「リンデン・・それはあの裁判の時に聞いた店の名だな。しかしハボックどうしてああ都合良くお前はあの家にやって来たんだ。大体何故私がニュ−オプティンにいる事を知った?」
聞き覚えのある名前にロイは顔を顰めそしてもっと大きな疑問に気が付いた。誰にも行き先を告げずニュープティンに向かったはずなのに何故ハボックがここにいるか─そこまで考えて黒い瞳が眇められる。
「・・・ヒューズか」
自分で答えを導きだした男にハボックは降参するように両手を上げた。
「アイ・サ−。俺等が大佐の行方を捜してる時にセントラルから大佐に電話があったんです。であんたが居ないっていったらあの家の住所を教えてくれまして・・」
事実を端折ってハボックは語る。実際はロイの行き先がニュ−オプティンである事をハボックはエルリック兄弟の話から知った。そうしてともかく後を追おうと駅に行き詳細をブレダに電話で伝えれば親友は珍しく焦ったように言ったのだ。
お前が出てってからヒューズ中佐から大佐に電話があった。大佐の不在とお前の話をしたらすぐに連絡を寄越せって。えらく焦ってたぜ、中佐は。
「ヒューズ中佐があの家の住所とハイドリッヒ・ランゲの名を教えてくれました。何かこっちのテロ組織と関わりのある人物だから用心しろと」

ロイが何をしようとしているか正直俺も良く判らん。どうやらあいつの捜している本─多分昔あいつが持っていた錬金術の本だ。そいつが関係してるらしいが情報が足りん。あいつ錬金術関係だといつも以上に口が重くなるんだ。
ヒューズの言葉に内心ハボックは驚いた。彼等2人の間には秘密や隠し事などないと思っていたから。
・・俺だってロイの事全部知ってる訳じゃねぇよ。
察しの良い男はハボックの沈黙に苦笑する。
だが何を考えてるかは想像つく。あいつはそれを自分1人で解決しようとしてるんだ。お前やホークアイ中尉の力も借りずに。
何でですか!俺等あの人の部下っスよ。
それなら後を追え。行き先の見当は付いている。だがニューオプティンはハクロの縄張りだ。万が一にも奴に気取られるんじゃねぇぞ。軍の施設は使えないと思え。足も拠点も自分で何とかしろ、いいな。
頼んだぞと素直じゃない電話の主は声に出しては言わなかった。でも僅かな沈黙が雄弁に気持ちを伝える。
それにアイ・サ−と応えてハボックはタイミング良く発車しかけた軍用貨物列車に飛び乗った。

「んであの家に行く前にエルザ、彼女はリンデンの女将さんです。に連絡取ったんです。俺を憶えているならそうしてもしできるならほんの少し協力して欲しいと」
ジャン・ハボックと名乗った声に少しの間返事はなかった。正直ハボックはこのまま電話は切られるとその時覚悟はしたのだ。仕官学校時代世話になった酒場の女主人だが彼女との間にはあの悲しい事件が今も横たわっている。顔も見たく無いと言って切られても不思議はない。だが
「・・久しぶりだね、ハボ坊」
ゆっくりと紡ぎ出された挨拶に怒りも嫌悪もなかった。
「いや、もう少尉さんだって?まったくあんたはイーストシティ勤務になったてのにこっちに挨拶も無しで薄情な子だよ。どうせ変な遠慮してたんだろうが。・・ああいいさ昔のよしみだ、協力してやるよ。裏庭の倉庫なら人目につかないから丁度良い。鍵は開けておくから好きに使いな。あたしは何も見ないし何も言わない。誰が聞いてもそう言うさ。他にいるもんがあったら用意しておく・・ふんそんなもんでいいのかい、判ったよ」
世慣れた女主人は何も聞かずただハボックの用件を聞くだけだ。東方司令部勤務の軍人が何故ここニューオプティンで協力を求めてきたのか理由も問わない。ただ何も言えないハボックが本当に協力感謝しますと最後に言った時
「ふん、あの坊主がいっぱしの軍人になったもんだ。礼なんざいいよ。だってあんたはあの事件の時最後まであの娘を庇ってくれたじゃないか─だから気にする事は何もないのさ」
そう男前に言い放つと電話はそこで切れてしまった。

