「おおこれは、マスタング大佐の所の・・良い所で会えた。ちょっと聞きたい事が」
カビ臭い書庫でガラガラと資料を乗せたカートを運んでいたハボックは角を曲がったところで青い壁に突き当った。何かと思えばそれは大柄な軍人の背中だ。振り向いた頭の天辺には一房の金髪がカールしてちょこんとのっている、豪腕の錬金術師。
失礼しましたとハボックが敬礼すれば狭い所を塞いでいたのは自分だと気さくに笑う少佐はやはり軍人にしては奇蹟的に人が良いらしく資料を元の書架に返すのを手伝ってくれた。軍用資料分類法など知る訳もないハボックにとっては願ってもない事で丁寧に礼を述べると気にするなと豪快に背中を叩かれて書棚に突っ込みそうになったのも御愛嬌だ。
「我輩、近日中にマスタング大佐を訪ねたいと思っておってな。なに急ぎの用ではないので大佐の御都合がよろしい時で良いのだが、今マスタング大佐は御多忙であろうか?」
丁寧な言葉使いはヒューズの言う通り育ちの良さを伺わせる。この姿からは想像し辛いが彼もいわゆる『お坊っちゃん』なのかなと思いながらハボックも精一杯丁寧に答えた。
「はい、多分大丈夫だと思います。演習や視察の予定は今の所ありませんし治安も安定しておりますから」
もっともあのサボリ魔が仕事を溜め込んでなければの話だけど・・あ
「すいません、そう言えば大佐は一昨日から出張でした!帰りの予定は聞いておりませんが知人の弔問らしいのでもう戻っていると思います。ホークアイ中尉に問い合わせてみましようか?」
「いや、それは我輩が自分でやるからいい。それにしても弔問とは何とした事、お身内に不幸があったのかね!」
うーん善い人なんだけど・・けどちょっと暑苦しいよ、このオッさん。
でかい図体で詰め寄って来る相手に思わず引き気味になったハボックは慌てて疑問を打ち消そうとする。この暑苦しさ加減では大佐に会った時何を言うか予測もつかない。
「いえ、その俺も詳しくは知らないんですが知人と言うのは国家錬金術師だそうで、多分その軍務の一環ではないかと」
その一言で温和な表情が急に引き締り、
「国家錬金術師?東部の?相手の名前は聞いておるかね?ハボック少尉」
そうすると体格に相応しい凄みが表れる男にハボックも思わず背筋が伸びる。
「アイ・サ−。名前は確かドクター・マクガリティ。再命の錬金術師と言われる人物です!」
「むう・・」
ハボックの答えに何を思ったのだろう。大柄な少佐は急に黙りこくってしまい居心地の悪い沈黙がそこに降りた。
相手のただならぬ様子はハボックにいやな予感を与える。問題になっている人物の所にハボックの大事な上司は居るはずなのだから。
「アームストロング少佐、そのドクターマクガリティと言う人物に何か問題でも?マスタング大佐がそこに居るはずなんですが、何かまずい事でもあるんですか?よければ話聞かせて下さいよ!」
熱心に問い詰めるハボックに今度はアームストロング少佐の方がおされそうだ。その勢いにそう言えばこの若者はマスタング大佐の腹心の部下だったなと思いながら彼は懐から一冊の本を取り出した。
「うむ。我輩もまだ完全に解読していないから良くは判らないのだが・・この日記にドクターマクガリティの名がでてきておるのだ。しかも頻繁に」
「は?」
大きな手で開かれたのは手ずれの激しい古ぼけた革表紙の本だ。表にはタイトルも何もなくただ円を基本とした紋様が1つ描かれただけのそっけないもの。
「これは先週亡くなった人物の遺品なのだ。今は廃止された第五研究所に勤務していた国家錬金術師で銘は『操魂の錬金術師』イシュヴァ−ルでドクターマクガリティと共同で研究をしていた」
イシュヴァ−ル─その名に金髪の男の眉がピクンと上がる。ハボックの知らないロイ・マスタングの罪が眠る土地。そして今も彼を捕らえて放さない悪夢の源。またこの名がロイに関わってくるのだろうか。
「この日記によると数カ月ぐらい前から頻繁にドクターから手紙が来てたらしい。内容は彼の研究についてでかなり突っ込んだ質問もあったようだ。詳しい事は話せぬが彼の研究とドクターの研究は重要国家機密だったのだ。当然おいそれと他人に話して良いものではない。それにドクターの分野と彼の分野は近いようでとても離れている。いささか変だと思わんかね?」
「うーん俺には錬金術はまるで判りませんから、何とも言えないッス。けど同じ錬金術師同士ならお互いの研究の事話すの普通じゃありませんか?」
ハボックにとっては未知の領域だ。何故アームストロング少佐がこの事を気に掛けているかも理解できない。
「うむ・・術師でないと判らぬ感覚かもしれんが、我々錬金術師にとって己の術は生命にも等しいのだ。滅多な事では他人に話したりはせん。それが暗黙のルールだ。だがドクターはそれを破り何度も操魂の錬金術師に問いただしていたらしい。どうも切羽詰まった理由があったらしいがそれもちゃんと説明せずにだ。そして最後の断わりの手紙を書いた直後この術師は死んだ」
「死因は?事件性はあるんですか」
「死因は心臓マヒ。医師の検屍も行われたが問題はなかった。・・だが当日来客があったと家政婦の証言がある。姿は見えなかったが口論する声は聞いたと」



