「焔とは何か、それは単なる物理現象でなく全ての始まりでもある。焔を手に入れた時より人は地上の覇者となり営々と文明を築きあげてきたのだ。だからこそ焔の秘密を手にした者は真の力を得る事になる・・うーん、よく判らないけどつまりこの本は焔の錬金術って事になるのかな?」
問いかけても答えはない。再び私と向き合うだけの日々に戻ってしまった事を幼い主がどう思ったか正直私には判らない。だが時折ふっとページから視線が離れる時がある。その先にはいつも閉じられた重い木の扉があって。何に熱中しているのかあの男がそこから姿を現わす事は滅多になくなり主もそれから目を逸らすように私の解読に夢中になっていった。あれから長い時が過ぎ去ってしまった今私は思う。もし私が本当に伝説の焔の精霊サラマンダーであったらならと。
そうすれば「本を閉じてあの扉をノックしなさい」と主に言えたのに。

冬が近づけば夜の足どり早くなる。装備の点検や幾つかの雑用をこなしたハボックが帰りの予定を聞こうと執務室のドアをノックした時はもうすっかり辺りは闇に包まれていた。
「大佐ー仕事の調子はいかがっスか?今日は何時まで残業ーって・・アレ?」
いつもの癖でノックと同時に回したドアノブは動かず首をかしげた。と
「おーハボ大佐ならちょっと前に帰ったぞ」
背後から悪友が暢気に声を掛けた。
「へ?帰った?でも今日は定時に帰れる程余裕なかったし、俺なんにも聞いてないぜ」
送迎役を誰にも渡さない男は首を傾げる。たまに仕事が予定より早く終わっても普通は「帰るぞ、駄犬」と声をかけてくるものなのに。
「それがついうっかり忘れてたデートの約束があったんだってさ。でさっきまでエライ勢いで仕事してた。正直あの書類の山じゃ定時は無理だと俺も思ってたんだけどな。さすがは大佐だ。きっちり終わらせちまった」
みろよコレとブレダは手にした書類の束を振る。
「あの本気をいつでも出せればホークアイ中尉も安心なんだろうけどな」
「そういえばホークアイ中尉は?俺午後からは姿見てねぇ」
「中尉はテロ対策で憲兵隊に出向してそのまま直帰」
その言葉にぴりっとハボックの背筋に何かが走る。つまり今のロイの行動は鷹の目も知らない事なのだ。
「じゃ、じゃあ誰が大佐を送って行ったんだ?イェーガーか誰かか?」
「いんやデートの場所は司令部に近いから歩くって徒歩で帰っていったぜ」
「・・ブレダそれなんかおかしくないか?俺2時間ぐらい前に大佐にコーヒー差し入れた時あの人デートの事なんかまるで思い出しもしなかったけど。第一今まであのフェミニスト気取りが女の人との約束忘れる事なんかこれまであったか」
例え野郎との約束は忘れてもレディとの約束は忘れてはならない。東方一もてる男を自認する男は常々縁遠いと嘆く部下達にそう宣う。そうしてイベントが多いシーズンには1日に複数の相手とのデートをこなしたりするのだ。
そういう男が
「んなぎりぎりまでデートの約束忘れてるなんておかしいだろ?そうだお前は帰って行く大佐見たんだよな、どうだデートに行くように見えたか?」
おいおい、お前それ考え過ぎだろと突っ込もうとした男は相手の真面目な表情に口を閉じて最後に見た上司の姿を
思い浮かべ─そうして急に顔を引き締めた。
「そういや、そんな風には見えなかったな。なんか疲れてたみたいだしコートも普段使いの軍用着て髪もあんまりきっちりしていなかった・・」
例え徹夜明けでも女性と会うなら黒髪きっちりを整え意志の力で目元の隈を消し上等のデート用カシミヤのコートを纏う。そういう姿を何度も見てる部下達から見れば確かにそれは不可解な行動。
「じゃあ大佐は一体どこへ行っちまったんだ?単に1人で帰りたかっただけって事は」
「ないよな、なら下手な嘘吐く必要ねぇだろ」
無言で顔を見合わせた2人の間を沈黙が支配したのはほんの数分。先に動いたのは勘の良い忠犬の方だ。
「おい、ハボ何処へ行く!」
「俺の考え過ぎかもしんないが心当たりを当ってみる。ここはお前に任すわ!あと念のためイェーガーを大佐の自宅に回して帰ってるか確認とらせてくれ」
ハボックはそれだけ言うと廊下を駆け出す。その背に
「おう、フュリ−に通信係りさせるから密に連絡入れろよ。ひょっとしたら本当にデートかもしれないし」
と叫んだ男もじわじわと広がる不安を止められない。彼等の上司は確かにいい加減な所もあるが部下に徒に心配かけるような事はしない。まして嘘を吐いてまで行方をくらますなんて事は。

