月の無い夜の風は湿り気を帯びて、南部特有の蒸し暑い空気をよけいに意識させる。肩に担いだ人はぴくりとも動かずそれがハボックを不安にさせるが立ち止まるわけにはいかなかった。時々磁石で方角を確認する以外は立ち止まらず、道とは言えないような斜面を下って行くと次第に吹いている風が強くなっていくのが感じられる。
やばい、この感じはアレの前兆だよなー南部名物・・
慌てて周囲を見渡す。どこか身を隠すがないかと、捜し始めた矢先ーポツンー額に水滴が落ちてきたと思う間もなくそれは一気に数を増しあっという間に土砂降りの雨になった。
きやがった!南部名物スコールだよ。逃げる身としちゃありがたいが、この人が耐えられない!
口の中で悪態をつきながらハボックは必死に隠れる所を捜す。痛めつけられたロイの体力ではこの雨の中の逃亡は耐えられないだろう。肩から下ろし抱きかかえるようにして自分の身体でロイを雨から守ろうとするハボックに誰かが同情したのか、走る彼の目に小さな横穴の入り口が見えた。
助かった!と潜り込んだ横穴の奥行きは入り口に比べて以外と広く5メートルぐらい。高さはさすがに長身のハボックがすんなり歩けるほどはなく、それでもちょっと身を屈めればなんとかなるくらいか。その一番奥にそっと抱えてた人を下ろして包んでた保温シートを解いた。降り始めだったのが幸い、腕の中のロイはそれほど濡れていなかったがあいかわらず意識がない。軍人にしては白い首筋に手をあてて脈をみたが異常は感じられないようだ。あの胸くそ悪い白衣の男が言っていたように気力と体力を奪われた結果だろうか、ともかくこのままの逃亡は無理と判断してハボックは背負ったバックを下ろし、それを枕替わりにロイの身体を横たえる。タオルで濡れてるところを拭うと両手に巻かれた包帯に気がついて、調べてみればどうやら左右どちらの指も何本か折られていてそれでロイの錬金術を封じたつもりらしかった。
「あのサディストのクソ野郎!手ぐらいへし折っときゃとかった!」
思わずもれる呪詛を押し殺して、保温シートを掛けなおした。横たわる人の顔に血の気はなく、唇は蒼い。そういえばこうやって意識を無くしたこの人を見守るのはイシュヴァール以来だなと何となく懐かしさのようなものを感じてハボックは苦笑した。あの時も思ったがこうして瞳を閉じたこの人は本当に幼く見える。
自分より年上で、自分よりよほど強い人なのにとても儚い印象を受ける。俺なんかが守ってやりたいと思うことはおこがましいか。それでもイシュヴァールのあの時から忘れたことはなかった人だ。いつかまた会えるかもしれない、それが軍に残った理由だとしたら笑えるが
「これは運命とかゆーもんじゃないですよね。中佐?忘れる事すらできないんですよ、何で俺あんたから離れられないんでしょ?」
そっと問いかけても、色のない唇から答えはもちろん返らない。無意識に額に伸ばそうとした手を慌てて引っ込めて
「いけね、入り口のカモフラージュ忘れてた!」
聞く人も無いのに言い訳してハボックは、外に出ていく。後に残ったロイの身体が微かに動いたのに気付くこと無く。

焔の中にロイはいた。遠くに響く銃声、自分を取り巻く真紅の焔。かつて戦場で何度も見た光景の中をひたすらに走っていく彼に焔は蛇の様に絡み付き、足を止めようとする。お馴染みの悪夢だと必死に自分に言い聞かせても焔は消えない、荒れた大地は途切れることも無い。それでも助けは求められられない、それは相手に屈する事だと判っている。何もかも誰かのせいにして自分が救われるなんて許せない、許されるわけが無い。だからあの男のつくり出す悪夢に負けるわけにはいかない。それだけを思ってロイは悪夢の迷宮を彷徨い続ける。

「しっかりして下さい!マスタング中佐!」
ハボックは必死に呼び掛けた。穴の入り口を木の枝などでカモフラージュして、未だ止まないスコールにため息つきつつ戻ってみれば、さっきまで死んだようにぐったりしてた人が苦しげなうめき声をあげていた。呼吸は早く、顔はには苦悶も表情を浮かべまるで何かに苛まれているよう。
これは普通の眠りじゃないとハボックは肩をつかんで乱暴に揺すってみるが夢魔に捕われた様にロイの意識は戻らない。遠慮している場合ではないと2、3回白い頬を叩いた時、うっすら黒い瞳が開くのに気がついた。
「う・・」
「気がつきましたか?もう大丈夫です・・うわっ!」
急に腕の中の人が暴れ出すのでハボックは相手を傷つけないように押さえ込む。
「離せ!」
未だ悪夢に捕われてるらしい人はハボックの腕から逃れようと包帯を巻かれた手を振り上げる。その手を掴んで暴れる身体をぎゅっと押さえ込みなだめるように空いた手で背中を撫でる。
「もう大丈夫・・大丈夫ですから。悪夢は終わったんです。もう苦しまなくてもいいんです」
静かに言い聞かせる様に同じ言葉をくり返せば、逃れようともがいていた身体はだんだん静かになっていく。そっと抑えていた手をはずし顔を上げさせると、黒い瞳がこちらを見上げて安心した様に呟いた。
「ヒューズ?」
違うと答える間も無く相手の腕がハボックの背中にまわり冷たい感触が唇に触れた。
うわっ!なにこれなんで?なんでオレ中佐とキスしてるの?とゆーかこれどーすりゃいいんだ?オレ。
あまりの事にパニック起こしかけた心臓を必死でなだめてそっと引き離そうしても相手はしっかりしがみついている。応えてこない唇に焦れたのか柔らかな舌が入り口をつつく。
あーもう後で気がついたらオレ殺されるんじゃないかと思いつつ、覚悟を決めてハボックはロイに応えた。なだめるように舌をからめると腕の中の人がゆっくり力を抜くのがわかる。呼吸が苦しくなる前にそっと口を離すとロイは相手の肩に頭をもたれさせて甘えるように言った。
「酷い悪夢を見たんだヒューズ。敵に捕らえられて何度も悪い夢見せられて、協力しろって言われて・・」
「もう大丈夫です・・ロイ悪夢は終わりましたからもう一度休んでください。」
応える声に促されるように意識が再び薄れるのを感じながらロイはクスリと笑う。
「なんだいつもより優しいじゃないか。ヒューズ。それよりお前煙草変えた・・か?」
語尾は薄れてハボックの耳には届かなかった。
「おやすみなさいマスタング中佐今度目がさめたらちゃんとこっちに帰ってきて下さいよ。」
さっきとはまるで違う安らかな寝息をたてて眠る人を複雑な思いで見守りながらハボックは祈るように囁いた。



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