─この悪夢を忘れる事はできない。
地の果てまで続くのは破壊された大地だけ。地面はあちこちえぐられてどこか他の惑星の様だ。確かにここは以前から砂漠だった、厳しい気候が支配する過酷な地。でも彼等が来るまでは、あの内乱が始まる前までは、ここに人々の笑顔が、生命の営みがあったのだ。小さいながらも集落がありオアシスには緑が溢れていた。
今はその痕跡すら根こそぎ失われた不毛の大地。
─この悪夢を忘れる事ができると思うかね?マスタング少佐。全て無かった事にして故郷の柔らかいベッドで眠れる事ができると思うかね。
立ちすくむ人の問いは風に流れる。その時何と答えたか傍らに居たロイは憶えていない。

「レンベックー、レンベックです。お降り方はお早めにどうぞー」
マイクを持った車掌ののんびりとした声に起こされたのは黒髪の軍人だ。手には小さなスーツケースを持ち目立つ青の色を黒のコートで隠しているから一見階級は判らないだろう。密かに本人が気にしている童顔もこういう場合良いカモフラージュになる。
うんと一つ伸びをしてその人物は汽車を降りた。
小さな木造の駅舎を出るとそこには長閑な田園風景が広がっている。収穫間近の麦畑は金色に輝き、沈む夕日は明日の晴天を予告するように真っ赤でそこはまるで童話の世界だった。
ただ一つ異質なものと言えば
「遠路はるばるお越し頂きありがとうございます。ロイ・マスタング大佐殿」
田舎には珍しい黒塗りの高級車と
「ドクターの遺言でお迎えに参りました。マクガリティ家の執事ノーマンと申します」
黒い燕尾服を着こなした絵に描いたような執事の姿だった。
「東方司令部所属ロイ・マスタングだ故人の意志により国家錬金術師の義務を果たしに来た」
「ドクターより承っております。どうぞこちらへ」
優雅に一礼した男はスーツケースに手を伸ばすがロイがそれを断るとそのまま車に向かい、後部座席のドアを開け乗客が乗り込むのを待つ。そして客が上質の革のシートにしっかり腰を掛けたのを確認するとおもむろにエンジンのキーを廻した。古い型だが手入れが良くされているのだろう。エンジンは咳き込む事なく始動し田舎の砂利道を車は滑るように走り出した。
「汽車の旅は快適でしたか?マスタング大佐」
自らハンドルを握る執事は珍しい。どうやらドクターの家には使用人が少ないらしいと思いながらロイは相手をそっと観察した。用心のためもあるが人物観察はロイの趣味でもある。
「快適だったが、時間が掛かり過ぎだ。朝一番の汽車に乗って到着がこの時間ではではな」
「それはお疲れになったでしょう。この辺りは山間部で線路が真直ぐひかれてないんです。レンベックの村に来る汽車はぐるっと山を迂回しなければならないのでよけい遠回りになってしまいます。真直ぐ大きなトンネルでも作れればもっと早く来られるのですが・・申し訳ありません」
自分のせいでそうなった訳でも無いのにうなだれる執事はまだ若い。精々30代中頃だろう。黒髪に近いダークブラウンの髪をきっちり撫で付け瞳も深いブラウンでそこそこ整った顔だちはちょっと気弱な印象を与える。
「君のせいじゃあるまい。ところで君はドクターに長く仕えていたのか?」
執事にしてはまだ若い。だが代々マクガリティに仕えているのなら不自然ではないな。
「はい。私の家は代々ドクターの家の執事を勤めております。マクガリティ家は古くはこの地方の領主でした。この辺り一体は全てその領地だったのですが」
語る声には先祖への誇りが感じられるがロイにとっては歴史の一部でしか無い。この国は中心から外へ領土を拡張しその過程で幾つもの地方領主を錬金術と武力で併合していった。この家の歴史もその一つなのだろう。
「代々の当主は自衛のため錬金術の研鑽に努めました。才の無いものは有力な術者を援助するなどして知識を絶やさぬ様努力してきたのです」
敵方の技術を素早く取り入れ自分の武器とする。そうしなければ一地方領主に生き残る術はなかったろう。
