2008年 日記に書いた短編です。雑誌の感想あり、パラレルありのアソート。

LIKE A CATS

「大体どうして猫耳だったんだろう」
夕食の後で寛いでいた大佐が突然呟く。魔女の呪が解けてから数カ月経ったある日の事だ。
「異形の姿にするにしたってもう少しイメージというものがあるだろうに。一体私の何処が猫を連想させるんだ」
はっきり言って全てです。とは言えないできたての恋人はソファで寛ぐ大事な人が読んでる新聞の見出しを見てそもそもの切っ掛けに気が付いた。
『2月22日は猫の日です。各地で様々なイベントが開かれました』
「大佐は猫が嫌いスか?」
「嫌いと言う訳じゃないが、猫に似てると言うのが理解できない。私は軍人だぞ。ピンと立った立派な軍用犬の耳とかふさふさの狼の耳ならきっと似合っただろうに・・」
ハボックから見ればネルのパジャマに身を包みソファで寛ぐ姿からはある種の動物の姿しか連想できない。
「あの尻尾だってそうだ。おかげで顔色読まれそうになって大変だった。ポーカーフェイスで深慮遠謀ぷりが売りの私だったのに」
けれど今日のメニューがチキンクリームコロッケと知った時、あんたの目は子供より輝いていましたねぇ。
「そうは思わないかハボック」
ずいと身を乗り出して来る姿はあの気紛れな獣そのもの。でもそれを指摘する程金髪の恋人は愚かでは無くて。
「大佐は大佐のままが一番良いです。余計な付属品はいりませんよ」
ね。と白い頬に手をあてれば満足げな笑みと共にすりと顔を寄せてくる。その頭に黒い三角の物体が見えても全然不自然じゃないやと金色の大型犬はそっと笑った。


DON'T CALL ME "ROY"

「ああ、約束の時間には遅れないよ、絶対。うん、じゃあ後で。デイジー」
昼休みの大部屋、丁度通りかかった私の耳に入ってきたのは知らない名を呼ぶ部下の声。
照れくささと愛おしさと優しさがブレンドされた声は今まで聞いた事が無い程甘い。
・・そうか今度の相手はデイジーと言うのか。

「大佐、書類できました」「アイ・サー、大佐すぐに取りかかります」
軍隊は階級社会だ。人は名より階級を重視するし、めんどくさがり屋のあいつは言いにくい名字を省略するからいつも私は「大佐」だ。決して「ロイ」と呼ばれる事は無い。ましてあんな声であんな顔をしたあいつに。
それで良いと思っていた。この青い軍服を脱いだ時あいつが私を何と呼ぶかなんて想像するのはおかしいだろう?
マスタングさん。いやミスターマスタング?・・・「大佐」のほうがまだましだ。

「返事して下さい!何処にいるんですか!大佐!」
瓦礫の下に半分埋もれた私の耳に入ってきたのはあいつの声だ。デートを潰しちゃ可哀想だから早めの解決を心掛けたのに悪い事したなと反省しながらここだと返事しようとした。けど
「お願いだから返事して下さい!大佐!」
あいつの声に手が止まる。初めて聞いた。あいつのあんな必死な声を。ありったけのエネルギーを込めたような熱い声。
「大佐!」
その時気が付いた。きっとデイジーの名はこの声で呼ばれる事はない。
それなら良い。初めて私はそう思った。あの声で呼ばれるのが「大佐」なら私はそっちを選ぶ。だから
「ここだ!ハボック少尉!」
お前は私をロイと呼ぶな。

○○の十戒

仕事から帰ってきたら部屋には灯りが無い。
どうしたのかと電気をつければグスンと鼻をすする音にソファには人影。
「・・・お帰りハボック」
声は少し嗄れて、振り向いた黒い瞳は赤く充血して潤んでいる。ソファの下には映画のパンフレット。開いたページからは金色の小犬が黒い瞳でこっちを見ている。
それで俺には全てが判った。
「行っちゃたんですか?あれ程止めろって言ったのに」
ため息と共に吐き出した言葉に涙混じりの声が抗議する。
「わ・・私だって最初から見に行くつもりで外出した訳ではない!行き付けの本屋に言ってさて帰ろうかと映画館の前を通っただけだ!けどあの看板見たらついふらふらと・・」
「テレビの予告CM見ただけで涙ぐむ人がその映画見たらど−なるか判ってるでしょうが!前に「○イール」でも同じ事やったんだから」
「可愛いからしょうがないだろう!」
わっと泣きふす相手にこりゃしょうがないと俺は相手をそっと抱き締めて黒い頭を宥めるように撫でる。涙と鼻水で通勤用のワイシャツが汚れるのも我慢した。泣いてる相手は俺の大事な人だから。
クールで切れ者、若手出世頭でやり手の上司。それもこの人の一面には違い無いけど俺の知ってる彼は─我が儘で気分屋、面倒くさがり屋で甘えたついでに超の付く犬好きだった。おかげで
「お前の寿命が10年ぐらいだなんて知らなかった、ハボック!」
「俺は人間です!」
恋人の俺まで犬扱いする。

