山盛りキャベツ

ざっくん、ざっくん−キッチンの方から途切れることなく音がする。
ざっくん、ざっくん、機械の様に規則正しく、しかし何となくヤケ気味に聞こえるそれはロイ・マスタング大佐の忠実な飼い犬と世間的に認知されている青年ジャン・ハボック少尉がキャベツを刻んでいる音だった。
犬が拗ねた。何が原因か飼い主であるロイにはさっぱり判らないがともかくハボックは拗ねている。いつもは料理しながらあれこれ話しかけてくるのに今日はほとんど無言でさっきから聞こえてくるのはキャベツを刻む音だけだ。
ざっくん、ざっくん−あれだけ刻んだらものすごい量のキャベツの千切りができそうだが一体それで何の料理を作るのか、あんまりキャベツが好きでないロイはいささか不安になる。
私はコールスローサラダもザワークラフトもホイコ−ローもごめんだぞ、一体何が気にいらないんだ。無言の背中はもちろんロイのつぶやきには答えず逞しい腕は着実に千切りの山を増やしていくだけだ。
別に朝は普通だった。普通に車で迎えに来て、ついでに朝食を作り、食べさせおまけにベッドを整えるのもいつもの事だ。昼もロイのお気に入りのデリのランチを買いに走り(人気があるので早くいかないと売り切れる)今日もゲットできましたよーと得意そうに渡してくれた。午後は書類仕事から逃亡を計ったロイを容赦なく捕獲はしたが、1時間は見逃してくれたし、市内の巡回では話題のケーキ屋にこっそり立ち寄った。
本当に昼間はいつものハボックだったのに。
もしかしてアレか?市内巡回中に顔見知りの美女に声かけて、あげくカフェで30分以上話し込んだのがいけなかったのか?
当然その間ハボックは店の外に立たせておいたわけだが、やっぱり飼い主が散歩中に他の者に気をとられたのがまずかったのだろうか。いつもはどんな無理をいっても苦笑しながらさらりとかわすのにそんなことで拗ねるなんて−うっかりかわいいと思ってしまうじゃないか。
どうしてくれようこのスネ犬。

分かってないなー大佐は。
こっそりのぞきみたロイの様子にハボックは軽いため息をついた。何を考えたか分からないが1人でニヤついているロイはハボックの不機嫌に気がついてるようには見えない。さっきから全然話し掛けてもないのに気にならないんだろうか、俺ってそんなに大佐の中じゃ軽い存在なんだろうか。

あの電話の人と比べて−。
それは今日の夕方の事。執務室に書類を届けにいった時、聞いた電話中のロイの声−
「いい加減娘自慢はやめろ!ヒューズ。さっさと本題に入れ・・ああそれは聞いている。その件に関しては手をうっておくよ。・・それじゃな・・あ・お前少し声変だぞ。セントラルでは風邪が流行ってるか?・・そうか・・じゃあ気をつけて。」
優しい声だった、優しくて少し切なさが混じった様な静かな声と眼差し。こちらに背を向けていたから表情はわからないはずなのにその黒い瞳に揺らいだ優しい光までハボックには見える様な気がした。
あんな声で呼ばれた事はない。あんな眼差しで見詰められた事もない。あの声で名前を呼んでくれるのならどんな無茶な事でも自分はやるだろう−
ざっくん−「いてっ!」リズミカルに続いてた音は小さな叫び声と共に唐突に途切れる。
すっかり思考を他所に飛ばしながら包丁を使ってたからしょうがない。ハボックの指はキャベツと共にざっくり刻まれてしまい、それなりの傷に相応しく赤い血が流れる。調理中の物にかからないよう慌てて左手で押さえた右手はいつの間にかキッチンに来ていたロイの手に奪われてしまった。「何やってるんだ、ハボック!」流れる血に赤く染まった指を掴まれ、思わず引き離そうとしたハボックは指先を包む生暖かい感触にその場で固まってしまう。
「ちょ、ちょっと大佐、何を・・」
うろたえるハボックを尻目にロイは血を止めようと傷をなめる。ざらりと舌の感触が指先を辿り、自分の血がロイの唇に赤く滲むのを見たのが限界だった。
「ハボック?」「すンません!大佐。その,もう大丈夫スから!」
力任せに指を引き抜けば、同じ位の勢いで再び奪い返そうとするのを押しとどめるとそれでも離さない人の手は微かに震えていてどこか湿った声で訴える。
「だってこんなに血が出てるじゃないか!切り傷だって甘く見たら大変な事になるぞ。そうだ破傷風になったらどうするんだ!」

