M氏の遺言状

その封筒はある秋の日にロイに届けられた。上質な手漉きの封筒を真紅の蝋で封印したそれは送り主の地位と財力を見る人に無言で訴える。封印の上には装飾体のMの文字がくっきりと刻印され差出人の所には流れるように美しいスクリプト体で一つの名前が記されていた。
Dr.ヘリオット・マクガリティと。

「ホークアイ中尉、明日あたりから2、3日私の予定を空ける事は可能かね?」
金のペーパーナイフで無造作に封筒開封し中身を一瞥した黒髪の大佐は書類の整理をしていた副官におもむろに問う。
「そうですね、今日の進み具合にもよりますが明後日からなら何とか・・何か急用ですか?」
日頃何かにつけてサボりたがる男だが改まってこう言う時は真面目な話だと知っている彼女の答えは早い。ざっと頭の中にここ1ヶ月のスケジュールを浮かべながら彼女がそう問うと
「ああ国家錬金術師の義務さ・・死肉あさりだ」
あっさり返す上官の唇には苦い笑みが浮かんでいる。いささか投げやりなその言い種にロイがその任務を歓迎してないのは良く判ったが言葉の意味を知らない彼女はヘイゼルの瞳をじっと上官に向けた。付き合いの長い2人はそれで十分。
「ホークアイ中尉は知らなかったか。これは軍務に就く国家錬金術師しか出来ない仕事なんだ。手っ取り早く言えば死亡した仲間の家に行き御悔やみを言ってから故人の研究を全てかっ攫ってくる事。未完の研究から希少な文献までそれこそ根こそぎにね。だから禿鷹とか死肉あさりなんて隠語ができたのさ」
「しかし術師の研究はその個人のものでは?軍にそんな権利が・・」
「ある。軍の主張はこうだ。彼等の研究はひとえに莫大な資金があったからこその成果であり、それ故その所有権はアメストリス軍部に帰する。つまり生前の援助は融資で担保は研究成果と言う訳だ。だから術師の死はこうやってすぐに軍部に知らせる義務があるし、受けた方もすぐ軍属の錬金術師を派遣する。彼等の残した研究を正確に把握出来るのは同じ術師だけだろう?」
ヒラヒラと振られる白い封筒は錬金術師の死を知らせるものだったのだ。
「それは皆知っている事なのですか?」
「もちろんさ。皆、筆記試験通過後に知らされる。もっともそんな先の事真面目に考える人間もまれだし大抵は気にもしないさ。目の前の援助の前にはね。精々自分が年をとった時思い出すのが関の山だ」
「・・と言う事は大佐も同じ条件なんですね」
低く問う声はある懸念が混じっている。それにすぐ気が付いた男は安心させるように柔らかく微笑んだ。かつてまだずっと若い彼女に父親の墓前で見せたのと同じ笑みを。
「安心したまえ、リザ」
滅多に呼ばないファーストネーム。
「私が死んでも焔の術は軍に渡らない。それらは全て私の頭の中にのみ存在し決して他人には知られない。この手袋の錬成陣だって他人が描いても発動しないさ。これは師匠のオリジナルを見た人間でないと決して使えない・・あれと同じ書き方でないとダメなんだ、そう私が計算して造った錬成陣だ。だから君の懸念は当らない。
約束したろう?2度と焔の錬金術師は生み出さない」
あの荒野であの小さく焼け焦げた木の墓標の前で。
「私が死んでも何も残さないさ。全て焼き尽してしまうつもりだ」
それで貴男は良いのかとイシュヴァ−ルを体験した彼女は問えない。代わりに小さく頭を下げるともうこの話は終わったとばかりに話題を現実に戻した。
「判りました。では明日から出張という事でスケジュールを調整します。行き先はイーストシティ内ですか?」
すっかり元の調子に戻った副官にロイも簡潔に応える。
「いや、場所は随分辺鄙な所だ。東部のレンベック村と手紙には書いてある」
「それでは行くだけで1日がかりですね。出発を1日延ばせませんか?大佐」
「何故かね」
「ハボック少尉が昨日からセントラルに研修に行ったのお忘れですか?帰りは3日後の予定です」
ロイの護衛官を勤めるのはホークアイとハボックだけだ。だが実質東方を束ねるロイが不在の時その穴を埋められるのはヘイゼルの瞳の副官しかいない。1人で行かせる訳にはいかないと暗に訴えるが黒髪の上司は笑って拒否した。
「別に危険な地域に行く訳じゃないんだ、中尉。行く先は田舎でも相手は歴史ある家柄だし、幸いと言っては何だが身寄りも殆どいないらしい。丁寧に御悔やみを言って研究成果を引き取ればそれで済む話だ。ハボックを連れて行く程じゃないよ」
稀に遺族が納得せず抗議するケースもある。特に子供が同じ錬金術を学んでいた場合などは研究の価値を知ってるだけに素直に渡さない場合もあるのはロイも知っていた。尤も軍の権威に逆らえる者はいない。
「それにドクター・マクガリティには身寄りはいない。それは本人からも聞いた事があるしこの手紙にも書いてある。故人の遺志を尊重しマスタング大佐に全て任せたいと。そう遺言にあったらしい」
「御存じの方だったんですか」
故人と面識があったとは予想外だ。ではロイにとっては形式的な弔問という訳ではないらしい。そして答えはシンプルに一言。
「一緒だった。イシュヴァ−ルで」
その答えは想定内

遺言状とか館とかまた趣味丸出しの設定でシリアスです。でもかっこいいハボも目指してます。

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