「何なんだこの錬成陣は」
赤いラインが入ったファイルを広げてロイは呟く。そこにはそれまで研究されていた人体に関する錬金術とまるで異なった研究が記されている。
結局徹夜したロイに入って来た執事は何も言わず朝食を置いて出ていった。
「これはシンの錬丹術じゃないか。よく資料が手に入ったものだ」
幾つも書き連ねた紋様は明らかにロイが知ってる錬金術と別系統のものでドクターの研究はまずそれを読み解く所から初まり、ついで自分流にアレンジしようとしているらしい。だがロイも錬丹術はほんの基礎ぐらしか知らないから簡単に読めるものではない。
「えーっと確かこの記号が水銀でこれが・・」
そのまま辺りに大量の紙屑をまき散らし、ようやく故人が何を求めていたかをロイが掴むまでどのくらい時間が経ったろう。
静かな雨音が外に響き始めたのも知らずそれまでペンを動かしていた手がぴたりと止まった。
「ドクターの目指していたのはこれか・・?」
最後のページには古ぼけた軍用地図が挟まっていた。ロイも戦場で使っていたその上に円と幾つかの記号で構成された紋様が描かれていて、隅っこには小さくペンで走り書きがある。
”これが私の限界だ。後に続く者よ、我々の安寧のためにもこれを完成してくれ”
「完成してくれだと?確かにこの錬成陣がドクターの計算通りに発動すればイシュヴァ−ルは蘇る。土地だけじゃない、そこで血を流した者までも蘇らせるつもりだったんだ、ドクターは」
それはただ禁忌を破るだけじゃない、これまで誰も考えた事もなかった大規模な錬成術だ。荒れた土地の地力を極限まで活性化してそこを緑の沃野にし、その大地に染み込んだ血を魂の情報にしてそこで死んだ者を蘇らせる。荒唐無稽とどんな術師も一蹴しそうなそれをドクターマクガリティはたった1人でやり遂げようとしたのだ。
その執念に近い情熱にロイは圧倒されるしかない。
「ここまでしなければ貴方は許されないと思ったのですか、ドクター」
ロイの脳裏にあの荒野が蘇る。そこには呆然と立ちすくむ白衣の姿。もう二度と安らかな眠りは得られないと嘆く声は確かに正しかった。
ドクターマクガリティはその悪夢から逃れるために必死だったのだ。





やっと話が動きそーです。そろそろアクションも書きたいところなのでがんばろう・・。アームストロング少佐は結構ハボの事が気に入っていると思う。妹紹介するくらいなんだから。

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