「うわ結構酷い事になってるなぁ」
煙は倉庫内に充満し視界も殆どきかない。一呼吸毎に咳き込みそうになるのを抑えてハボックはさっきまでいたあたりを伺う。どうやら最初の爆発の影響が少なかった連中は窓を壊して逃げたらしく床に倒れた数名の人影を除いてそこには動く者はない。その煤で汚れた体の横にハボックは目指す物を見つけた。
「あった!・・っておい」
喜んで手に取ればばさりと革の表紙がとれた。元々かなりあちこちほつれていた所に衝撃と焔の洗礼を受けてかなり脆くなっている。焦げたページに描かれた錬成陣はもう殆ど読めないほど。あわててそれを手でこすれば煤は更に広がって
「ど・・どうしよう大佐に怒られる」
主人の怒りの鉄拳を想像して焔の中なのにハボックの背に冷や汗が垂れるが今はそんな暇は無い。焔は着実に倉庫の中を侵食し充満した煙は肺を痛めつける。長居は無用とばかりに上着を脱いで本を包み倒れた男の首筋を探れば幸い脈はあって煤けた顔を良く見ればそれはディックと名乗ったあの男だ。
「見捨てていくのも後味悪いし尋問する必要もあるしな・・」
よっとばかりに鍛えた腕は軽々と男の体を肩に担ぎ上げた。今度こそ落とさぬようもう一方の手に本をしっかり抱え込んでさて逃げるかともと来た方を見た時ふいに背後に感じたのは人の気配。
「お手伝いしますよ、ハボック少尉」
咄嗟に構えた銃をハボックはすぐに降ろす。そこに居たのは以前中庭で見かけた男だった。労働者風を装っていても細い目の眼光の鋭さは隠せてはいない。
「あんたは・・」
「チャーリ−曹長と申します。ホークアイ中尉の御命令でマスタング大佐の警護に来ました。大佐の身柄は既に我々の仲間が安全な所に避難させてます」
「中尉が?でも中尉は出先から直帰してこの事知らないはず─」
そこまで言って頭に浮かんだのはスクェアグラスの男の笑み。あの男のロイに対する思いを何と言っていいか正直ハボックも良く判らないがともかく手を抜く事だけはする訳もない。おそらく自分で直に東部の兵を動かす訳にはいかないからホークアイ中尉を引っ張り出したのだろう。
「大佐は避難したか。そうか良かった。じゃあ曹長そっちに倒れてる奴頼む。それから・・」
そこまで言ってハボックは焔が既に退路を塞いでる事に気付く。熱と煙はどんどん酷くなってもはや肌を焦がす勢いだ。チャーリ−の顔にも心無しか焦りが見えたところでハボックは言った。
「曹長、取りあえず息を思いきり吸ってその箱の影に避難するんだ」

外から見れば焔は倉庫のあちこちから噴き出し窓ガラスの割れる音が何度も響く。強引に連れ出されたロイを待っていたのは数人の男達とトラック。全員労働者風の服装にトラックには肉屋のロゴが描かれ一見民間人風の男達はロイの姿を見るなり一斉に右手を上げた。
「ホークアイ中尉の御命令で大佐のお手伝いに参りました!」
予想外の援軍だったが黒い瞳がそちらを向いたのはほんの数秒。
「ハクロの兵がこちらに来る前に終わらせる。ファビオ、アルベルト君達は道路を見張り連中が来たら足を止めろ。残りは私について来い」
それだけ言うとロイは足早に歩き出し男達は無言でその後を追う。
倉庫の正面に出たロイは無言で白い手袋をはめた手をかざすと
「今から私が酸素を調整して火勢を弱める。合図をしたら君達は中に突入しハボック達を救出しろ。できれば他の連中もだ」
「イエッツ・サ−!」
ためらいのない返事にロイは頷くと手を前に向けた。いつもならここで火花を飛ばすところだが今はただ無言で焔に包まれた倉庫に焦点をあわせる。何が起きるか固唾を飲んで見守る男達の目に白い手袋から淡い光がぼうっとほとばしるのが見えて
「おい・・見ろよ、火が引っ込んでいく」
まるで逆さ回しの映画を見るように数分の後窓から噴き出していた紅いベールが徐々に引っ込んで行く。そこで
「中は低酸素状態だ!長引けば命にかかわる、迅速に行動しろ!」
ロイが叫んだ時、倉庫の扉が内側から何かに蹴られた様に2度3度と撓んだ。
「ハボック!」
4度目の衝撃で錆びた扉は見事に吹っ飛ぶ。そこから煙と共に飛び出して来たのは
「ハボック!」
「チャーリ−!」
煤で真っ黒になった2人の男だ。多少よろけてはいるが足どりはちゃんとしていて肩にはそれぞれ人を抱えている。
「中にあと2人居るから助けてやれ」
チャーリ−は駆け寄ってきた男達に冷静に命令し救助した男達を部下の手に渡した。
そうして自分は無言でロイに手を上げるとそのまま現場の指揮を取りはじめる。残った金髪の男は真直ぐロイの前に来ると右手を上げた。
「ハボック少尉戻りました。テロリストの大半は爆発時のどさくさに紛れて逃げちまいました。でもこれはちゃんと持って来ましたよ」
差し出したのは革表紙のあの本だった。あちこち焼け焦げてかなり傷みは激しいがそれでもちゃんと本としての形は留めている。それをはいと渡されてロイが無言で受け取るとばさりと表紙が取れて下に落ちた。
「すいません!爆発のショックで俺の手から飛ばされたらしくて・・その中身とかも結構煤で汚れてしまいました。ごめんなさい、もっと俺気を付けているべきでした・・」
無言のまま本を握りしめるロイにハボックは慌てて頭を下げた。あれ程捜していた本が焼け焦げだらけになれば確かにショックだろうとそっとその顔を見れば黒い瞳がきっとハボックを見上げ
「何、訳の判らない事謝ってるんだ、この駄犬!」
本気の一喝と共にハボックの頬に容赦ない平手打ちが炸裂する。思いも寄らない行動にハボックも咄嗟には何も言えずただ固まった。
「行くなと私はあの時言っただろうが!上官の命令を無視して勝手に火の中に飛び込んで行くなんてお前は一体何考えてる!」
怒りのせいか心無しか上気した頬は薄ら赤い。こんな身を震わせる程ロイが怒りを露にするのはハボックも多分今まで見た事がない。だけど何が彼をそこまで怒らせているのかハボックには判らなかった。あの時マヒしてた彼の耳にロイの制止は届かなかったし彼の経験からいえばそれ程無茶をしたとは思えない。現場ではそんなやり取りは珍しい事でもなかったのにロイがここまで怒りを表わす事はなかった、今までは。
何よりハボックが焔の中に戻ったのはロイの本のためだ。それを知ってるロイが判らないはずはないのに。だけど
「あの大佐、ですけど・・」
ともかく理由を聞こうとすれば白い手がそれを遮る。そして
「飼い主の言う事を聞かない犬なら傍にいる必要はない!」
ロイの叫びがハボックの動きを止めた。そのまま石像のようになったハボックの方をロイは一度も見ずにそのまま背を向ける。ひらりと舞ったコートの裾がナイフのように咄嗟に伸ばしたハボックの手を拒絶した。

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