男の顔を許さないとばかりにがっちり手で固定して揺らぐ瞳を真直ぐに睨み付ける。
「あの戦場で私に言った言葉は嘘か、マ−ス。何もかも呑み込んでグレイシアを幸せにすると誓ったあの言葉は」
「ロイ・・」
「父親に抱かれない子供が幸せになる訳ないだろう?それにお前は考え違いをしている。幸せに『する』じゃなくて幸せに『なる』の間違いだ。父親が幸せにならないでどうしてその子と妻を幸せにできるんだ、馬鹿もの」
「俺が・・幸せになる?」
「そうだ。イシュヴァ−ルに行った者全てに幸せになる資格は無いとお前は言うのか」
「・・んな事、ねぇ」
惚けたように首を振る男の顔から手を離すとロイはもう一度その背を押して病室のドアに向ける。
「行け、そうして、しっかり抱き締めて来い。無垢なあの子をこの世に生み出したのはお前とグレイシアじゃないか。お前は命を生み出したんだ。それはどんな錬金術師にも出来ない事だ」
震えるように踏み出した一歩を励ますようにもう一度背中は押されて
「あの子はお前の幸せの象徴だ。誰より幸せになるに決まって居る」
「当たり前だ、なんたって俺の子供なんだから」
送られたエールに手を振って応えしっかりとした足どりで父親は妻と赤子の元へ向かった。

「んな啖呵きっといて、いざエリシアちゃん抱かそうとしたらロイの奴俺以上にビビってさ。落としたら困るとか言って逃げようとすんの、俺無理矢理あいつに赤ん坊渡したの」
触れたら砕ける繊細なガラス細工か何かのようにそっと本当にそっとロイはこの世に誕生したばかりの命を抱きとめる。温かな温もりが両手から静かに伝わってくるのを確かに感じて
「・・ありがとう」
まだ自分を捕らえないガラスのような瞳に向かって静かにロイはそう囁いた。
「全然本人は気付いてなかったけどさ。あいつ泣いてた。俺と同じ、いや俺以上にエリシアの存在はあいつにとって救いになったんだなってそん時思ったよ」
「そうだったんですか・・」
ハボックの知らないイシュヴァ−ルの傷跡。今だそれに苦しむロイにとって無垢な命の誕生は確かに救いだったろう。だからイシュヴァ−ルを知らないハボックには何も言う資格はない─が
「でも大佐だって幸せに『なる』資格あるはずですよね!」
それでも我慢できず思いは口をつく。
「中佐の家族が幸せになってそれで大佐が幸せになるのは判る。でもそれはあくまで中佐自身の幸せで大佐の幸せじゃない・・じゃ無いスか」
「ビンゴだ!若造」
ピッと鼻先に突き付けられたダガ−にも怯まずこっちを見つめる青い瞳にヒューズは頷く。
「あいつは自分の幸せって奴をまるで考えてねぇ。俺やお前等おまけにこの国全体の幸せは考えてるってのによ。見ろ、この家。クリスマスだってのに赤いリボンの1つもねぇ。大体あいつクリスマスはいつも仕事入れるだろ。後でデートだっていっても何かありゃ仕事優先だ」
「そうッス。クリスマスは家族のお祝だからっていつも家族持ち優先に大佐はするんです」
「俺は毎年あいつにクリスマスは家で過ごせってラブコール送ってるんだぜ。なのにいっつもなんだかんだ言って来やしねぇ。家族の団欒を邪魔する趣味はないとか時間刻みのデートで忙しいとか言ってさ。エリシアちゃんには立派なプレゼント送ってくるにのによ。なぁワンコそろそろ誰かがあいつにちゃんとしたクリスマスをプレゼントする番だぜ」
そうしてそれはお前の役目だろうとスクェアグラスの奥の瞳ははっきりハボックにそう語りかけていた。

