青春の味

おいしい紅茶を煎れるには汲みたての水をしっかり沸騰させる。ポットとカップはちゃんと温めておく。茶葉はティースプーン1杯(2〜3g)が1人分で、細かい茶葉は中盛、大きい茶葉は大盛を目安に。沸騰したてのお湯を勢い良く注ぎ、すぐに蓋をして蒸らしましょう。蒸らす時間は細かい茶葉の場合は2分半から3分、・・
・・・やってらんないぜ。

「50点」
なんの感慨も無く忙しい部下が心を込めて煎れた午後のお茶を一口飲んでロイ・マスタングはこう評価した。
「いつもの事だがお前のいれるお茶には深みとコクがない。ホークアイ中尉にコツを教わっているのだろう?すこしは進歩と言うものがあっていいと思うがね。」
白磁の茶器を優雅に傾けながらお茶を飲む姿は確かに一枚の絵のように様になる姿だった。ただこの絵には鋭い刺も隠されていて。
「お茶も満足に入れられんような部下は力仕事がお似合いだ。このリストの本を資料室から持って来い、ハボック。」
「アイ・サ−」
小さな四角いメモにぎっしり書かれた書名にうんざりしつつハボックはお茶を運んできたトレイ片手にすごすごと尻尾を巻いて執務室を後にした。

