「待っててやらないんスか−、大佐」
そのまま立ち去ろうとする背中にハボックが声をかけるとびくんと小さく肩が震えた。
「相棒、ちゃんと迎えに来てよーって言ってましたよ」
「・・ふん、非科学的な事言うな。人間に犬の言葉が判る訳ないだろう?」
「判りますよ−俺大佐の犬スっからね。大体あんただってさっきまで真剣に相棒に話し掛けてたじゃないスかねぇ、あんた本気でジェイをエリシアちゃんにあげるつもりなんですか?」
「エリシアがそう望むなら叶えるのは私の役目だ─あいつの代わりに」
亡くなった親友の望んだのは愛娘の幸せだ。もう何もできなくなった男の代わりに自分ができる事は何でもしよう。それが葬儀の時パパを埋めないで嘆く少女の姿を見た時ロイが自分に誓った事だ。
「それにジェイにとってもその方が良い。考えてもみろハボック。我々のようなまともに家にも帰れないような飼い主の元にいるより1日中誰かが一緒にいられる環境の方があの子にとってどれだけ良いか。毎日ちゃんと散歩もできる。健康に気を配ってももらえる、この間みたいに一晩中帰れなかった私を待って空腹で過ごす事もないだろう。そうだこんな私の所にいるより絶対・・」
「ローイ!」
ぱんと銃胼胝のできた大きな手が白い頬を軽く挟んで心にもないセリフを言い続ける口を閉じた。泣きそうに大きく見開いた瞳を宥めるように軽く煙草臭い唇が押し付けられ離れ際にペロンと白い額が舐められた。
「あんたは肝心な事を忘れてる・・御主人様を決めるのは犬の方なんスよ。犬は自分が決めた主人にしか絶対腹を見せないんです。俺も相棒も自分の意志であんたを唯一の主人と決めたんだ。それを忘れないで」
「ジャン」
ぎゅっと寒さから守るようにハボックは愛しい人を腕の中に閉じ込めて続ける。
「エリシアちゃんにとって何が一番幸いかを決めるのも彼女だ。ちゃんと彼女の望みを聞いてからどうすれば良いか考えましょう?あんたいつも言ってるじゃないスか、考えるのを止めるなって。だから、さぁあんたもあの扉をノックすべきなんです。行ってエリシアちゃんにメリークリスマスって言わないと」
抱き締めていた腕を解くとハボックはそっと黒いコートの背を押す。ざくっと積もった雪の上に踏み出された足はしかしそこで凍ったように止まってしまった。

「あの時のわんちゃん!!」
扉を開けてくれたのは確かにあの時会った女の子だった。赤い手編みのセーターを着た彼女はがばっと俺に抱き着いた。
「すっごーいサンタさん本当にエリシアの手紙読んでくれたんだね、ママ!」
「そうねサンタさんはちゃんとお願いきいてくれたのよ。いらっしゃい、あの時はありがとうね」
優しい笑顔の綺麗な女の人がそう言って軽く俺の頭を撫でる。柔らかい感触はくすぐったく俺はちょっとドキドキした。
わん!どーも、初めまして!俺、ジェイって言うんだよ
「わぁママ、わんちゃんもサンタみたい。ほら白い袋しょってるよ!」
つい珍しくてきょときょと辺りを見回してた俺はそこで大佐の『しれい』を思い出した。何はともあれしっかり役目は果さないと。
わーう!はいこれ!大佐からのプレゼントだよ!
自分じゃ上手く下ろせないから俺は背中をママって呼ばれた女の人に向ける。そこに何かのメッセージが書かれていたのか白い手はするりとリボンを解いて袋を外すと中身を女の子に見せた。
「サンタさんからのプレゼントよ、エリシア」
「わぁ、すっごーい!」
袋の中に入っていたのは小さなコートらしい。薄ピンクにふわふわのケープが付いたのは確かに女の子には似合いそうだけど俺はそこでふと気が付いた。
わぅ?ていうか他の子は?大佐は子供のパーティって言ってたけど・・
暖かい暖炉の傍にはすっかり飾り付けられたツリーがある。けどテーブルにはお茶のセットぐらしかないように見える。ちょっとパーティという雰囲気じゃないなと首を傾げたところで女の人がそっと俺の耳に囁いた。
「お願いよジェイ君、意地っ張りなサンタをここに連れてきてくれないかしら」

