「お引止めして申し訳ありません大佐殿、しかし本当に配達しなくてよろしいのですか?」
ようやくその店のドアが開いた時ハボックはもうちょっとで新しい煙草の封を切ろうとしてた所だった。向いの店の前にいた茶色犬はとっくに御主人と連れ立って何処か行ってしまい人型の犬はまた孤独な身の上になっていてもうとおに忍耐も我慢も通り越して待ちくたびれた男のやさぐれた姿に恋人は心を痛めるかと思えば
「いいえ、幸い荷物持ちはおりますから大丈夫ですよ」
にこやかに微笑んで手にしたずしりと重たい紙袋をハボックに渡してしまう。
「ちょ、大佐・・」
「おおこれは、部下の方がいらしたのですな。お役目御苦労様です。言って下されば店内でお待ち頂けたのに」
「いいえ、これはヘビースモーカーですから、大事な本に匂いを付ける訳にはいきません」
抗議の声を目線で制しロイが有能な軍人の顔をすればハボックもそれに従うしかない。無言で渡された紙袋を受け取りロイの背後に大人しく控える。非番の日まで上官の私用に付き合う忠実な部下の顔をして。
「お買い上げありがとうございます、マスタング大佐。お捜しの例の本もしかしたら手掛かりが掴めるかもしれません」
「・・そうか、それは楽しみにしているよ」
吉報をお待ち下さいと送りだされたロイの微かに歪んだ瞳を背後のハボックは知る由もない。そのまま歩き出した御主人の後を重い本を抱えた男は無言で従ったが
「ところで大佐今何時だと思ってます?」
角を曲がったところでようやく口を開く。そのふて腐れた声に何だと銀時計を開いた男はやっと愛犬の不機嫌の理由に気がついて視線を下に落とした。
「えーっとその5時過ぎてるなハボック」
「あっそう。じゃあ俺と大佐が別れたのって何時でしたっけ」
「正確には憶えていないが・・・2時ぐらいだったと思う」
投げやりな言い方にいくら我が儘な男でもさすがにこれはまずいと気付いて
「・・・すまない。その本に夢中になっていて」
恐る恐る見上げれば目に入るのは硬質な横顔だ。シャープな顎のラインは表情を消すとやけに近寄り難いようにロイには見えて何ふくれているんだ、この駄犬といつものように笑い飛ばすつもりが
「あーその、怒っているのか、ハボ・・」
出たのはそんな気弱な声だ。そのまま戸惑うロイが言葉を無くしたように男の横顔を見つめたところで
「まっ、まぁ仕方ないっスね」
急に足を止めたハボックは慌ててそう言った。その垂れた青い瞳にはもう何処にも不機嫌の色は無い。
「あんたが本屋に行けば1時間で済む訳ないんだから。ホント本の虫って言葉は大佐のためにあるもんだって思いますよ。これからは最低2時間は取っときましょう。でもねこれだけは聞いて下さい」
真摯な瞳にひたと見つめられてロイは思わず身構える。
「食事の時はテーブルに本を置かない。それから俺がいなくてもきちんと御飯は食べる事。判りましたか」
お前は私の母親か。といつものロイなら言い返す所だが後ろめたい身としてはそんな気も起らなくて
「判ったよ、ハボ。それから待たせてしまってすまない」
素直に謝れば何故かハボックの頬が赤く染まった。

「この記号は?」「火だ。4大元素の一つでサラマンドラとも言う」「じゃあこれは?」「エアリアル─大気だ」
小さな指が指す先を誰かが答える。最初主は1人では私を読む事ができなかった。それもそうだろう私が背負った知識は随分高度なものでそれまでの持ち主は皆読む事を諦めた程なのだ。ところが主にとっては難解な記号も美しい絵と同じに見えたらしい。しばらくは意味も判らず記号に見入る日々が続いたがそれが何かの象徴と判ると彼は意味を知りたがって傍らにいた大人に聞くようになった。
「サラマンドラは大気との結合によりその姿を自在に変える・・けつごうってどういう意味?」
答えはない。主の相手をする人物は気紛れで一緒に過ごす時間は短い。何故なら彼もまた書物に溺れる日々を送っていて置き去りにされた主はそれを嘆くでもなく傍にあった辞典に手を伸ばしたものだった。

あれは反則だよなぁ
鍋を掻き回しながらハボックはさっきロイが見せた表情を思い出して呟く。スパイスの効いた香りがキッチンに漂いもうちょっとでディナーは完成だ。
てっきり何生意気な事言うんだ、駄犬って笑い飛ばされると思ったのに
見上げる瞳は叱られるのを待つ子供と同じ。日頃傍若無人で傲慢な男からは想像もつかないそれにハボックの怒りはきれいにどこかへ行ってしまった。
あーんな顔させるために傍にいるんじゃないものなぁ。俺に気ィ使わせてどうすんだよ。
これがもしセントラルの中佐なら
おう、思いきり待たせてもらったぜ、この礼は夕食のおごりで勘弁してやる。とか言って笑い飛ばすだろうに、俺ってば思いきり不機嫌な顔しちまって・・ってやばっつ!
1人反省会を脳内で繰り広げてた男はいささか香ばし過ぎる匂いに慌ててガスの栓をひねる。どうやらギリギリセーフのそれにほっと一息ついて男は戸棚から食器を出し始めた。
「大佐、たいさ、たーいさ」
文字どおり本に齧り付いたロイを引き離すのはハボックにとっても至難の技だ。がっちり掴んだ手は万力並みだし何より本人の意識が向こうに飛んでいて
「御飯スよー今夜はカレースープに羊のカツレツデザートは桃のシャーベットですよー」
メニューを並べ立てても反応はない。集中した意識は嗅覚すら遮断するのか好物の匂いにすら反応しなくて
「たーいさっつ、メシっつ!」
最終手段とばかりにハボックはロイの目を大きい手ですっぽりとおおう。視覚を遮られればいかなロイでも本を読む事はできない。さんざ苦労してハボックが辿り着いた最終兵器なのだが
「何をする、この駄犬!!」
もれなく拳骨が付いてくるのはどうしようもない。襲って来るそれをパシっと平手で受けとめ、もう片方の手で持っていた本を取りあげ
「さっき俺の言った事憶えてますよね?御飯です、大佐殿」
にっこり迫力の笑顔で言えば渋々ロイはソファから立ち上がった。

「でもどうしてわざわざ古本屋に行くんです?大佐なら新しい本幾らでも買えるっしょ?」
どうも居間に置いた読みかけの本が気になるらしく無意識に視線が後ろに向くロイの注意をこっちに戻したくてサラダを取り分けながらハボックは何気なく聞く。と
「分って無いなハボ、私が古書店に行くのは安い本を買うためじゃないよ」
何を今更という顔をしてロイは張り切って説明を始めた。

エドワードもそうですがロイだってきっとすごい集中力を読書には発揮すると思う。
忘れられたハボ哀れ(笑い)

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