SPRING HAS COME!

春が来た。日射しは暖かく金色の陽光はようやく芽吹いた緑を優しく包む。道行く人々の足取りは重い外套から解放されて弾むように軽い。それは犬も同じこと。日射しの下、金色の毛並みをきらめかせ時折りリードを握る人の方を振り返りながら歩く大型犬の足は嬉しそうなリズムを刻んでいる。春風の中に花の香りを捜すように黒い鼻先を突きあげたりして散歩を楽しむ様はとても楽しそうですれ違う人の顔も柔らかくほころんでいる。だけど
「良い天気だね、ジェイ」
リードを握る黒髪の大佐の声だけが少しだけ元気が無い。それに気付いているのか歩みを止めた大型犬は
わん!
と一声吠えてじっと青い瞳で御主人様を見上げる。
元気だしてよ、ねぇ!
と言わんばかりに。

大佐の様子が変なのは夕べから。
いつもと同じぐらいの時間に帰って来て、外に迎えに出た俺の頭を撫でてから書類の袋を渡してくれて
「ただいま、ジェイ」
って笑ってくれたけど、その笑顔が少しだけいつもと違っているように俺は感じたんだ。そして
「おやすみなさい、マスタング大佐」
やけに固い声で車を運転していたあいつがそう言っていつもはしない敬礼をした。
「ああ、御苦労、少尉。お互い明日は非番だ。帰ってゆっくり休みたまえ」
そう答えた大佐の声もどこか固い。そうしてあいつは俺にそっとへたくそなウィンク一つして車に戻る。その頬には白くてでっかい絆創膏が貼り付いていた。
あれ?寄っていかないの。
あいつが大佐を送ってくる時はいつも家に上がり込んで御飯とか作ったりするのに。(そして泊まっていく事も多い)
「おいで、ジェイ」
そのままバックで出て行く車を見つめる俺を大佐が呼んだ。ちょっと悲しそうな声だった。
それから大佐はいつもと同じに俺に御飯をくれてからお風呂に入って(食事はすませてきたらしい)お気に入りのソファーに陣取って少し本を読んだ。もちろん俺は横に座る。
違うのは口数が少ないのと茶色い瓶を取り出した事。あんまり好きじゃ無い匂いのするそれはブランデーというらしい。それからページをめくるスピードがいつもよりずっと遅い事。
わぅ。疲れてるんでしょ?もう休もうよ。ソファーで寝たらかぜひくよ。
ずっと動かないページに俺はそっと鼻を擦り付けた。
「ああ、お前も眠いよな。もう休もうか」
その晩、大佐はあんまり寝つけなかったらしい。何度も寝返りをうつから俺の眠りも浅かったけどそんなの別に構わない。けど
「ごめん・・」
小さく呟いたのを確かに聞いてしまった。

次の日はすっごく良い天気。けど大佐はずーっとソファに座って昨日の続きを読んでいる。俺のブラッシングもちゃんとしてくれたしいつもの様に笑顔でおはようって言ってくれたけどやっぱりどこか寂しそう。
あいつがいないせいかなぁ。今日は非番でずーっと家にいるのにあいつが掃除をしに来ない。犬の俺が言うのもなんだがこと、掃除とか料理に関しては大佐は、えーっと「むのう」だ。夕べも脱いだシャツなんかを全部寝室の床に放りっぱなしだったから、俺が銜えてベッドにの上に置いといたくらい。
・・・ケンカしたのかな。そんならもちろんあいつが悪いに決まってる。謝りに来るまで許してやんなくて良いと思うけど、落ち込んでいる大佐が可哀想だ。
外はあんなに明るいのに。・・よし!