「ああもうやってらんねぃぜ!」
人気のない資料室に負け犬の吠える声が響くが幸い答えるものはここにはいない。
「今日のはうまくできたと思ったのになー。ちゃんと教えられた通りの量で蒸らし時間もぴったりだったのに。大体大佐も気紛れなんだよー。いつもは食事なんか平気で抜いたりするのに。」
ハボックの気紛れ上司は確かに食には無頓着だ。おまけに軍人だから固いパンでも得体の知れない糧食の缶詰めでも文句言わずに食べる。ただ妙にこだわるトコにはこだわるタイプで取り分け紅茶には厳しかった。これがコーヒーなら官給品の泥のような奴でも何も言わないのに、紅茶−それも仕事が一段落した時のティータイムの時の基準は国家錬金術師の試験より厳しいものとなり、いまの所それにパスできたのはリザ・ホークアイ中尉だけだ。そういうわけで大抵その役目は中尉がこなすのだが、何ごとにつけ有能な彼女はとても忙しく、都合良くティータイムに執務室に居られるわけも無い。他の部下も大佐の合格ラインがブリックス山並に高いのを知っていてその時間は執務室に近付こうという物好きはいなかった。のでもう1人の副官、あるいはマスタング大佐の飼い犬ージャン・ハボックの出番となるわけだがこれがうまくいかなかった。
「やれお湯がぬるい、茶葉が良く蒸れて無いだの文句つけて!そんなに違いがあるかっての。」
ハボックの家ではお茶はホーローの薬缶に茶葉をたっぷりいれて煮立たせ、そのまますぐカップに注いで飲むという豪快なものだった。ロイが聞いたら顔をしかめそうだが、熱々の濃い紅茶を焼きたてのビスケットと一緒にいただくのがハボック家のティータイムで、彼は何よりそれがおいしいと思っている。
「なんでお茶にはあんなこだわるのかね。食べる物にはそんなにこだわらないのに。」
茶葉は最高級のアールグレイ、茶器もそれ専用のボーンチャイナ。使い込まれたしかし繊細なそのカップに口をつける時見せる至福の表情は滅多に見られるものではない。しかしハボックはこの傲慢上司を憎からず思っていた。というより無謀にも惚れていた。だから何とかしてその至福の表情を自分のいれたお茶で見れないものかと健気な努力をしているのだが。
「いつもでたっても50点だもんな。まったくどこが違うんだか・・うわっつ!」
最上段の本を長身にものを言わせてして引っ張りだそうとしたのがまずかった。ギッチリ詰まった本棚の他の本もホコリと一緒にハボックの頭めがけて雪崩れ落ちてきたのだ。どさーっと何十冊の本が頭の上から雪崩落ちてくるからたまらない。咄嗟に頭を抱えて直撃は避けたのはいいが、なにせ全部革表紙のハードカバーだ当たればとっても痛かった。
「いってーもう何だよこれ!誰がこんなアバウトな積み方しやがったんだ。・・イテっつ!」
あたりにたち込めたホコリがようやく収まったと思った時、とどめとばかりに最後の一冊が床に座り込んだハボックの金髪頭を直撃しそのまま頭を抱える彼の前に落ちた。それほど厚みは無いがかなり古めの古書らしいそれのページがぱらりとめくれその拍子に中から一枚の写真が舞落ちる。セピアに黄ばんだ白黒写真に写っていたのは
「これ・・・マスタング大佐じゃないか・・・?」
淡い光の中にその人は居た。どうも何処かの書斎らしき部屋で椅子に腰掛けかの人は柔らかく微笑んでいる。
仕官学校らしき制服にまだ短い前髪、片手には見覚えのある白磁のティーカップ。見た目はたいして今と変らない様にもハボックの目には見えるが、決定的に違うのは表情。
「こんな顔して笑うんだ。」
撮影者に対してなのか屈託のない笑顔は年相応のものだが、何より写真の人には影が無い。だって彼は知らないのだ。自分がいずれ焔の錬金術師と呼ばれ、イシュヴァ−ルの悪魔と恐れられる事になる事を。そこにあるのは自分の前には輝かしい未来が開けていると若者らしい傲慢さで信じている者が持つ翳りのない表情。
「18歳ぐらいかな・・でもなんでこんな所に?」
写真が挟んであったらしい本を手に取ってみれば『歴史的戦術論』とある。どうも仕官学校の教材らしいがそれが何で東方司令部の書庫の奥でホコリを被っていたのか。
・・・もしかして、誰かの寄贈本か?それで持ち主は大佐と同期の人物?そいつがこんな写真を持っていたということは−。秘かに大佐に惚れてたってやつか!そーいやヒューズ中佐が言ってた。仕官学校時代の大佐は実は男にも人気あったって。
『あいつはなあ、取っ付きにくいけど実は単純で、愛想ないけどかわいいから結構ヤロー共から熱い視線送られてたんだぜ、わんこ。でも本人鈍感だからまるっきり気付かねェでやんの。俺なんか何回頼まれた事か、写真隠し取りしてとかさ。や、もちろん大事な親友を売るようなそんな卑怯な真似はしてませんよー俺は。はは』
してんじゃねーかあのヒゲ親父。俺が大佐の昔の写真ちょこっとで良いから見せてってもダメって言う癖に。まてよ。ッてことはこれってレアモノ?超レア?お宝?・・今さら持ち主なんか判らないよなぁ?
そっと右を見る。本しか見えない。左を見る。壁しか見えない。わざとらしく口笛なんか吹きながら挙動不審の金髪男は手にした写真を胸のポケットに仕舞いこんだ。その時
「何をしてるのかねハボック少尉。」
写真の人の声が聞こえた。
「た、たたたいさ?」
突然後ろから降ってきた声に(後方確認はしてなかった)驚きのあまり手にした本を放り投げてハボックが振り向くとそこには写真と違ってとても不機嫌な顔したロイ・マスタング大佐(現在29歳)が立っていた。

「まったく何をしてるのかね、少尉。追加の資料を頼もうとわざわざ書庫にくればこんなに散らかして・・」
「すいません!サ−。えーっとこちらが御希望の資料です。あ、これが追加分ですね。すぐに捜してお持ちしますのでどうぞ執務室にお戻り下さい!」
頼むから早くここから立ち去ってくれ。
別に写真を隠匿したのを見られたわけじゃないが、何せ相手が相手だ。秘かに惚れたという弱味もあっていつもは茫洋とした男もこの時ばかりは小心者に成り下がる。集めた資料を押し付けて背中を押さんばかりにこの場から退かそうとしたのだが。
「ちょっと待ち給え、ハボック。これは何だ」
眉間に皺を寄せた上司が手にしたのは件の本だった

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