「ホークアイか?私だ。明日帰る予定だったがどうも滞在が延びる事になりそうなんだ・・そう思ったより資料が多くてね。検分するのに最低2日は掛かりそうなんだ・・ああすまない。とても1日じゃ無理だ。何か問題になりそうな事はあるか?・・そうか何かあったらここに電話してくれ。・・うん君は優秀な副官だよ。本当に助かる。それじゃ後を頼むよ」
思ったより厳しい声じゃなかったなと安堵しつつロイは古風な型の受話器を置いた。リードを放した大型犬の様子もホントは聞きたかったがそこはぐっと我慢して
「さて、やるか」
心の中で腕まくりして立ち向かったのは書斎の本棚に詰め込まれた研究の文献だ。それは大きなオーク材の机にも幾つのもの山を作りその光景はどこか既視感をロイに抱かせる。
「ドクターの使っていた書斎です。マスタング大佐。研究の成果は全てここにございます。どうぞ存分に御覧下さい」
にっこり笑った執事の笑みはまるで邪気が無い・・ように見えた。

「ホークアイ中尉ですか?ハボックです。あの予定では今日終了の予定だった対テロリスト捜査の研修なんですけど1日延びてしまいそうなんです。・・はぁ。原因はえーと多分俺です。実地訓練で街に出た時本当に手配中のテロリスト見つけてしまいまして。その場で銃撃戦になって犯人を逮捕したんです、いや怪我なんかはしてません。ただそのおかげでカリキュラムは遅れるし、逮捕したテロリストの尋問もついでに実地でやってしまえって事になりました。・・ええ提案したのは軍法会議所の某中佐です。そう言う訳で帰るのは明日の夜になりそうなんですが、大丈夫でしょうか?そうスか。ええ隊はイェーガ−に任してありますので問題はないでしょう。・・でその大佐に繋いで頂けますか?一応自分で報告しないと機嫌悪くなりそうだから」
リードが離れたと言っても好き勝手するなよ。セントラルに行く時むっとした顔で飼い主がそう言ったのを思い出したのもあるけれど、もう何日もロイの声を聞いていない。それが結構堪えているからそう言ったのに。
「はいぃー?大佐も出張?でもあの護衛は誰が・・え?国家錬金術師の所へ弔問に行くだけだって断られた?でもそれってあのもしかして『禿鷹』って言われるやつッスか?」
どうしてその言葉を知ってるの?受話器の向こうの声は珍しく驚いている。
「偶然ですがヒューズ中佐に教えてもらったんです、でも大佐がわざわざ行く必要あったんですか?・・ああ御指名で、故人と知り合いだったんスか。そんならしょうがないっスね。相手は・・エリオット・マクガリティ?再命の錬金術師?はーなんか御大層な名前スね。それで行き先は・・レンベック?また辺鄙な所に。って言うかあそこは・・ええまぁそうなんスけど」
目当ての人物が不在なら仕方ない。ハボックは事の次第をロイに伝えて貰うようホークアイ中尉に頼んで電話を切ると指に挟んでいた煙草を銜え深く吸い込んだ。
「ちぇっ。やっと声が聞けると思ったのになぁ」
告白してから、いやそれ以前から目が耳がいつも彼の姿と声を追う。普段意識しないそれは彼から離れるとすぐにその欠乏を訴えてくるのだ。そうしてロイ・マスタングの不在はハボックにとって禁断症状に似た傷みをもたらす。何時の間にか─そうなっていたのだ。まるで麻薬。
「やーっかいな、相手に入れ込んじまったな、おい」
お前とどっちがやっかいだろうな。
指に挟んだ煙草に呼び掛けももちろん返事は返ってこなかった。

