突入は深夜に行われた。ハボックの隊は捕虜棟に侵入した隊のバックアップと見張りで完全に蚊屋の外とういう状況である。だがそれは彼にとって願ってもないチャンスだった。
「ライル軍曹ここをまかせる。ハインツ一緒にこい。」
「どこいくんですか!命令違反ですよ!」
「大丈夫これは立派な救出活動だ。俺は別の心当たりを捜すだけさ。」
慌てる部下に小さなメモを振りながらウインクしてハボックは闇に消えた。
小さなメモ用紙には右上がりの癖のある字で基地司令官の部屋と書かれていた。メモは作戦ミーティングを終えたハボックが自分の部屋に帰った時1本のダガーで部屋の壁に縫い止められていた。いつ俺の部屋調べたんだよ、苦笑しつつ読んだメモには基地司令の私室の場所、尋問した捕虜がここに特別な客がいるらしいと言ったこと、根拠が薄いからと自分の上司には却下された旨が簡潔に記され最後にHのサインがあった。ほんの僅かな可能性でも諦めないその思いを信じハボックもそれに賭けた。

「ぐえっつ」カエルが潰れたような声をあげて背後で人が倒れる音がする。音のする方を振り返ろうとするといきなり顔面を誰かにはり飛ばされ、医者は捕虜を手放して後ろに吹っ飛んだ。壁に背を叩き付けられ咳き込んだところを容赦の無い手が襟首をひっつかんで立たせる。暗闇になれた目に自分を見据える野獣の目が映った。黒いフェイスマスクの長身の男、敵兵だ!と悲鳴をあげる前に口を塞がれテーブルに身体を押しつけられた。
「アメリストス語が話せるのは解っている。これから俺の質問に答えろ。下手な時間稼ぎなんかしてみろ・・」
ダン!頬に冷たい痛みが走ったと感じた瞬間テーブルに鋭い軍用ナイフが突き立てられるた。「わ・・わかったなんでも答える。私は民間人だ。ここの司令官に個人的に招かれただけだ。」すっかり怖じけずいた声が喚こうとするのを首にかかった手が抑える。
「喚くな。この人に一体なにをした?」
「さ・・催眠暗示による洗脳だ。トラウマを引き出してそれを利用してこちらに従わせようと・・」
「トラウマ?」
「簡単に言えば心の傷だ。イシュヴァール殲滅の記憶、戦場で受けた性的暴行などのことだ。」「それをわざと思い出させたってのか?」
声にこもる怒りにも気付かず医者は得意げに続ける。
「最初の1週間は体力と気力を奪う。主に睡眠と食事を最低限のレベルに落とす。それから催眠術と薬で過去のトラウマを吐き出させる。それを夢で再体験させて憎むべき相手が誰かをこちらで与えてやるんだ。私が開発した療法だが効果は絶大だ。」
「で、それは成功したのか」
押し殺した声が問う。
「残念なことにまだだ。もう少しというところだが彼の精神力は予想以上だった。・・質問には答えたぞ。さっさと彼を連れて行くがいい。私はここの司令官に頼まれただけだ。戦争には関係ない。」
尊大に言い放つのをあざ笑う様に冷たい声が耳元で囁く。
「そうはいかないんだ。先生。あんたはそれをアメリストスで証言しなけりゃならない。ただし個人的な内容は一切言うな。もし言ったらたとえ基地内あろうと俺はあんたを殺す。」
その言葉を実行するように首にかけられた圧力がぎりぎりと増し、呼吸を圧迫する。締め殺されるという恐怖の中で医者は意識を失った。
「ハインツ、こいつも連れてくぞ。そろそろ向こうの騒ぎが気付かれる。さっさと行こう。」
床に倒れたロイをそっと肩に担ぎ上げ、のびた男を足で突きながらハボックが言うと
「えー何でこんなんまで‥‥」
ぶつぶつ言いながら大男の部下はひょいと痩せた医者を抱えた。
「文句言うな。それからこいつは必ずセントラルからきたヒューズ少佐に渡せ。他のやつらには渡すなよ。」
「はいはい責任は御自分でとって下さいよー。」
部下の嘆きを背中で聞きながしてハボックは部屋を出た。灰色の建物から火の手があがった。辺りには散発的な銃声と怒声が飛び交っている。とても隠密作戦とは言えない状況に
「あー派手になっちゃたなー」
ハボックはため息をついた。とりあえず自分の隊に合流したもののこちらもいつ見つかるかわからない。
「どーします?」
本音を言えばセントラルの連中なんかほっぽってこちらだけで撤退したい。なんといってもロイを連れ帰ることが第一だ。とは言っても。
「とりあえず司令部に打電。御宝は奪還したと。それからライル達はカイル大尉の援護と撤退の誘導を。Gポイントで合流、国境を渡る。時間までにこちらがこなければ先に行け。ハインツお前等5人は俺と一緒来い」
「YES.SIR」
囁かれる答えに
「無茶はすんな。全員ちゃんと帰還しろよ」
と言って、彼等は闇に散った。

闇の中を男達はまるで昼間のようにためらいなく走る。中の二人は肩に重い荷物を背負っているのに遅れもしない。このまま見つからなければ国境である川に安全に辿り着ける。だれもが抱いてた希望はしかし背後からの銃声であっさり砕かれた。
「チッ、こっちに気がつきやがった。」
地の利はあちらのほうにある。何と言ってもここは敵の領土だし、こちらは荷物を抱えている。相手が少人数なら止まって応戦するが、そうでないならこの際ー
「准尉、俺等が囮になりますからふた手に別れましょう。幸いこっちにも同じ荷物がある。カモフラージュにはなりますよ。」
頭に浮かんだ案をあっさり部下に言われてハボックは苦笑しながら答えた。
「すまんな」「何でこーいう時に遠慮するんですか。こっちは大丈夫ですから早く行っちゃって下さい。」
言うなり彼等はわざと派手に応戦し始める。
「すまん!ハインツ」タイミングを計ってハボックは下の斜面に身を踊らせた。

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