「ねぇロイ、あの映画にありましたね。10の約束って。だったら俺ともして下さいよ約束」
「ハボ?」
きょとんとする顔は涙でカピカピだ。そこをぺろりと舐めて俺は映画の元になった言葉を思い出す。
「俺の寿命はあんたと変りません。でも少しでもあんたと離れるのは辛いんです。そこは憶えておいて下さい」
「うん」
「俺鈍いから。あんたの思ってる事判るまでちょっと時間がかかる。そこは知ってて」
「私が告白するまで気が付かなかったくらいだものな」
「俺にとって一番大事なのはあんたの信頼です」
「私もだ」
「あんたには仕事も親友もいる。俺にも友人や仕事がある。そっちを優先する事があるかもしれないけどでも一番はあんただ」
「今日お前が一緒に休んでいたら私は何処にも行かなかったんだ」
「あんたは頭が良過ぎて俺あんたの言う事理解できない事がある。でもめげずに話してくれると嬉しい」
「そうか。じゃあまた揮発性脂肪酸とイオン化合物のガス放出に関する講議をしてやろう」
「研究が忙しくなると俺の事見なくなる。でも俺はここにいるんだ。それは憶えていて」
「絶妙のタイミングで出されるコーヒーが何処から来るのかちゃんと知ってるよ、私は。どれだけそれに助けられてるかも」
「俺はあんたよりずっと強い。でもあんたを傷つける事は絶対したくない」
「ああ、お前に牙があるのを私は知ってる。でもそれは守るためのものだろう?」
「誤解とか行き違いで喧嘩する事あるけど。ちゃんと話し合えばきっと判るから。1人で抱え込むのは止めましょうや」
「・・受け付け嬢の件は確かに私の思い過ごしだったな」
「年とったら海辺の一軒家なんか良いでしょう?そこで一緒にじーさんになる。ちゃんと面倒みますから」
「共白髪と言う訳か?お伽話だなハボ」
「一緒にいると迷惑になるとか、やっぱり家庭を持った方が良いとか言わないで。あんたがいれば俺はちゃんと生きていけるし強くなれる。だからあの海外赴任の件きっぱり断りました。もともと望んだ事じゃ無いし俺は現場が好きなんです。それに」
「ハボック!」
「Because, I love you.」
そう言って金色の大型犬はかぷりと唇を塞いだ。

PROMISED DAY

私は約束はできない、何1つ。ついでに約束されるのも好きじゃ無い。
昔、付き合い始めた頃、いじっぱりのあの人はそう俺に宣言した。
良いッスよ?将来の約束なんていりません。俺はアンタと一緒にいられる今の方が大事です。でもなんで約束されるのが好きじゃないの?
やっぱり破られるのは嫌だろう?約束すると余計に期待してしまうから。一緒に戦うと約束したあいつは死んだ。それに私も約束を破った。あの苦い思いは2度としたく無い。
皆が幸せに暮らせる未来のために頑張ると彼女に約束したのに。
そう言って笑った彼を俺はぎゅっと抱き締めた。
ハボ?
あんたは約束しなくていいです。でも俺は約束したい。あんたに沢山。約束ってのは信じる事、わくわくする事だって俺は思うから。
・・フン、勝手にしろ。じゃあ明日の朝は手作りのパンとオムレツと特製スープだって約束しろよ?
イエス・サ−。

そうして俺は大佐に沢山約束した。
眠れない夜はすぐに行くと、紅茶はいつも好みの濃さで煎れると、サボリの3回に1回は見逃すと
だけど
ずっと一緒にいると言った約束は
『俺の両足、感覚無いんスよ』
・・・守る事ができなかった。

それなのに

『お前は約束を守ったよ』
置いていけと自棄になった俺にあの人は言った。退院する最後の晩。
『あんな状況でもお前はちゃんと生きて帰った。死ぬなと言った私の命令を守ってくれた』
くしゃくしゃと横たわる俺の頭を撫でてそう言う彼の瞳に影は無い。
『お前は私に約束するという事を思い出させてくれた。今度は私の番だ』
額に触れるのは冷たい感触。
『追いついて来い、必ず。私の隣は決して他人には立たせない』
例え年月経っても。共に立つのはお前だけだ。
そう言い切った人に頷く以外何ができただろう。

そうして俺は見舞いのバーベルを手にとった。リハビリに励み、情報に耳をそばだて、秘密の連絡係りを務める。出来ない事より出来る事を捜し、2度と後ろを振り向かないと決めたんだ。
あの人に約束を守らせるために。2度と苦い思いをさせないように。