「肉体の持つ生命力の本質は何処にあるのか。健康な肉体から切り離された腕は数時間もしないうちにただの肉の固まりとなる。だがそれを構成する物質は生きた肉体と何ら変る事はないのだ。それなのに片方は生きもう片方は腐敗していく。それらを分ける生命とは何か─か。大体この辺はイシュヴァ−ル以前の物だな」
書棚のファイルを古い順から読み始めたロイは固まった首を動かしながら傍らのメモ帳にざっと内容を記していく。そこにはもう既に数十冊分の内容が書き込まれていた。
「査定のレポート読むより内容が高度なのは良いが、分野が狭いのは飽きる」
ロイとて医療系の知識が無い訳じゃ無い。基礎を学ぶ過程でそちらの原理も習ったからレポートの内容を理解するのは易いがそればかりが延々続くというのも
「いささか疲れる。それにこの辺りはすでに国に纏めて提出してるだろう」
今さら報告する必要も無いのではと本を閉じ、傍らに用意された昼食用のサンドイッチに手を伸ばせばすっかり乾いてパサついている。水気の失せたそれに閉口してカップに手を伸ばせばこちらも冷えて香りも飛んでいた。
「もう、夕方か・・」
朝から集中して資料を読み込んでいたのだ。時間の経過なぞ考えもしない。もともと錬金術に関しては脅威の集中力を誇るロイだ。あの執事が昼食を持って来た事すら殆ど眼中に無かったし、食べる事すら忘れていた。
『ホントにもー良くそれで生きて来れましたね、あんた。その内本に囲まれて衰弱死しますよ!』
非番の日本に埋もれて過ごしたロイを夕食を作りに来た金髪の部下は何処か哀れみの視線さえ漂わせてそう嘆いたものだ。
そうしてすぐに暖かいミルクティーをいれて空っぽになった胃を癒してくれた。でも今、金色の忠犬はここにいない。
「やっぱり連れて来るべきだったかな」
あいつならこの館の古く澱んだ空気も「うっわ、カビくせッ!」の一言で吹き飛ばすに違い無い。そうして豪華な家具に臆する事なくいつもの様に安煙草に火を着けて部屋にヤニの匂いを充満させるだろう。その時あの真面目で実直そうな執事はどんな顔をする?
不謹慎な想像に固く締まった頬が弛んだ時ノックの音がして
「お仕事中失礼致します、マスタング大佐。よろしければ御休息なさりませんか?遅くなりましたが午後のお茶をお持ちしました」
銀のトレイにティーセット一式を乗せた執事がにこやかに入って来た。そのまま返事も待たずに
「茶葉はセイロン産かシン産どちらにいたしますか?レモンとミルクのどちらをお入れしましょう?」
さっさと机を片付け手早く茶器を用意する相手にロイもただ頷く事しかできない。国軍大佐に有無を言わせないあたり大人しそうな顔をして結構若い執事はやり手なのだろう。
「濃く煎れたアールグレーにミルク多めを頼むよ」
「畏まりました」
微かな水音共に白磁のカップに赤褐色の液体が満たされて湯気と芳香がロイの鼻をくすぐる。
「旦那様もそうやって研究に夢中になるとお食事も忘れる方でした。何枚の錬成陣を書き連ねた紙をあちこちばらまいて・・マスタング大佐も同じですか?」
半分も手を付けられていない昼食の皿を片付けながら執事は在りし日の主人の姿を思い出しているのだろう。その姿はロイに『墓守り』を連想させる。まだ若いのに亡き主人の館を守って日々を過ごす執事。忠義と一言で片付けられないものがそこにあるような気がした。
「錬金術師は皆そうだ。研究に没頭すれば何もかも忘れる。私の部屋も足の踏み場も無い程散らかっているよ。ドクターが倒れられた後ここの資料を整理したのは君かね?」
「ええ。旦那様は研究中に意識を失い、その後は殆ど寝たきりでした。マヒが残って手も碌に動かせず・・。ですので残った資料は私が整理しておきました」
「つまり君は錬金術の心得があるんだ?」

話がまるで進んでません〜。今回ミステリ仕立てにしたいな、とか思ったのが間違いでした。あとイシュヴァ−ルの事とか詳しく書きたくて。したらハボ出る機会がない。もうちょっとしたらどとーの展開になるはず・・はず。

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