「・・その年はイブに爆弾テロの予告があってクリスマスどころじゃなかったしその次は中佐の事件があった。その後も俺の怪我やなんかで結局大佐とちゃんとしたクリスマス迎えた事なかったなぁ。ダメじゃん俺、なぁ相棒」
苦笑しながらフカフカの金の頭をかき回せばくすぐったいと同じ色の瞳が抗議する。
「安心しな、どんな事があっても大佐はお前を他所にやったりはしないよ。大佐はお前の事大好きだしお前だって大佐の事大好きだろう?」
わん!当たり前だと一声吠えた大型犬はそれでもちょっと不安そうに首を傾げた。心配性の御主人様を憂うように。
「大丈夫、きっと何もかも上手くいくさ。なんたってクリスマスなんだから。なぁ相棒、今年は俺等であの人に最高のクリスマスをプレゼントしてやろうぜ!」
そう力強く言えばそれに応えて一際大きな『わん!』が部屋に響き渡った。

「なーんか妙な事になっちまったなぁ」
熱いエールを交換しあう2匹の犬がいる家の屋根の上でスクェアグラスの男は軽くため息を吐いた。透き通った月の光もその足下に黒い影を作る事はない。
「あいつの優秀な頭脳も大事な相手の事となると斜め上の方向に動くとはね。大事なのはワンコの気持ちだろーが犬にだって御主人様を選ぶ権利があるんだぞ?ロイ」
どこまでいってもお父さん体質の男は余計な心配で心を痛めてる親友にそう言ってやりたかった─不可能な事とは知りながら。
「マイエンジェルと俺の女神を甘く見るんじゃないってーの」

ラジオでは何年ぶりかのホワイトクリスマスだと告げている。その言葉通りセントラルでは夕べからの雪で真っ白にデコレーションされていた。それはまるで天からの贈り物のようで道行く人々の顔にも笑顔が浮かぶ。
公園では雪合戦に雪だるま作りと子供の歓声があがりその冷えた小さな手を暖めるココアのカップから立ちのぼる湯気は雪に負けないくらい白かった。
そんな歓声が微かに聞こえる静かな住宅地の一角に潜むのは黒いコートと茶色の革ジャンの二人組と1匹の犬。狭い通りを挟んだそこには大きな屋敷があって扉付近植えられた何本かの木は丁度良い目隠しになっていた。
「いいかいジェイ、あの緑の扉の家だ。あそこまで行って扉をノックするだけで良い。すぐに中に入れてくれるからそしたらちゃんと挨拶するんだよ」
金の毛並みはきっちり整えられいつもは青い首輪も今は赤と緑のビロードを寄り合わせたクリスマス仕様。
頭にちょんと赤い鈴付きの帽子を乗っけられた犬はちょっと不安げに鼻を鳴らした。
くーん。あれ大佐は一緒に行かないの?」
「子供同士のクリスマスパーティに大人が行くのはだめだろう?大丈夫良い子達ばかりだから安心して良いよ」
わぁう。子供?尻尾引っ張らなけりゃいいけどさ。
「その中に前に公園で会った女の子がいるんだ。エリシアといってね。とても優しくて良い子なんだよ。彼女はお前にずっと会いたがってたそうなんだ。だからジェイお前もその子に優しくしてあげて欲しい・・お願いだから」
まるで人間の子供に言い聞かすように黒髪の男は雪の中膝を付いて目線を合わせながら一語一語ゆっくりと話す。他人が見たら微笑ましいを通り越して失笑を買うかもしれない光景だが背後の金髪の男は無言でその様子を見守るだけだ。
くぅ。そりゃ大佐の頼みならもちろんそうするけどさ。
「良い子だ。じゃあ行っておいで。あこれはその子へのプレゼントだ。ちゃんと運ぶんだぞ、ジェイ」
最後の仕上げとばかりに背中に括り付けられたのは真っ赤なリボンのついた白い袋だ。大した重さはないのか犬は何でもない顔をして立ち上がるとぱさりと金の尾を振って付いた雪を払う。
わん!じゃあ行ってきまーす。後でちゃんと迎えに来てよ!
「ああ行っておいで」
最後にちらりと主人の方を見ると金色の大型犬は軽く雪を蹴立てて緑の扉を目指す。2人の男が見守る中扉はすぐに開かれて犬は暖かい室内へと迎え入れられた。途端にきゃーと子供の歓声が沸き上がるのを確認したロイは無言でその家に背を向ける。

                 

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