「だから俺真直ぐここに来たんです。外はまだ憲兵が辺りをうろついているから危険ですが明け方までならここは安全です」
だから始発の列車でイーストシティに戻るべきだと暗にハボックは提案する。ロイはまだここに来た目的を説明しようとしないが今の状況で動くのはどう考えても不利だ。普通に考えるのなら一旦イーストシティに戻り体勢を整えるべきなのだろう─が
「悪いがハボック私はまだ戻るつもりはない」
黒い瞳に諦めの色は全くない。もっともロイがその程度で引くとハボックも思ってはいないので
「あんたならそう言うと思ってましたよ・・」
肩を竦めて白い煙をふっと吐き出しそして何を思ったか箱に腰掛けたロイの前に膝を着いた。まるで騎士か何かのように。
「ハボック?」
「だったら命令を。あんたの望みを言って下さい。理由なんか言わなくても良い。俺はあんたの望みを叶えたいだけだって言ったでしょう?」
見上げる眼差しに迷いはない。澄んだ空に似たそれに引き込まれるような気がしてロイは目線を逸らした。
「だから1人で行こうとしないで、俺を連れていって。俺はあんたの猟犬で獲物を追うのは俺の役目だ。今回の獲物はあんたが捜してた本なんでしょう?」
「・・そうだ」
真摯な訴えにロイはもう誤魔化す事はできずゆっくりと頷く。
「そいつをハイドリッヒ・ランゲが持っていた。であんたはそこに行った。でも本は手に入らずランゲが倒れていた。一体何があったんです?俺あの家の様子を伺っていた時憲兵の会話を盗み聞きしました。近所から何か争う音と銃声がしたと通報があったと」
「ハボック、おそらく本は誰かに奪われたんだ。私があの家に行った時もうランゲは倒れていて本はなかった。捜す時間はなかったが彼の手にあの本の切れ端が握られていたから犯人に持ち去られたと考えるのが妥当だろう」
「犯人の見当は?ついてるんでしょう?」
「多分ランゲが関わっていたテログループの連中だと思う。本をめぐって仲間割れか何か起きたんだろう」
「つまりテロリスト共にとってもその『本』は重要な物なんだ。じゃ取りかえしましょう」
一つ頷くとハボックは立ちあがってロイに脇においてあった紙袋を手渡した。何だと中を覗き込んだロイが見たのはシャツにズボンと服一式。
「軍服で動く訳にはいかないでしょう?女将さんに頼んで用意してもらったから、それに着替えて下さい。そしたらここを出ます」
「おいハボック・・」
すっかり猟犬モードになった男にロイは戸惑う。犯人が誰か何処へ行ったかの手掛かりすらないだろうと言いかけたロイはハボックの自信ありげな笑みに口を噤んだ。
「ヒューズ中佐がそのテログループの潜伏先を教えてくれました。女将さんだってその辺の情報は持っている。2つを合わせれば大分絞り込めるはずっスよ。俺ちょっと聞いてきますからあんたはそいつに着替えて下さいね」
「おい、ハボ!」
善は急げとばかりにハボックはロイをおいて倉庫から出て行ってしまう。ぽつんと残されたロイは小さくため息を吐いて
「折角褒めてやろうと思ったのに、馬鹿犬・・」
紙袋から白いシャツを取り出した。

後になってロイは思う。もしもこの時ハボックに全てを話していたらどうなっていただろうかと。あの本が何なのか何故捜していたかそういった事全てを語っていたら─この事件が2人の関係にあれ程影響する事はなかっただろうと。

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