「もうすぐ大きな波が来る。何が起るか判らないが流されないようにしろよ」
東から来た伝言を読んだ大佐はそう言って短く切った(洗うのが大変だから)金髪を名残り惜しげに撫でた。
「アイ・サ−しっかり追いかけます。だからアンタは前だけ見て走ってて」
俺はずっと追いかけるから。心配しないでアンタのすべき事をやってよ。
俺は必ず俺達の『約束の日』に辿り着く。


TABBACO

まあそう言わず一本。
そう呼び掛けた俺にあの人はちょっと考えてガキの頃を思い出して一本…
とその煙草の間に挟んだメモを抜き取った。
けど
あれ?あれれ?
「あんた煙草吸ってた事あったんスか?」

確かあんた言いましたよね?俺に初めて会った時
『煙草なんか百害あって一利無しだ。そんなものに手を出す奴の気が知れんね』
着任の挨拶に行った俺の頭から爪先までじーっと睨んだ後腹立たしそうに。

「・・そ、そんな事言ったかなハボック。記憶力の弱いお前にしては大したものだ」
視線を明後日の方向に向けた様子は何だかとても挙動不信。

実はロイ・マスタングの喫煙歴は仕官学校1年の時に始まっていた。厳しい親元離れた開放感に浸るアイテムとして煙草はぴったりだったし、優等生はえてして不良に憧れを持つ。そんなこんなで密かに裏庭での喫煙が習慣化し始めた頃だった。
「あっれーこんなところで煙が出ていると思えば優等生のロイ・マスタング君じゃない?」
「ぶほっつ」
秘密の楽しみを見つけたのは後に親友となるスクェアグラスの同級生。
「教官に言うか?マ−ス・ヒューズ」
「別に?優等生の息抜を邪魔する気はないさ。まぁ俺も通った道だから良いけど」
なんだかやけに達観した奴だなとロイがほっと胸を撫で下ろした時だ
「でも良いの?成長期の喫煙は身体の発育を妨げるぜ?お前さんクラスで前から何番目よ」
ポンポンと頭を叩く男にロイの頭突きが炸裂し、それから彼は2度と煙草を口にしなかった。

ところが数年後。

「今日付けて転属となりました、ジャン・ハボック少尉です」
目の前に現れたのは見上げる身長に筋肉が無駄なくついた理想の肉体。これはさぞ鍛練し節制した生活を送った結果だろうとロイは感心したのに
「着任したてで聞くのも何ですか、大佐殿。この職場は禁煙でありますか?」
真剣に聞いてくる様子から煙草が彼にとって非常に重要な事柄だと判る。つまり
「ジャン・ハボック少尉、君は所謂ヘビースモーカーと言う奴かね」
「はぁ。何せここだけの話ですが喫煙歴は中学からで・・禁煙だと非常に辛いんです」
悪びれなく言う垂れ目の男にロイが一瞬殺意を抱いたとしても誰が責められよう。
この・・私が学生時代日々鍛練し、何とか体格を良くしようと努力したって言うのにこいつは!
『煙草なんか百害あって一利無しだ。そんなものに手を出す奴の気が知れんね。まぁ君の身体だ好きにしたまえ』

「もしかして大佐、若い頃煙草を吸うと背が伸びないって言う説を信用してたんスか?って言うか背が低いってコンプレックス抱いてたの?あ、赤くなった。可愛いー」
「やっかましい!この駄犬!」
ぎゃん!


「あーかなり伸びたなー」
鏡の中ではもうすっかり生えそろった髭に苦笑する男が1人。
「でも結構良いじゃん。渋い大人の男って感じだよなー」
そう言ってニヤリと笑った顔にふとあのスクェアグラスが重なる。
『髭は大人の男の証だぜ。尻の青い若造にゃ判らんだろうがな」
おっさん呼ばわりする男を軽くいなして笑う顔は確かに強かな男の表情。その時は年寄りの負け惜しみと減らず口を叩いたが内心は少しうらやましかった。いつか俺もあんな顔して笑ってやると思ったものだ。
今鏡の中にはあの時の男と同じ笑み。
絶望する事を止めてあの人の力になれるように必死で考え動く日々。それが今の顔を造ったのなら
「・・少しは俺も成長したって事スかね?中佐殿」
問いかければ
「甘いな、お前さんなんぞまだまだだよ、若造」
鏡の奥でオリーブグリーンの瞳が笑った。