「悪いけどマスタング大佐はここに来てねぇよ」
突然押し掛けて来た金髪の軍人に少年は不機嫌を隠さずに答えた。
「ハボック少尉がここに送って来てくれてから俺ずっとホテルにいたけど誰も来てない」
「電話とか何かなかったか?頼むどんな些細な事でも良いから知ってたら教えてくれ」
ハボックの心当たりはこれしかない。もしかしてとエドワード・エルリっクが泊まってるホテルに行ってみたが残念ながらロイの姿はなかった。でも根拠はないがこの少年が来た時から何かが動き始めたような気がしてならないのだ。必死に頼み込む軍人に少年は仕方ないと肩を竦めて
「・・電話ならちょっと前に1回あった」
と答える。だけど本当かと意気込む男を
「けど、これは俺とマスタング大佐との話でハボック少尉には関係の無い事だ。何の理由も無しに他人に話す訳にはいかないよ。俺の信用に関わるだろう?」
正論で拒否する少年の瞳に怯えはない。大人それも正規の軍人相手に一歩も引かない態度にハボックはロイの言う事情とやらを思い出した。おそらくこの子供はハボックの想像もつかない体験をして今ここに居るに違いない。ならば
「急に押し掛けて事情も言えないのにこんな事を頼むのは確かに筋違いだ。けど頼むから教えて欲しい。これは決してマスタング大佐にとって不利になる事ではないと俺は君に約束する。信用できないかもしれないが─お願いだ。鋼の錬金術師エドワード・エルリック」
「ちょ、おい・・」
子供扱いは止めて真摯に頼むしかないとハボックは長身を折り曲げて金の頭を下げた。いきなり軍人に深々と頭を下げれて少年は困惑し天井を見上げる。その固まった空気を破ったのは幼い声。
「兄さん、いい加減しなよ。少尉さんも困ってるじゃないか」
「・・兄さん?」
声と同時に隣室への扉が静かに開く。そこから現れた人影にハボックは言葉を失った。
「おいアル、お前は引っ込んでろって言ったじゃないか!」
制する声を無視してその人物はハボックの前に立った。長身の男が声もなく見上げる先からまだ変声期前の澄んだ声が降ってくる。
「弟のアルフォンス・エルリックです。ハボック少尉。兄が失礼な態度をとってすいません」
ぺこりと頭を下げてもその頭はまだハボックの上にある。扉から現れたのは全身を鋼の鎧で包んだ大柄の男だ。天井に届かんばかりの長身に厳つい身体。だけどそこから出るのはまだ幼いと言っていい子供のような声。それが
「マスタング大佐は兄にニューオプティンでの事件の正確な場所を聞いてきたんです」
何より欲しい答えをハボックに告げた。

アル登場。鋼の世界ではあの姿は普通に受け入れられてますがやっぱ最初は驚くんじゃないかと。全身機械鎧なんてそういないだろうし。まぁハボはあんまり気にしなかったと思います。

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