どうすんだってあんたこそ、そんな顔すんの反則だ。
お互い軍人で流血沙汰なんか慣れっこでもっと酷い怪我だってした事がある。なのになんでこんな小さな傷で、菜切り包丁でちょっと肉えぐったぐらいでどうして29歳の国軍大佐が子供みたいな顔すんの。
「ハボ?」
手近にあったキッチンペーパーで傷口を縛りそっと目の前の人を抱き寄せる。なだめる様に背中をさすってそっと耳もとに囁く。
「大丈夫ですよ、ただの切り傷です。手当てしてくれてありがとうございます、大佐」
「当たり前だ。お前は私のただ1人の飼い犬だ。いらん傷なんかつけるのは許さないからな。」
「YES.SIR・・御主人様」
答えながら飼い犬は抱き締める手に力を込める。ああ夕食は遅くなっちまうなとつぶやきながら。

「キャベツがない。」
「はい?」
あれから少々時間は経ったが、テーブルの上に並べられた夕食を見てロイは開口一番そう言った。そこそこ広いダイニングテーブルにはシーザースサラダ、チキンの香草焼き、ポタージュスープなどが並んでいたがさっきキッチンにあった山盛りキャベツの姿はサラダの中にさえ見当たらなかった。
「あのキャベツの山はどうしたんだ、ハボック。まさか捨てたんじゃ・・」
「なんでそんな勿体無いことしなきゃならんのです。ま・ともかくスープ飲んでみて下さいよ。」そう言われてクリーム色の液体を焦げ茶のクルトンごと口に含むといつものポタージュの中にふんわりとした甘さが広がっていて「おいしい・・」思わず笑顔になるロイを嬉しそうに見ながらハボックは種明かしをする。
「中々いけるでしょう?キャベツのポタージュスープ。昔、家で食べたの思い出しまして。これならキャベツ嫌いの大佐も大丈夫でしょう?」
「・・お前もキャベツが嫌いだったのか?」
嬉しそうに聞くロイにまさか4歳の甥っこの好き嫌い対策メニューだったとは言えず
「そんなところです。」
とはぐらかしてハボックもスプーンを持った。
「鍋一杯作ったからお代りしても平気です。残ったら明日はリゾット風にしましょうか」
「ハボック」
スプーンを置いたロイが急に真面目な顔つきで呼び掛ける。
「なんスか、大佐。」
「今度から散歩の間はよそ見しないからな。だからもう拗ねるな」
「・・は?」

・・・やっぱり全然わかってないや。すれ違ってばかりの2人の思惑だけどそれでもいいや−とハボックは思った。なぜならすれ違いでも方向は同じ、きっとお互い相手の事を思っていると思えるから。
あの声で名前を呼ばれる事が無くても、飼い犬呼ばわりされてもただ1人−ONLY ONEとロイが言うならそれで良い。
だからハボックはさっきまでの不機嫌顔を埋め合わせる様に笑いながら答えた。
「もう拗ねませんよ、御主人様。」

拍手から再UP。その時も聞かれましたがキャベツのポタージュスープはホントにあります。ミキサーがないんで
管理人は作ってませんが・・。
レシピはこちら ●ttp://www.recipe.nestle.co.jp/recipe/1200_1299/01226
スープは好きです。毎週何かしら作ります。ミキサー欲しいです。

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