わんっ!
凍った彫像と化したロイの背をハボックがもう一押ししようと手をあげた時だ。向いの家の扉が勢い良く開くと金の固まりが転がり出てくる。
「ジェイ?!」
その背後にいる小さな人影を見て驚いた国軍大佐のとった行動ははっきり言って軍人にあるまじきものだった─すなわち敵前逃亡。
「ちょ、ロイ!」
予想外の行動に咄嗟に反応できなかったハボックの横をすり抜けロイは逃げようとした。だが
「わっぷ!!」
いきなり天から降って来たのは雪の固まり。何故か風もないのに頭上の木々に積もっていた雪が一気に落ちて足を取られたロイの体は転びその上に容赦なく雪は落下する。あっという間に雪に埋もれた御主人様に2匹の犬も慌てて救出の手を伸ばした。
「た、大佐?大丈夫っスか?」
わん!うわ、大変、雪まみれだよ!
2本の手と4本の足で掘り出されたロイの頭は雪でぐしゃぐしゃ。ぺたんと放心したように座り込むその体からハボックが雪を払ってると
「冷たい?ロイおじちゃん」
小さな手がすっとタオルを差し出す。
「エリシア・・」
「わんちゃん来たのにおじちゃん来ないの変だなって思ってた。えっとき・・きしゃが遅れたの?」
「あ・・いやそうじゃ、」
「そおっスよ、エリシアちゃん。おじさんの乗った汽車が遅れたんです」
しどろもどろになったロイのセリフをもぎ取り返事をしたハボックに小さな目が見開かれる。だが横にいる犬とそっくりな垂れた青い瞳に幼い警戒心はすぐに解けたらしく小首を傾げた少女に向かってハボックはとっておきの笑顔を浮かべた。
「はじめましてエリシアちゃん。俺はジャン・ハボック。大佐・・ロイおじさんの部下です。一緒にイーストシティで働いてるんですよ。んでもってこいつはジェイ。俺の相棒でおじさんの大事な家族っす」
「おい、ハボ・・」
いきなり何を言うんだとロイの腕を掴んでハボックは濡れた地面に座り込んでいた体を立たせる。
「エリシアちゃんは相棒に会いたいって言ってたね。会ってどうしたかったの?」
「ハボック!」
聞こえない程度に声を荒げたロイを無視してハボックは小さな目線に合わせて膝を付くと傍らの大型犬を引き寄せる。そっくり同じ金の毛並みに青い瞳が並んだ姿にわぁっと小さな顔がほころんだと思うと背後からすっと青いリボンが差しだされた。
「これをジェイ君にあげたかったのよ、ね、エリシア」
「グレイシア・・」
「うん!わんちゃんに帽子のおれいがしたかったの!このリボン、バザーで見つけたんだよ。絶対わんちゃんに似合うって思ってママに買ってもらったの!」
小さな手から渡されたリボンをハボックは丁寧に首についた鈴の上につけた。ありがとうとばかりにペロンと犬が頬を舐めてきゃあと弾んだ歓声が上がる。
「さ、いつまでそんな所にいるの、ロイ・マスタング大佐?うちの娘を風邪引かす気?」
「いやしかし、子供のパーティに大人が行くわけには・・」
「それは昨日やりました!クリスマスは親しい人と静かに過ごすのがヒューズ家の家訓なんだから」
軽いウィンクにロイは夫直伝の策略家にようやく気付く。素直に一緒にクリスマスを過ごしましょうと言っても夫の親友が来る訳はないと彼女は判っていたのだ。どうやって意地っ張りのサンタを招待しようかと悩んでいた彼女にとって娘の手紙はこの上もない理由になると思った。まさかロイがあそこまで悩むとは当の婦人も思い付かなかった
だろうけど。
「わんちゃん・・じゃないジェイがおじさんちの子でよかったぁ。また今度も会えるね」
わん!そーだね。尻尾引っ張んなきゃいつでも遊んであげるよ。
「はいはい、良い子だから家に入りましょう。折角のアップルパイが冷めてしまうわ」
雪の上でじゃれあう子供と犬を家へ促しながらグレイシアが言う。もう後ろの2人が付いてくると確信してるのかにっこり笑ってくるりと背を向けた姿は強く美しかった。
その背中を見つめるロイの唇が一瞬震える。ぎゅっと何かを堪えるように黒い瞳が閉じられそうして
「行こうか、ジャン・・メリークリスマス」
そう言ったロイの顔には今まで見た事もない程晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

I wish your Merry Christmas!

憶えている人が一体何人いる事やら・・すいません2年程(多分)半分前に書いたまま放置した代物です。エリシアちゃんにジェイを欲し−って言われたらどうしようと悩むロイのお話です。グレイシアさん男前。この方はもしかして姉さん女房ではないかと思ってます。

                 

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