「兄さんあの落書きなんかおかしくない?」
ホテルに向かう道すがら鎧の指が示した先は煉瓦の壁。
そこには赤いペンキで乱暴に書きなぐられた何かの記号と文字の羅列。普通の人が見れば一見デタラメのようなそれも錬金術師にとっては違う。
「まるで錬成陣みたいだ、マスタング大佐の」
「ああ?まさかこんなところに」
旧知のしかしあまり思い出したくない人物の名を上げられて興味のなかった兄もようやくその指差す先をじっくりと見つめ─そうして
「・・何だってこんなところにあの野郎の火蜥蜴がいる?」
弟の言葉に渋々同意した。これはどうもろくな事になりそうもないと第六感が激しく警告してたけど。

「それがこの錬成陣か。場所はどこかね」
聞きながらしかしロイの脳裏には既に答えはあった。できれば間違って欲しいという願いを
「ニューオプティンのストリッド街の奥さ。軍のホテルがそっちにあるんで」
あっさり金目の子供は覆す。
「んで気になったから注意してあちこち見て歩いたんだ。したら同じ落書きが三ケ所にあった。どこも割と目立つ通りだけど大きさは30cmぐらいだから俺達以外気付いた奴がいたかは判らない」
「錬金術師なら別だろう?」
「そうだけどそれ一見デタラメに見えるじゃん。素人があんたの手袋にある奴真似して描いたみたいな。そーいう奴なら他でも見た事ある。でもそいつは違う」
イシュヴァールの英雄ロイ・マスタングの武器が錬成陣付きの白手袋である事は秘密でも何でもない。写真付きで新聞や雑誌の表紙を飾った事があるし、そういう時は大抵カメラマンは手袋をかざしたロイの姿を撮りたがった。
ロイの方ももあえて秘密にしようとは思っていない。手袋に描かれた火蜥蜴の紋章を他人が、例え錬金術師が描いたって焔の錬成が出来ない事を誰より知ってるし手袋無しの彼は無力だとテロリスト達が思い込んでくれた方が何かと便利だった。
だから赤い火蜥蜴と円のマークは焔の錬金術師の名と共に民衆の記憶に残ってるはずだ。テロリスト達はよくそれに赤い×印を付けて抗議の印とする。そういう類いの落書きならイーストシティのいたる所にあるが
「それは確かに錬成陣だよ。でもあんたのじゃない。よく似てるけど違うし第一それじゃちゃんとした錬成は無理だと思う。多分それは未完成のやつじゃないかな。誰が描いたのか判らないけどさ」
・・それを見ただけで判るのは君ぐらいだよ、鋼の。
何も知らない少年の指摘にロイは今更ながら思い知らされる。天才というのはこういう事を言うのだと。それでも顔色一つ変えずに彼はにこやかに笑って
「何処かの錬金術師が私に挑戦しようと描いたのかもしれんな。あるいはテロの予告かもしれん。事件になる前に良く知らせてくれたエドワード・エルリック」
会話を終わらせようとすれば少年は憂鬱そうに頭を振って言った。
「残念だけど予告じゃない。テロかどうかは判らないけど事件はもう起きちまったんだよ、大佐」

「んじゃ、そーゆー事で。俺はもうこの件とは無関係だから。後は大佐の管轄だろう?任せるよ」
長い話の後で少年は重い荷を降ろしたみたいにコキリと肩を鳴らして立ち上がろうとする。と目の前にすっと差し出されたのは一枚のメモ。
「わざわざ教えに来てくれて助かったよ鋼の。これはその等価だ」
等価交換は錬金術の原則だ。だけどこの程度の事にそれを持ち出すとは少年も思ってなかったらしい。
「クロスチャリング街322?なんだこれ?」
ソファーから立ち上がりかけたままの姿勢でメモをしげしげと見てると
「今説明するからゆっくりしたまえ、ああ、ホークアイ中尉、いいタイミングだ」
まるで聞こえてたようにノックの音と共にドアが開いて豊かな香りと共に金髪の副官が銀の盆にティーセットを乗せて入って来た。
「お話がお済みでしたら御休息を、大佐。エドワード君は紅茶でいい?」
「あ、いえ、ええと・・はい」
こういうもてなしに馴れてないのか少年は大人しく頷いてストンとまたソファーに腰を降ろしてしまう。
「中尉、ハボックの手が空いてるようなら車を用意させろ。20いや30分後ぐらいに使うと」
その前のテーブルに手早く2人分のお茶とクッキーをセットした彼女は上官の命令に美しい眉をちょっと上げたが
「判りました、大佐」
それ以上は何も言わず一礼すると執務室を出て行った。
「客用だから東方司令部名物のまずい茶より幾分はましだよ。砂糖は1個でいいかね」
「自分でやるから良いよ、それより俺のんびり茶なんか飲んでる暇ねぇんだけど」
いつの間にか自分の前のソファに移動してきたロイの手から砂糖壺を奪い取ると白い固まりを2個放りこみがちゃがちゃと乱暴にスプーンで掻き回す。まだ熱いそれをいきなり口に運んで舌打ちする様は馴れない猫が餌を貰うのと良く似ていてそっと判らないようにロイは微笑んだ。プライドの高くて意地っ張りな子供に見えないように。
「これは私が懇意にしている古書店の住所だよ。錬金術関連ではイーストシティで多分一番品揃えが良い」
「何だ、本屋か。残念でした。俺もうこの街の古書店は粗方回ったぜ。けど大した収穫はなかったぜ」
「当たり前だ。飛び込みの一見、しかも子供に秘蔵の在庫を見せる訳がないだろう。ああいう店で店内にあるのはカスばかりだよ鋼の」
例え性格が悪くても何考えてるか判らくても、こと錬金術に関して少年はこの国軍大佐を疑った事はない。それは初めて会った時のあの真摯な瞳を見てからずっとでだから投げやりだった声は真剣なものに変る。
「・・本当かよ、それ」
「年期が入った店は大体そうだ。彼等は付き合いの長い顧客を何より優先する。だから飛び込みの客用の品物はその売れ残りと言って良い。ここの店主は私と懇意だから私の名と銀時計を出せばすぐに奥へ通してくれるだろう。ついでに海千山千の古本屋達との駆け引きも学んでおくと良い。国家錬金術師と判れば大抵の店は倍の値段を言ってくるはずだ。君の事だ、今までも他所で正直に言い値で買っていたのだろう?」
「まぁ、大体は・・」
思い当たる節があるのだろう苦々しげな返事にロイは内心ため息を吐いた。例え頭脳は天才でもほんの数年前までは田舎で暮らしていた少年なのだ。せち辛い世間を要領良く渡っていく術など知るはずもない。だけど
「いくら資金があってもそんな事していたらあっという間に無くなるぞ。買う時はきちんと交渉し必要な知識を得たら本はまた売れば良い。同じ店でなく別の店に。もう少し強かになりたまえ」
この少年の選んだ道ではそれは許されないのだ。それが判っているからエドワードはただ頷く事しかできなかった。

ロイのあの手袋の紋章は世間に知られているんでしょうか?他の錬金術師が知ってもきっとあの技はできない設定なんだと思う。エド達は多分資格とってからまずはセントラルの研究所、各地の図書館と回っていたんじゃないかな。それに多分2年ぐらい費やしたとか。12歳で資格とって話の始まりの時は15歳。空白の3年はどうしていたんでしょうね。

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