「アルベトゥス・マグナスがその著作で言っているように球体に閉じ込められた月と太陽は・・」
「ロイ坊、食事の時は本をお離し。それだけはあたしは譲らないよ」
「・・判ったよ、マダム」
何があったのか、何時の間にか主を取り巻く環境は一変していた。それまでは殆ど女性の声を聞く事はなかったのに
「いいじゃない、マダム。勉強熱心で」
「ほーんとこんな小さいのにこんな難しい本読んでるなんてすごいわー」
周りを飛び交うのは華やかな嬌声だ。正直馴れない私は戸惑うばかりだったが
「ありがとう、でもマダムの言う事も正しいから」
主の方はこの変化に上手く馴染んでしまったらしい。最初は気後れしていたようだが今は声も態度も昔とはすっかり変ってあの無口な子供の影すら無い。なる程人間とは変化する生き物なのだと改めて私は感心した。

青白い目印が導いた先は老朽化した倉庫だった。正面の扉のシャッターには錆が浮き正直今も使われているようには見えない。だが側面の明り取りからは小さな光がぼんやりと見えていて中に人がいることを伺わせる。
「テロリストのアジトにはもってこいじゃないか。こんなの放置しておくなんてハクロ将軍もしょうがない」
日頃何かとイーストシティの警備に難癖つけるのにとロイは舌打ちして積まれた木箱の影に身を潜ませる。シャッターの前には浮浪者を装った見張りらしき男の影。ハボックがこの建物の中にいるのは確実だろうが
「いきなり突入するとあいつ怒るだろうな」
俺が隙をみて本を取りかえしてきますから、大佐は絶対来ちゃダメですよ。
無礼にも上官にそう言い放った垂れ目の部下の迫力ある笑顔をロイは思い出して肩を竦める。あの笑顔を無視すると多分待っているのは家事の放棄だ。つい先だっても現場でちょっとばかり(ロイ視点)無茶したらマメな大型犬は2週間ロイの家に寄り付かなった。おかげで食事は司令部の食堂か味気ないケータリングのみ。
「・・・仕方ない優秀な部下を信じてあと30分だけ待ってやろう。活躍の場を奪っても悪いからな」
銀時計をパチンと閉じるとロイは呟いて身体を闇に溶け込ませる。隣のブロックから大回りすれば気付かれずに裏口から侵入できるはず。これなら突入した事にならないだろうと自分に言い訳しながらロイは白い手袋をきゅっとしごいた。

「えーっとそれでその問題の煉瓦は何処にあるんだい?暗くて良く見えないんだけれど・・」
薄暗い倉庫に連れ込まれた錬金術師が何の疑いも無く若い男に聞けば
「悪いけどさっきの話は嘘なんだよ、錬金術師さん」
返答と一緒に突き付けられたのは黒い銃口。そうして強烈なスポットライトが幾つも2人を取り囲み眩しさに目を閉じた男がゆっくり目を開けると逆光で黒いシルエットになった人影が前を取り囲んでいるのに気付く。
「お・・おい、何の真似だよ、ディック。悪ふざけにしちゃタチが悪いし俺が金ないの知ってるだろう」
予想もしない事態に引きつった笑いを浮かべながら金髪の男は隣の若者に訴えるが相手は無言で銃口を向けるだけだ。その顔からは酒場で見せた無邪気な若者の雰囲気はきれいに消えてしまっている。
「悪ふざけでも強盗でもでもない。用があるから招待したのさ、錬金術師殿」
嘲りを含んだ野太い声が正面に立つ影から発せられた。声に見合った体格はごつく右側の肩が奇妙にやや盛り上がっていてまとわりつく剣呑な雰囲気は自分こそがリーダーだと主張していた。
「よ・・用って何ですか?俺はしがない錬金術師見習いで御覧の通り金も何も持ってませんけど」
震える膝を隠しもせず訴える男を無視してシルエットは命じた。
「まずその鞄の中の本をこっちに渡してもらおうか」
「本?どうして?あれはあんた達には関係のないもんだ!」
思ってみない要求に相手は守るようにぎゅっと鞄を抱え込んだ。だが儚い抵抗をこめかみに押し付けた銃口が奪う。
「出せよ、ジャック。俺等のボスは気が短い」
「ボスって、大体あんたら何者なんだよ」
「我々は『青の団』だ」
東部の人間なら知らぬ者のないテロリスト集団の名に真っ青になった男は諦めた様に鞄から革表紙の本を取り出すと震える手で前に差し出す。ひったくられるようにそれは相手の手に渡りちらりと中身を一瞥した男は苛立たしげに隣の男にそれを渡して
「なぁ錬金術師さんよ、正直我々にはこんな本読めないんだがな。あんたこれはこの本と同じモンじゃないのか」
代わりに別の本を金髪の男に手渡す。見た目はまるで同じ円に火蜥蜴をあしらった紋章が金箔で描かれたそれを受け取った男は表紙を見るなり鼻を鳴らして床に投げ捨てた。
「こんなのよくある贋作さ。見ろ蜥蜴の尻尾が下を向いてる。天を象徴する火蜥蜴の尾が地を指す訳はないんだ。・・なぁあんた達がどうしてこの本を欲しがるかなんて俺は聞かない。でも欲しい物は手に入れたんだろう?だったら俺を帰してくれないか。軍にも憲兵にも俺は絶対何も言わない。約束する、誓うよ・・」
「ダメだ」
必死の懇願を無情な一喝が遮る。
「ディックの話だとあんたはこれを実践できるそうじゃないか。その術を我々のために使って貰いたい。まずはここでちょっとやって見せてくれ」
嫌だと叫ぼうとして押し付けられた銃口の冷たさに男は黙った。銃を握ったまま相手はそれを見て笑いならがら
「言う事聞いた方がいいよ、ジャック。その偽物の持ち主だった男ね。俺の知り合いであんたと同じ錬金術師だったんだけどイエスって言わなかったから・・」
その先は言わずとも想像はついたのだろう。引きつった口はそれ以上何も言わず震える手が鞄を開けた。諦めて錬成陣を書く道具を取り出すつもり何だろうと銃を離した男は鞄から出た手に握られていた物に目を見張る。
丸い金属のボールに短い棒が付いたような物。棒の先端からはピンのような物が伸びていてそれはどう見ても錬金術の道具には見えない─むしろそれはテロリスト達が見慣れた代物。そうして俯いたまま男は馴れた様子でピンを口で引き抜いた。
「お前、それ閃光・・」
カランと床に放り投げられた瞬間目も眩む程の光と衝撃が襲ってくる一瞬前金髪の男が獣の顔で笑ったのをその場にいた全員が目撃した。

閃光弾を床に投げると同時にハボックは身を屈め床に投げ捨てられた本を拾い隣にいる男を殴り倒して銃を奪い取る。その間ほんの数秒。実戦馴れした彼には相手が音と光でマヒしてる間にそのまま逃げる自信はあった。相手が素人に毛が生えた程度の連中ならハボックの目算も外れはしなかったろう。

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