薄れていた意識が徐々に浮上していくのをロイは、ぼんやりと感じていた。遠い所に聞こえた銃声、微かに感じる振動。どこか遠くで感じていたそれらをを思い出しながら鉛のように感じていた瞼がゆっくりと開く。最初に目に入ったのは、薄暗い岩の天井だった。
洞窟か?どうやら自分はそこに横たわっているらしい。枕にしているのはどうも軍のリュックで掛けられているのは保温シートだ。ここはどこだ?随分長いこと眠っていたのかどうも記憶が曖昧だ。敵に捕われて長い間悪夢を見せられていたはずだ。それともここはイシュヴァールでさっきまでのが夢だったのだろうか?ヒューズがいつものように側にいたと思ったのに。答えを求めて重い頭を上げて辺りを見回すと、すぐ側に一人の男がライフルに身をもたれさせて休んでいるのに気がついた。特殊部隊の黒ずくめな服、それにふさわしい引き締まった体躯にいささか不釣り合いなどことなく少年らしさが残る顔、寝癖のようにつんつくの麦わらを思わせる金の髪。ひざを抱えるように休むその姿はなんだか大きな犬を連想させた。
どこかで見た、いや会った?自分はこの男を知っている、あの悪夢の中でも見たような・・記憶を手繰り寄せようとロイが身を起こしかけるとそれに反応したのか瞬時に相手は顔を上げた。咄嗟に身構えるロイを心配そうな空色の瞳が見つめる。色素の薄い澄んだ青空の瞳、小首をかしげて見つめる様は本当に犬を思わせてーそこからようやくロイは彼の名前を思い出す。
「・・ジャン・ハボック?」
「オレが判りますか!マスタング中佐!」
尻尾があったらちぎれるぐらい振ってるだろう風情で、ハボックはロイの前に座り込む。
「本当にハボック伍長か、それじゃここは何処なんだ。」
「落ち着いて聞いて下さい、マスタング中佐・・・」
そうしてハボックはこれまでの経過をロイに説明をする。ようやく前後の記憶が繋がったロイはほっとした様に肩の力を抜いた。
「そうかヒューズが来ているのか。」
「ええ、中佐を心配しました。それとホークアイ少尉も」
「彼女は無事だったのか!」
「ちょっと怪我してましたけど大丈夫です。それよりどこか痛いとこありますか?喉乾いてませんか?何か食べますか?」
そんな一遍に答えられないだろうと思いつつとりあえず水を要求すればすぐに水筒が差し出され包帯だらけの手でなんとか抱える。するとそっと手が添えられ
「指折られたんスか?」
労るように問いかけられた。錬金術を封じるためだろう捕まってすぐ両手の指を何本か折られた。手当てはちゃんとされたが痛み止めなどは全く与えられずロイは苦痛に眠りを妨げられた。それらを説明するとまるで自分が痛みを感じたみたいに顔をしかめながら、リュックから何やら取り出し差し出した。
「今はこんなんしかないんですけど食べて下さい。ちょっとは力つきますよ。」
手に持っているのは軍支給の高カロリーな携行糧食ーようはチョコバーみたいなものーそれを一口大に割ってどうぞと渡された。みかけによらず良く気がつく奴だと思いながら甘いそれを食べると何となく力が湧いてくるような気がした。
「ここから国境まではどのくらいだ」
「あと3時間ぐらいで川につきます。それを越えればアメリストス領内です。って大丈夫ですか!」無言で立ち上がろうとするロイがよろけるの支えてハボックは言った。
「まだ歩くのは無理では・・・」
「ここに長居すればそれだけ奴等に有利だ。生還することが我々の任務だろう」
言い放つ声は力強い軍人のもので、先ほどまでの弱々しい雰囲気は微塵もない。
「YES.SIR!」ハボックは敬礼でそれに応えた。

アメリストスとアエルゴを分かつ川の幅はおよそ50メートル、たいして広くはないがしかし流れは急である。深さもそれなりにあり泳ぎが得意な者なら渡れるが、体力が落ちた国家錬金術師には無理だった。スコールの足留めのおかげで合流時間もとうに過ぎ広い川べりには人の姿は無い。遅れた場合作戦では対岸に何人かが待機しているはずだがこちらからは当然姿は見えない。信号弾を撃つかして知らせなければならないのだが、これは相手にも気付かれる。
「これは賭けですね。」
信号弾を準備しながらハボックは言った。
「30分待って何の反応もなければ後は泳いで渡るしかありません。中佐泳げます?」
「一応な」
応える声には不安な様子はないが、ロイの体力は限界にきている。監禁中は食事も睡眠も制限され、昼夜を問わず精神的な拷問を受けていてここまで自力で歩いて来れたのが不思議なくらいだ。「大丈夫です。オレ泳ぎは得意だから。どんなことしても中佐を向こう岸に連れていきます・・って何笑ってンですか」
「いや・・イシュヴァールで会ったひよっこが立派になったなーと思ってね。」
「なにがひよっこですかもうー、そんなこと言ってるとちゃんと泳ぎませんよ。そしたらオレとお手て繋いで心中ですからね。」
拗ねた様な言い方がよけい面白いのか、笑いをながらロイは言った。
「それは困るな。私にはまだやりたい事があるし、第一男と心中なんてごめんだね。」
でも男とキスはするんだよなー。冗談にするには重過ぎ、忘れるには強烈すぎた出来事を思い出し、複雑な思いを胸に呟いた。
「何か言ったかね?ハボック」
「いーえ何も。それより中佐のやりたい事って何スか。」
話題をそらそうと咄嗟に聞くとそれには答えず
「ハボック偶然が3回続いたら何と言うか知ってるかね?」
と意味不明な事をロイは聞いてくる。
「・・は?2度あることは3度あるとかいうんじゃ」
「人の出合いはそんなに都合よくないさ。3回偶然の出合いがあれば・・運命というんだよ。だからもう1回私と出会う事があったらそうしたら教えてやるよ。私が何をやりたいか・・・ね。」
嫣然と微笑んで告げられた言葉に声もなくハボックは立ちすくんだ。


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