やばいやっぱり見られてたか?ああせっかくのお宝写真なのに・・
「これは個人の寄贈本だろう?こういうのは第三書庫にあるはず・・あ?」
ぱらぱらとページをめくる手が急に止まり、その目は裏表紙に書かれた流麗なサインに釘付けとなった。
「フレデリック・バウナー・・バウナー教授の蔵書かこれは!ハボックこれはどこにあった?」
「どこってこの書架の一番上に突っ込んでありました。他の本と一緒に雪崩落ちてきたんスけど、そのお知り合いの方ですかバウナー教授って。」
「そうか。寄贈された時過ってこっちに置かれてしまったんだな。バウナー教授はなハボック、仕官学校時代の恩師だ。歴史、戦史の専門でとても博学な方だった。」
そう言って懐かしそうに微笑む顔にはさっきまでの不機嫌さはまるでない。遠い昔に思いを馳せる様に本を見つめる人は淡い微笑みを浮かべ、傍らのハボックの胸は何故かちくりと痛んだ。
「歴史って教養科目にあったやつですね。正直俺は全くダメでした。年号覚えるだけで精一杯でしたよ。」
「暗記?それでは歴史は学べないと教授は仰ってたな。そうだ、ハボック戦闘で勝つために最も有効な手段はなにかね。」
「は?えーっと先手を取る事スッか?」
「30点だ。答えは敵の主戦力の非戦力化だ。例えば敵の主戦力が騎馬兵の場合、それが有効に活躍するための条件ーある程度の空間を相手に与えなければ、いくら優秀な騎兵でもその機動力は発揮できない。これは何千年も前の戦闘で証明されていた事だ。歴史を学ぶ事は未来の糧になる事だと口癖の様に仰って、試験は論文形式ばかりだった。」
「論文!それじゃ俺は間違い無く落第っスね。・・・大佐はその方と親しかったんですか?」
「・・・そうだな質問しにいけば、丁寧に教えてくれたし、なにより博識で好奇心旺盛だった。そうそうお茶の時間であれば美味しい紅茶を御馳走してくれたな。1杯のお茶は時に幾多の資料より研究の助けになると言って、どんなに忙しい時でもお茶の時間は欠かさなかった程の紅茶好きな方だった。」
そう語るロイの脳裏には在りし日の午後の穏やかな時間が蘇えったのか黒い瞳にハボックが今まで見た事が無い優しい光が宿る。
刹那ハボックは目の前にセピアに霞んだ光景が見えたような気がした。
乱雑に本が並んだ狭い書斎にベルガモットの爽やかな香気が漂い、銀髪に銀縁眼鏡の紳士は優雅な手付きでカップに褐色の液体を注ぐ。少年らしさが僅かに残る黒髪の青年は頬を紅潮させながら自らの理想を語り、それを相手は秘かな愛情が籠った眼差しで愛おしげに見詰めている。
「・・・その人退官後どうしたんスか?何で蔵書がここにあるんです。仕官学校の教授ならセントラルにお住まいでしょ?」
「私が卒業すると同時に教授の職を辞して、故郷であるイーストシティに戻られた。これからは研究に専念するといってね。だが暫くして風邪をこじらせて亡くなったと知らせが来たんだが、その時既に私は出征していて葬儀にも行けなかった。教授は家族も居なかったから親族が蔵書をこちらに寄贈したんだろう。さ思い出話は終わりだ。これは第三書庫の棚に戻しておいてくれ。それから追加の資料を早めに頼むぞ、ハボック。」
「アイ・サー。あ、ちょっと待って下さい。大佐!」
回想をお終いにして仕事に戻ろうと踵を返す上司をハボックは思わず呼び止めた。
「差し出がましいとは思いますが、この本、大佐がお持ちになってはいかがでしょうか!その、大切な恩師の本なら大佐が形見として持ってた方が良いと思います。その方が書庫の片隅で埃被っているより有益だし、何より教授も喜ぶんじゃないですか。」
きっとそうだ。もしかしたら教授は遺言で蔵書を軍に寄贈したのかもしれない。いつかこの本が大佐の手に渡る事を夢見て。それが教え子への感傷かそれ以上かは解らないがともかく思いが籠った物には違い無い。だったらこれはー
何時に無く真面目な顔をした部下が差し出した本をロイは暫し見詰め、それからそっとそれを押し戻した。
「気持ちは嬉しいが、ハボック私にはその資格はない。」
「大佐?」
「教授は言っておられた。過去から学んだ事を未来に生かせさないのは愚かな事だと。だがどうだ。内乱で我々がした事は過去に何度も繰り替えされてきたと同じ愚行だ。その先兵となった私に教授の形見を持つ資格は無い。」