だがそうやって続いて来た名家にも
「確かドクターの御子息は・・・」
「はい、ジェイムズ様は18才の時お亡くなりになりました。・・旦那様の出征中に」
絶える時は必ず来る。ロイは戦場で見たドクターマクガリティの皺だらけの顔に浮かんだ自嘲気味の笑みを思い出した。
「私が国家錬金術師になったのは息子の病を治したかったからだ。そのためにはどんな非道な事もしてきたのに彼は逝った。これが等価と言うなら私のしてきた事は一体・・」
声のない号泣、涙の枯れた悲嘆。それすら過ぎ去った後の魂の抜けたような笑みは他人をかまう余裕の無かったロイすら手を差し伸べたくなる程だった。でももうどんな慰めも彼には届かなかった。
「旦那様は終戦後、殆ど外に出られる事も無かった。ニューオプティンにあった本宅と家財を処分し別荘として使っていたこちらの山荘に移ってからは毎日書斎に籠り誰とも口をきかず、来客も断った。それだけ嘆きは深かったのです」
沈痛な声はその嘆きの歳月を共に過ごした者だからこそだろう。でもロイは知っている。それが息子を失った父親の嘆きだけでは無い事を、この忠実な執事には想像もできない罪を彼の主人は戦場で侵した。沈黙はその罪悪感の為せる業だった。だがそれを彼に知らせる必要は無い。
「戦場ではドクターに助けられた者が沢山いた。彼の治療技術は奇蹟に近い。彼でなければ救えなかった命は数え切れない程だった。誰もが彼に感謝していたよ」
「・・ありがとうございます。マスタング大佐」
軽く目頭を押さえて小さく礼を言った執事は気を取り直した様に会話を続ける。客を退屈さケないのも執事の役目と思ってるのだろう。
「よしない事を申しました。あと少しでアウルム荘に着きます。すぐにお茶の支度を致しますからまずは移動の疲れを癒していただきましょう」
車は何時の間にか山道に入っていた。黄昏の光もここまでは届かずもう闇が広がるそこはうっそうとした木々が囲む森の道だ。当然舗装などされておらず振動はさっきより酷くなったが、年代物のシートがそれを和らげている。
「心使いは感謝するが私は軍人だからこんな事なんでもない。それより私に届けられたあの手紙は君が書いたのか?」
「あれは旦那様が今際の際に死後投函致せよと命ぜられたものです。ただ文を書いたのは私です。病床の旦那様のお言葉をそのまま筆記したものをマスタング大佐に送りました」
「ドクターの死因はなんだった?急な病にでも罹ったのか」
「いえここ1年程は殆ど寝たきりでした。もうすっかりお体も心も弱ってしまわれて・・ほんの風邪をこじらさただけであっけなく。葬儀は村の教会で執り行い、遺体もそちらにあるマクガリティ家代々の霊廟に葬りました」
「そうか、ではそこには帰りにでも1度寄ろう。ところで手紙の内容を知っているなら話は早い。ドクターは私に個人的に頼みたい事があるから私に来て欲しいと書いてあった・・一体頼みとはなんだろう。君は知っているのかね?」
ロイは故人と親しかった訳ではない。面識はあったがそれはあの戦場で、お互い憶えていたくもないだろう。それなのに手紙にはどうしても頼みたい事があるからロイ・マスタング自身に御足労願いたいと書いてあった。そこに興味を持ったからロイは多忙な公務をやりくりしてここに来た。もしただの死亡通知が来ただけならセントラルに報告してそちらから誰か派遣してもらっていただろう。何年もの間音信不通だった錬金術師の今際の頼みとは一体なんなのか。
「はい、存じております。旦那様はマスタング大佐に遺言状公開の立ち会い人になって欲しいと仰ってました」
「・・は?」

遺言状とくれば後は館と執事が必須です。それもやはり山奥の一軒家。でも多分捏造イシュヴァ−ル話が絡んでくる予定。

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