わん!
集中しきれない読書をストップさせたのは愛犬の鳴声。何時の間に持って来たのか青いリードを口に銜えて金色の尻尾ぱたぱた振って見上げる青い目は雄弁に彼の思いを語っている。
いい天気だよ。こんな日に家に閉じこもっているの勿体無いでしょ?
「散歩に行きたいかい?そうか、今日は晴天だったんだな」
今までそれに気が付いていなかったのか。黒い瞳を外に向けた人は眩しげに目を細めておねだりする犬の頭を撫でた。
「休みなのにほっぽってごめん。待っててくれ、今支度するから」
そうして1人と1匹は光の中に飛び出した。

「あー良い天気だ。出て来てよかった。ありがとう、ジェイ」
芝生の上に腰を下ろして、手にホットドッグを持った大佐はそう言って身体を伸ばす。
良かった。無理に散歩に連れ出して。だってその笑顔はさっきよりはずっと元気そうだ。
「ほら、お食べ」
半分に千切ったホットドッグを大佐は俺の前に置く。天気は良いし、2人きりだしこれってまるでデートじゃんと思いながら俺はそれにかぶりついた。遠くで鳥の鳴声がして、広場では子供の歓声が響く。黄色やピンクの花があちこちに咲いて日射しは暖かい。要するに最高の休日なのに─隣に座ってる人の顔にはまだ翳りが見える。
わふ?あいつがいないと寂しい?でもなんか大佐が怒るような事したんでしょ?ほおっておいてもいいじゃん。俺がいるよ!
「よしよし・・お前は良いコだ。ずっと私の傍に居てくれる」
わぅ!当たり前じゃん!俺は大佐一筋だよ。─もしかしてあいつが「うわき」したの?
「ハボックもいつもそう言うんだけどな。ずっと傍にいますって。・・でも」
うー。なんで?男に二言は無いんだよ。
「昨晩あいつの顔見たかい?顔に傷があったろう?あれは巡回中、悪い奴に襲われた女の人を庇ってできた傷でね。大したことないし、犯人は逮捕できたしなんの問題もなかったんだ」
くぅ?それがなんでケンカになるの?
「あいつのした事は軍人として当たり前の事だ。もしその女性を助けられなかったら軍人失格だよ。だから私が怒る権利なんかない。けど」
くしゃりと俺の頭を撫でた大佐はこつんと額を俺の頭にぶつけてそっと囁く。まるで秘密を打ち明けるみたいに。
「あの傷を見た時物凄く腹が立ったんだ。あいつが私以外の人間を庇って怪我するなんて許せない・・てね。なんて我が儘で狭量な男なんだろう、私は」
・・えーっと。
「あいつはもちろん私の不機嫌の理由に気がついたさ。こう時の勘は鋭い。呆れ果てたんだろうそれからずっと態度がよそよそしくてね。この分じゃ愛想尽かされるかもしれない」
わん!そんこと無いって!あいつがそんな事くらいで大佐の事嫌いになる訳無いじゃん!犬の俺が見たって感心するくらいの忠犬なんだから!