「内乱ではいかにしてそれを短期で終わらせるか、また終わった後の社会に感情的禍根を残さない様にするかが重要な課題になる。今のアメストリスの状況は決して良い方向に向かっている様には思えないが、それでも君達若者にはこの難局に打ち勝って欲しいと心から願うよ、マスタング君。」
最後のお茶会は卒業間際の慌ただしい時だった。卒業後に国家錬金術師の試験を受ける予定のロイはその時既に学校を出て後は式に出席するだけになっていて、学校に来るのもこれが最後という日のよく晴れた午後。
「錬金術師の試験に受かったらすぐに出征するのかね?」
「結果によりますが、どちらにしてもいずれは戦場に行くでしょう。教授の仰るとおり状況は芳しくありません。」
「そうか・・君ならきっと試験に受かるだろう。私は錬金術のことは解らないがあれがとても大きな力であることは解るつもりだ。だから人の身に余る力を持つ者はそれに見合う責任と義務を負う事になり、時にそれに押しつぶされる事もある。年寄りの繰り言だがロイ君、私はそれが心配だ。」
「ありがとうございます、教授。でも錬金術は人のための力です。学んだ事で何かできるのならそれを生かし,誰かを守るためにその力を使いたい。だからそのために負う責務にも負けはしません。」

それが何も知らない子供の戯言だと思い知るのは数年後。イシュヴァールの悪魔と呼ばれる男は戦場では決して紅茶を飲まなかった。

「結論だすには早すぎると思いますがね、大佐。」
再び回想の海に捕われかけたロイは部下の声に伏せていた黒い瞳を上げる。
「だってまだ何もかも途中じゃないですか。大佐だってまだ何も成し遂げて無い。でもあの内乱で大佐はやるべき事を見い出したわけでしょう?だったらそれが過去から学んだって事じゃないスか、上の連中はさっさと臭いモノにはフタって方針でいってるのに。大事なのはこれから何をするかだってきっとその人も言いますよ。」
「それじゃ私が死ぬまで結論はでないと言う事か?随分気の長い話だ。」
「そりゃ歴史の先生相手ですからねぇ。じゃあ大佐こういうのどうです。この本は俺が第三書庫に隠します。うっかり誰かに持ってかれたり、捨てられたりしない様に。そんであんたが大総統になったて、やるべき事を成し遂げたと思った時俺はこれをあんたに渡します。受け取るかどうかはその時判断したらどうッスか?」
あ・でも俺が忘れちゃ意味ないですね。うわぁ責任重大だ。
まるでその日がすぐに来るみたいに簡単に約束する男の目にはふざけた様子はまるで無い。その日は必ず来ると空の蒼さを写す瞳は語っていた。真直ぐなその眼差しが眩しいのかロイはそっと目を逸らす。
「それならお前はずっと私について来なくちゃいけないな。そしていつも一緒にいて私のする事を見て、聞いて最後にお前が判断しろ。私が教授の言葉に足る人間かどうか。できるかジャン・ハボック少尉?」
「YES.SIR!最後までついていきます。どんな事があっても。」
埃だらけの書庫で、古ぼけた本片手に生涯の忠誠を誓った男の笑顔は何処までも明るかった。

「もう暫くここで待ってて下さいよ、バウナー教授。いつか必ずマスタング大佐にこの本は渡しますから。」
何故か少し頬を赤らめながらロイが書庫を去った後、ハボックは胸ポケットの激レア写真を本に戻しながら今はいない人に語りかける。
これは俺が持ってていいもンじゃ無いだろう。この本は多分恋文なのだ、生涯その思いをあかすことはしないと決めた人が最後に出した。同じ思いを持ったハボックだからこそそれはよく判る。
「まぁ俺は最後まで黙っていられる程根性あるかわかンないけど。だってほら若いし。」
そう言い訳しながらパラパラとページをめくった時だった。何故か古ぼけたページの間から微かなベルガモットの香りが辺りに漂い、ハボックの敏感な嗅覚を刺激した。
『おいしい紅茶を煎れるコツは幾つかある。汲みたての水を使うとか沸騰直前のお湯でいれるとか。』
穏やかな声にセピア色の空気。振り向いたハボックの目にどんな魔法が働いたのかそこには古い書斎の光景が広がって−
『だが本当に大事なのは愛情だよ。おいしい紅茶を飲んで欲しい、そして少しでも安らいで欲しいという思いが大切なのだ。わかるかね青年よ。』
銀髪に銀縁眼鏡の紳士はポットを持った手を軽く上げて悪戯っぽくウィンクを恋敵に寄越した。まるでエールを送るように。
それに応えて金髪の部下は鮮やかな敬礼を返しながら陽炎の様に消えゆく人に宣言する。
「ありがとうございます、教授。でも愛情じゃ俺、負けませんから。」


仕官学校といえばヒュロイが定番ですが、こういう先生×ロイとかもありかと最近のガン○ン読んで思いました
だって若ロイがやたら真面目で純真。自分が認めた人にはすごい懐くというか。(リザパパとか)あんなひたむきな眼で見られたらお固い先生も一発かと。きっと無自覚に罪作りな事してたに違い無い。
参考文献は『ローマ人の物語』塩野七生著 歴史好きにはたまらんシリーズです。

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