電話
本当は電話が恐かった。もうずっと。耳の奥に染みるあの沈黙が忘れられなくて、ベルの不意打ちに脅えた動物のようにびくんとするのがいつまでたってもなくならなかった。
だけど
「かしこまっちゃってまあ」
聞き覚えのある少し掠れた低い声
「いつもの口調でいきましょうや 大佐」
あの馴染みの香りすら瞬時に思い出せる。疲れた身体も足の痛みも全てが何処かに吹き飛んだ。遠く2人を隔てる距離すらその時消滅した。今あの男は確かに自分の傍らにいる。そう感じた。
だから
「出世払いだ ツケとけ!」
もう電話は恐くない。

昼下がりの客─例えばこんな未来

カランと入り口のベルが鳴る。
いらっしゃいと店主は読んでいる新聞から顔も上げずに言った。長閑な昼下がり、小さな村のたった一件しか無い雑貨屋に来る客の殆どは顔見知りだったから。
「葉書と切手をもらえるかな。それから何か甘いものを」
そういう点ではこの客も同じかも知れない。金髪、碧眼、おまけに髭面の店主は確かに彼の顔を知っていた。
「・・・ロイ」
そうとても良く。
ぽろりと口の端から火のついた煙草が落ちる。無意識にそれを掴んだ男はブリキの灰皿に放りこむと
「葉書と切手・・ですね。ちょっと待って下さい」
掠れそうな声を必死に宥めてキイッと車椅子ごと後ろを向いた。その手が震えそうになるのをなけなしのプライドが抑える。
「甘いもの・・あのジンジャークッキーなんかどうスか。隣の村の奥さん方の手作りですよ」
背後には商品が並んだ棚が天上近くまでそびえている。件のクッキー缶は真ん中あたりにあった。当然立ち上がらなければとる事はできない。
いやそのテーブルのチョコバーで良い。そう客が言おうとする前に店主は傍らの長い棒を手に取る。それでひょいとブリキの缶を軽く突けば当然それはぐらりと揺れて下に落下し─下で待ち構えていた男の広い手に見事にキャッチされた。
「はいクッキー。他には」
ニッと得意げな笑顔が浮かぶ。その馴れた様子に客は感心したのか
「じゃああのチョコの箱とブルーベリーのジャム。それにパンケーキの素と紅茶の包み」
あちこちの棚にある品物を次々と指差す。ひょいひょいとその注文を難無くこなし年代物の樫のカウンターに積み上げられた品物の山に満足げに頷いた客は最後の注文を言った。
「それから金色の大型犬を1匹」
ぴたり。レジを打つ男の手がそこで止まる。
「・・うちはペットショップじゃありません」
「カウンターの向こうにある物は皆売り物じゃないのかね?ハボック」
「動けない犬に商品価値はないでしょう。大体俺に何をやらせようっていうんです!」
そこで始めて2人の目があった。その瞬間時間はあの日の病室に戻る。
「今の俺には田舎の雑貨屋が精一杯だ!」
「ジャン・ハボック元少尉!」
「YES.SIR!」
懐かしい一喝に条件反射で背筋を伸ばした男に客は一枚の書類を渡す。それを読んだハボックは言葉を無くした。
「大総統ロイ・マスタングの名においてアメストリス国軍兵站部所属大尉として軍への復帰を請う。・・・ってロイこれは」
「お前がいなければ私達は戦ってこれなかった。正規の補給が得られない我々を支えたのはお前の力だ。その腕をぜひ役立てて欲しい」
つい半年程前まではこの国は内乱状態にあった。国を支配する軍部に対して立ち上がったのは一部の将校とその部下。当初すぐ鎮圧できると誰もが思ったそれがしぶとく戦い抜き遂に勝利した時誰もがそれを奇蹟と思ったけれど
「独自のルートで品物を集め、その発送を手配したのは誰だ?お前じゃないか」
「だけどそれは親爺の伝手とかそういうのを使っただけで、第一資金はあんたの私財じゃないか」「金があっても上手く使う人間がいなければ話にならない。あの限られた資金だけでよくやったと皆も感心していたよ。今、軍部はまだ態勢が整ってない。現場に長けた人材は貴重だ」
「けど、俺はあんたに追いついた訳じゃない」
それが2人の約束だったはず。
でも今だ動かない足に目をそらせた男の頬を白い手が包む。いつの間にか客は勝手にカウンターの中に入っていて
「いいや、お前は追いついた」
夢にまで見た黒い瞳がハボックをうつす。
「その身体で立派に私の役に立つ事を証明してみせた。今度は私がそれに報いる番だよ。セントラルにはもちろん仕事もあるが、まず先に足の治療だ。最新の治療法と術師が待っている」
驚きで何も言えない男をロイは抱き締めた。不自由な身になっても鍛練は欠かさなかったのか肩や腕のラインは昔とそれ程変らない。
「だから・・帰って来い。ハボック」
私の元へ。
返事はすぐに返らない。だけど震える腕がぎゅっとその身体を抱き締めてそして
「YES.・・YES.SIR」
懐かしい声が確かにロイの耳に届く。



                 

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