ぺろぺろ、顔中なめまわす犬はどうやら慰めようとしているらしい。それが判った御主人は金色の毛皮に顔を埋めて大きな身体を抱き締めた。ふわふわの毛並みからはお日様の匂いがする。
「大好きだよ。ジェイ。お前はこんな私でもずっと傍に居てくれるな」
もちろん。
返事の代わりにベロンと鼻先をなめた犬をもう一度抱き締めようとした時だ。黒い鼻先を春風の中にくんくんさせた大型犬はいきなりロイの抱擁を振り払ってだっと後ろの林の中に走って行くと木の影に隠れていたものに飛びついた。
「うわっつ」
「ジェイ?」
その素早い動きに対応できなかったのだろう。尻餅ついた男の姿にロイはポケットの発火布に手を伸ばしながら後を追った。普段決して人には吠えない犬がいきなり襲い掛かったのだ。緊張するのも無理は無い。しかし
「わーった、降参だよ、相棒。あと付けてたのは謝るからどいてくれー」
大きな身体に乗っかられてじたばたしてるのは同じく大柄、金髪の垂れ目男。傍らには大きなバッグが転がっていた。
「ハボック?」
「こ・・こんにちわマスタング大佐」
煙草を銜えたままへらりと挨拶する男にロイは思わず安堵のため息を吐くと腹の上で足を踏ん張ってる愛犬に降りなさいと
合図する。ちろんと相手を睨んだ犬はそれでも大人しくそこから離れた。
「ハボック少尉、これはどういう・・」
「昨日はすませんでした!」
ぱたぱた土を払って立ち上がった男に取りあえずここにいる訳を問いただそうとするといきなりハボックはそう叫ぶ。
なんのことやら訳が判らないロイはきょとんとするばかりだ。
「あんなチンピラ相手におくれをとって怪我するなんて申し訳ありません!大佐があきれてしまうのも仕方ないけど俺、もっと精進しますから・・」
必死に言う男の目は真剣そのもの。そこでロイは自分の勘違いを思い知る。ハボックはロイの隠れた嫉妬に気がついた訳じゃない。任務中に怪我した自分をあきれたと思ったのだ。だから不機嫌な態度をとったのだと。
「・・この駄犬」
見えない耳を垂れさせた金髪の頭をロイはくしゃりと掻き回す。
そうだった。こいつはそう言う奴だった。鈍いけど真直ぐで一途で誰よりロイの事を想う。なんて愛しい生き物。
「お前が怪我したのは庇った女性がパニック起こしてお前の腕掴んで放さなかったからだろう?ちゃんと部下もそう報告している。あの状況で女性が怪我しなかったのは幸運だったと。お前は自分の行動になんら恥じる事はないんだよ、ハボック」
「大佐・・」
「私が不機嫌だったのはお前が私以外の人間を庇って怪我したのが許せなかったからだ。醜い嫉妬の為せる業さ。がっかりしたか?ハボック」
返事の代わりにロイは太い腕に抱き締められる。丸一日離れていた温もりは心の中で凝っていた思いを緩やかに溶かしていった。
「そんな想いさせるのは、やっぱり俺の力不足なんですよ。でも気をつけますから」
「当たり前だ。お前は私の物なんだから。勝手に1人でなんでも解決しようとするな。状況を判断し他人の力を借りることも考えろ」
「アイ・サ−、ロイ。でも嫉妬してくれて嬉しいっス」
「馬鹿犬」
木立の影とはいえ昼日中の公園にはふさわしくない行動を阻止したのは
わんっつ!
大型犬の一喝だった。

天気が良いからランチに誘おうと思って大佐の家に行ったんですけど留守で。もしかしてこっちに来てるんじゃないかと思ったのがビンゴでした。
あいつはそう言ってバッグの中からサンドイッチやら紅茶やら取り出す。それを受け取った大佐の顔にはさっきまでの憂いなんかきれいさっぱり何処にも無い。
「ほら、相棒。これお前の分」
小さなボウルに盛り付けられたのは野菜ととり肉のミックスで美味しそうな匂いがするけど。
大佐とはんぶんこしたホットドッグの方がおいしかった・・かも知れない。
ホントは少し前から気がついていたんだ。あいつが傍にいる事。でもせっかくの2人きりを邪魔されるのも・・とか思って何にもしなかった。けど大佐が辛そうなの見てられなくて、したらあいつ帰ろうとするんだもの。待てよって捕まえるしかないじゃないか。

「本当はもう少し早く声かけるつもりだったんですけどね。あんまり大佐とこいつが仲良いから」
じゃれあって抱き締めあって。犬と人間でも見てる方が照れくさくなるラブラブっぷり。
「なんか邪魔しちゃ悪いかな−って帰ろうとした時こいつが飛びついてきたんスよ」
ありがとなとサンドイッチからハムを差し出された大型犬はちょっと複雑そうな顔をしてぱくりとそれを呑み込んだ。



子はかすがい・・じゃなくて犬はかすがいですか、このカップルは。間に入ったジェイも苦労します。
ところでこのハボの行動にはAーロイの嫉妬に気がついてない天然説とBー気がついていたけど知らないふりしておどけた説があります。さてあなたはどちらだと思います?

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