夏の憂鬱


うだるような暑さがずーっと続いている。
今年の夏はもうしょとかいうやつで石畳の上はすごく熱くて歩くのも嫌になるくらいだ。空気も湿気を含んで重く俺の毛皮もいつもより重い感じがして
「大丈夫かい?ジェイ。暑いなら家でのんびりしてて良いんだよ」
って俺が司令部に行くのを止めようとするけど
わぅ!平気だよ!大佐だって暑いの弱いのに毎日仕事してるじゃないか。
って尻尾を振ると大佐は笑って良い子だと頭を撫でてくれた。そっちの方が俺は嬉しい。
暑いのは平気だ。大佐は毛皮が暑そうだって言うけどそんなの生まれた時からそうだし。
暑いの平気。そりゃぐったりするけど涼しい木陰に行けば大丈夫。
平気じゃないのは・・アレだ。

ずーっと遠くで微かに重い音が響く。人間には聞こえないらしいけど俺の耳にはちゃんとそれが届いて
うー。
低く唸って空を見上げる。少しでもアレが来るのが遅れるように。

「・・・こりゃ一雨来ますね、大佐」
珍しく早く帰れた夕刻。上司を送ったついでに当然のように家に上がり込んで夕食の支度をしていたハボックは野菜を切る手を止めて言った。夏に弱い恋人のために今日のメニューは東のシンより遠い国から来た細くて白い「素麺」というパスタもどきと茹でた豚肉だ。さっぱりした喉越しがいいと最近のロイのお気に入りだけど包丁を握った男の目線は窓でなくリビングの方に向けられていた。
「そうか?天気予報ではそんな事言ってないし、空も晴れている・・勘違いじゃないかハボック」
開け放ったポーチから夕方になってやっと吹き始めた涼風を受けながらソファに寛ぐ黒髪の大佐の声は半信半疑だ。
だけど
「いーや来ますね、これは」
きっぱり断言する男の先にいたのは金色の大型犬。いつもはのんびりと御主人様の側に侍っている犬が何故か落ち着かげにうろうろと辺りを歩き回り、時に空を見上げて低く唸る。
「なるほど・・」
その様子を見てロイも納得する。
彼の愛犬は─犬は大体そうらしいが、雷が大嫌いなのだ。

御飯が終わる頃には遠くで岩を転がすような低い音が聞こえる。風もずんと湿り気を増してだんだん強くなる。間違い無くこれはアレがやってくる証拠で
「ほら、ジェイこっちにおいで」
大佐が手を差し伸べるけど俺は行かない。だって
「おい相棒、やせ我慢しない方がいいぞ」
ってあいつが笑うから。俺は行かない。
わん!大丈夫、平気だよ。俺はアレなんかちっとも恐くないよってのんびり寝た振りをする。だって俺は大佐の「ごえい」だもん。
ゴロゴロゴロ・・空はもうすっかり黒い雲に覆われている。
「ごえい」ってのは大佐を守る仕事で、だから強くなくちゃいけないわけで。
蒼い閃光が夜空にくっきりとラインを描く。
強くなくちゃいけないわけだから、恐いものがあっちゃいけないわけで
ぽつ、ぽつと水音がしたと思ったらいきなり天の底が破れたように滝のような雨が辺りを覆う。
あっちゃいけないから、こんなただの大きい音に怖がって
低い地響きのような音はどんどん大きくなる。それにつれて閃光の回数も大きくなって
「これは落ちるかも知れないな・・ジェイ我慢しないでこっちにおいで。雷が怖いのは別に恥ずかしい事じゃないよ」
って大佐は言ってくれるけどこの間みたいにソファーの下に潜り込んじゃだめなんだ。俺は頼れる「ごえい」なんだから。
「尻尾が縮こまってるぜ、相棒」
切った西瓜をリビングに運んで来たあいつが言うから尻尾に力を入れて外に出すと、からかうなと大佐があいつの頭を叩いて
ぅわん。へへん、俺は平気だよー
と言った時だ。

がらがら、ピッシャーン!

腹に響くような低い振動、目も眩む程の閃光と耳が痺れるくらいの物凄い音が同時に起こって
「うわぁ!」
ぱっといきなり電気が切れて部屋の中が真っ暗になる。
その時あまりの凄さに俺が固まってしまった俺は見た。あいつが西瓜を放りだしてソファーの大佐にしっかりしがみつくのを
わん!ずっるーい!!俺だって我慢してたのに!!

激しい音と光の饗宴は当分止みそうもない。明かりの消えたリビングではソファーに座ったロイに両側から金色の大型犬がしっかりと抱き着いていて
「よしよし、ただの自然現象なんだから。怖い事はないんだよ」
ロイは交互に金の頭をなだめるように撫でるけど震えた身体はぎゅっとしがみついたまま。

ロイの御自慢の2頭の愛犬は─とても勇敢でとても強いけど。
たまに臆病になる。飼い主にはそれがたまらないらしい。

とあるブログでソファーの下に頭だけ突っ込んでいる黒い犬の写真がありました。文章を読むと天気はまだ曇りだったそうです。気圧の変化や遠雷の音をキャッチする犬には遠くの雷も脅威なんでしょうね。最近の破壊的な雷雨は彼等にとってかなり憂鬱な出来事だと思います。

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