「そもそもお前は錬金術を基礎も判っておらん。それなのにこんな異端の術者の本を読むのは無理だ」
ページが進むに連れて書かれている内容は幼い主の手に余るようになる。度重なる質問に呆れたのかある日男は主に別の本を数冊与えた。
「いいか何事も基礎が大切なんだ『全は一、一は全』この錬金術の真髄を理解しない内はどれだけ本を読んでも無駄だ」
残念ながら男の言葉は正しく自分の力不足を自覚した主は黙って頭を垂れるしかない。
「・・判りました、お父さん」
だけど彼は決して私を暗い書斎の本棚に戻す事はしなかった。意味が判らずとも日に何度もページを開いてそこに描かれていた紋様を手でなぞる。それは私にとって至福の時間だった。

「ああそりゃ西に借り出されてた連中だろう」
「西?西方司令部か?なんでまた」
微妙に気まずい雰囲気のおかげでハボックは中庭にいた連中の事をロイに聞きそびれてしまった。だがハボックの悪友であるファイマンス・ブレダは司令部内きっての情報通だ。人事の移動から仕官達の恋愛沙汰までどうしてという程詳しい。だから何気ないハボックの呟きにもすぐに答えは帰ってきた。
「ちょっと前から西のペンドルトンあたりで小競り合いが絶えないだろう?これで近い内に本格的な戦闘になる可能性が出て来たわけだが実戦馴れしたやつはこっちと北に集中している。んで馴れた連中がちょっと連中のケツを蹴り上げにいったのさ」
「実戦馴れした奴・・という事はイシュヴァール経験者か」
「おうさ。向こうにしてみりゃこれを機に一時的なものでなく完全に西の兵にしたかったんだろうが、そうは問屋が下ろさねぇ。大佐もグラマン中将を通して早く返せと強硬に抗議してたはずだ。ようやくそれが実ったんだろうさ」
苛酷な戦場を生き延びて来たイシュヴァール経験者は東方の重要な兵力だ。長期の本格的な戦闘がない西と南にしてみれば喉から手が出る程欲しい戦力なのだろう。ブレダの説明は確かだがハボックの頭にあったのはそんな事じゃない。
・・という事はあそこに居た連中は大佐とイシュヴァールで一緒だったんだろうか。話聞く限りじゃホークアイ中尉とヒューズ中佐の名前しか出て来ないけど仮にも国家錬金術師だし、少佐待遇で部下の1人も居なかった訳ないよなぁ。
だからどうしたと理性が突っ込みをいれる。ロイにしてみれば懐かしい部下達だから親しく話したっておかしくない。それをハボックに言う理由もないし必要があればきちんと紹介してくれるはずだ。
─お前はロイが笑いかけるのは自分1人だけと思っていたのか?
自分に向けて放った問いは鋭い棘となってハボックの胸に突き刺さった。

 そんな事があっても日々は勝手に過ぎて行く。まして多忙な東方司令部の軍人はそんな瑣末事にいつまでもこだわっていられない。そういう訳でロイが仕事し時に脱走しそれを訓練中のハボックが連れ戻しに行くといういつもの日々がそれから流れ
─数カ月後ハボックが本の事などきれいに忘れ去ったある日東方司令部に1人の訪問者が現れた。

「おい、ちょっとそこの君」
午後を大分過ぎた時間、ちょうどぽっかり穴が空いたように司令部の廊下には人気がなかった。だから余計その姿は随分遠くからハボックの目に止まってすぐに声を掛けたのだが。
声をかけられた人物は自分の事だとは思わなかったらしい。そのまま早足で奥へ向かう背中にハボックは小走りで近づいた。
「ちょっと君の事だよ、その赤いコートの」
はっきり言えばびくんと細い肩が動く。
「保護者に面会なら受付を通しなさい。ここは子供が勝手に入って良い場所じゃ・・」
そのままぴたりと止まった人物の肩をやんわり掴もうとした手は
「子供じゃねぇ!」
容赦ない声で払われる。振り返った少年の燃えるような金の瞳にハボックは一瞬言葉を失う。ずいとその鼻先に
突き付けられたのは銀の懐中時計。
「鋼の錬金術師エドワード・エルリックだよ。ロイ・マスタング大佐に面会に来た。もちろん大佐の許可もとってある」
表面に大総統の紋章を刻印された銀の懐中時計─それが国家錬金術師の証しである事はハボックも良く知っている。彼の上司がたまに取り出して使うのも見てるから見間違うはずはないのだが
ちょっと待てよ!この子どう見たって14、5才じゃないか!
顔だちも身体もどう見たって少年のものだ。金の髪に金の瞳とかなり目を引く容貌だが何よりハボックを見返す視線の強さは並ではない。それでも強ばった頬に年齢相応の強がりが垣間見える。しかし国家錬金術師といえばアメストリスでは最高の頭脳を意味するし軍では少佐待遇だ。14、5の子供が取れるはずはない。> 「いや、ちょっと待ってくれよ・・」
「いいのよ、ハボック少尉」
判断に戸惑うハボックの背中に響いたのは柔らかな声。
「お久しぶりね、エドワード・エルリック君。向こうで大佐がお待ちかねだからお行きなさい」
「・・ありがとうホークアイ中尉」
ふっと強ばった顔を緩めて少年は微かに笑った。そうしてペコリと頭を下げて足早にその場を去る。
「えっと、ホークアイ中尉は今の子供御存じなんですか?というかあいつあの銀時計持ってましたけど・・まさか本当に」
何が何だかまるで判ってないハボックにヘイゼルの瞳の中尉は苦笑して
「そういえば少尉は初対面だったわね、鋼の錬金術師と」
赤いコートの少年の正体を明かした。

「久しぶりだね、鋼の。元気そうで何より」
「相変わらず胡散臭い笑顔・・」
年齢の差も階級も無視して少年は後見人役の国軍大佐にそっぽを向く。だが
「君が東方司令部に寄ってくれるとは嬉しい。査定だけじゃなくもっと頻繁に顔を見せても良いんだよ、恐がらずに」
いつも狸や狐と笑顔で化かしあいをしてる大人には子供の反抗などものの数ではない。
「だぁれが、恐がってるって!!」
あっさりその手に乗った少年はすぐに自分の負けを悟って出した手を引っ込めた。そうして
「今日、俺がここに来たのは!あんたにちょっと見てもらいたいものがあるんだよ」
これ以上からかわれるのはご免だとさっとポケットから一枚のメモを差し出した。
「これある場所で見かけた。あんたの手袋の陣となんか関係あるんじゃない?」
ペンでなぐり書きしたように線は荒い。でもそこに書かれている紋様をロイが見間違うはずはない。
小さい頃から何回も指でなぞったそれはもう彼の魂に刻まれたと言って良い程で
「・・詳しく話したまえ、鋼の」
抑えた声にさっきまでの余裕はどこにもなかった。

メインシリーズに豆登場。ところでエルリック兄弟とマスタング組の人々は一体何時どうやって
お知り合いになったんでしょうね?大佐がわざわざ紹介するのも変だし何となく寄ってるうちに
仲良くなった?

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