くるくる。
まるで万華鏡のように幾つもの光景が重なりあって見える。まるでカーニバルのミラーハウスに迷い込んだようにロイはその砂と血と焔に彩られた世界に迷い込んで行く。行き着く先に何があるのか知らぬまま。
「・・イ」
どこからか呼ぶ声に意識が引かれる。だけど身体は鉛のように重く、泥に呑み込まれたように息苦しい。思考は不快な熱に侵され言葉を紡ぐ事さえ出来ない。
「だ・・れ」
乾き切った喉から出たのは擦れた雑音だけだったろう。それでもそれに気がついたのか額にヒンヤリとした固まりがそっと乗せられて
「大丈夫か。ロイ」
どこかで聞いた事のある声が囁いた。
「ひゅー・・ズ?」
ぼやけた視界の中には苦笑するスクェアグラスの友人。その背後に見えるモスグリーンのテント地にここが自分のテントである事に気がついて
「なんで」
と聞こうするが乾いた喉からはそれ以上の言葉はでない。でも勘の良い男にはそれで十分。
「お前さん、攻撃から雨の中ずぶ濡れで帰って来ただろう?それでろくに乾かさないまま寝たから熱がでたんだ。砂漠でも夜は冷えるってことその優秀なおつむは知らなかったのかよ。錬金術師殿?あ、ちょっと口開けて」
言われるままに薄く口を開けばひんやりとした小さな固まりが舌に乗せられる。熱で蒸れたような口腔の中それはみるみる解けて冷たい流れとなり喉の奥をうるおした。気持ちの良さにもっととねだるように口を開けば雛鳥に餌をあげるようにゆっくりと氷の固まり与えられる。
「気持ち良いだろう?見習い術師に頼んで水から錬成してもらったんだ。そうでもなきゃこんな砂漠で氷なんか手に入らないからな」
それだってタダではないだろう。代償に上等のウィスキーぐらい渡さねばいくら見習いでも術師が個人の頼みを聞く訳がない。
「すまない、マース」
滅多に呼ばないファーストネームに感謝の気持ちを込めれば目を細めて笑った男は、もう休めとばかりに冷えたタオルで視界を覆った。弱った目には眩しいランプの光がそれで遮られ熱に浮かされた意識は拡散を始めるがそこに不安はなかった。
スクェアグラスの男がずっと側にいる事をロイは知っていたから。

ああ、そうだ。戦場で私はずっとあいつに支えられてきた。国家錬金術師として辛い任務にあたっていたのは自分だから。人を焼く傷みも、唇にべた付く脂肪の感じもあいつには判らないと思い込んでその強さに寄り掛かっていたんだ。
─あの戦場であいつだけが無傷でいられるはずなかったのに。

「この戦争は終わらねぇ」
第18区の増援から帰った男は友人のテントに着くなり帽子を地面に叩きつけた。
「ヒューズ、どうした。一体何があった」
常ならぬ様子にロイの声も緊張する。
「キング・ブラッドレイがそう言ったんだ。殲滅は止まらないと。・・ロイ、俺はローグ・ロウを大総統の元に連れて行ったんだ。そうあのイシュワラ教の宗主でイシュヴァール人の精神的指導者だよ。彼が自分の命を代償に戦争の終結を願って投降して来たんだが・・」
内乱が続いた原因の1つにイシュヴァール人が国家という器を持っていない事がある。幾つかの部族単位で生活する彼等とではアメストリスは正式な交渉する手段を持たなかったからだ。だがその人物は唯一全イシュヴァール人を代表できる位置にいた。彼を捕らえれば内乱は終結できると現場の国家錬金術師さえ考え、無理を通したのに
「1人の命はその者1人分の価値しかない」
傲岸に言い放った隻眼の独裁者はその僅かな望みを打ち砕いたのだ。
「この戦争は終わらねぇ。俺達がイシュヴァール人を根絶やしにするまで」
「ヒューズ・・」
そのまま地面に座り込んだ男にロイも何も言えない。話の内容もそうだがこの男がそれだけ打ひしがれた姿を見せるのも多分始めてだったから。それをなんとかしたくて、いつも彼が自分を支えてくれたように何か言わなければと必死に考えて
「ならば一刻も早く終わらせるよ、ヒューズ。私が全てを焼き尽して」
ロイに言えたのは結局それだけだった。

あの頃の私達は背中合わせで立っているみたいだった。そうやってお互い支え合えなければとうてい正気を保てなかったろう。

「見してやるよ、ロイ。愛しのグレイシアの最新の写真だ」
花々に囲まれて微笑む女性のポートレート。ほんの少し前まではごく普通の日常だったのに、ロイにはもう他所の世界の出来事にしか思えない。
「結婚式には招待しろよ、ヒューズ。スピーチでお前の悪行洗いざらい暴露してやる」
「はん、そんな事しても俺達の愛は1ミリグラムも変化しないさ」
たわいのない会話のすぐ側にはでは敵の死体が放置されて朽ちるにまかせてある。

正直に言えば、私はヒューズがうらやましかった。待っている女のために生きて帰る。そんな単純明解な、文句の付けようがない理由であいつは戦う。迷いやためらいがあっても理由があるなら乗り越えるのも易い。だけど私にあったのは青臭い理想だけで守るべき大切な人も家族もない。理想はとうに砕け散り泥沼に足を取られたようにもがきながら何とか前に進むだけで夢の中誰の顔も浮かばなかった。・・ほんの2、3回開戦当初に出会った若い兵士の笑顔を眠りの中で見たような気がしたくらい。
でももう彼の名さえ思い出せない。だから
「私から離れるな、ヒューズ。多分きっとここが一番安全だ。焔の錬金術師の背後ならイシュヴァール人の弾も届かない。必ずお前をグレイシアの元に連れて帰る」
そう言ってみた。ヒューズを離したくなくて、自分にもたった1人守りたい人間がいると思いたくて。
「馬鹿、連れて帰るじゃねぇだろう?ロイ。俺達は一緒に帰るんだ。それから俺はお前の背後に隠れてるんじゃない。
お前の背中を守るんだ、そうだろう?錬金術師だって後ろに目は無いもんな」

そうして私達は背中合わせで立つ。─そのままでいるべきだった。決して向き合ってはいけなかったのに。

ヒュロイでイシュヴァールで暗いです。すいません。でも一度ここはきっちり書きたかったんです。今のロイの原点みたいなもので、でもこれだけ独立させて書くと際限なく暗くなりそうだからここに
組み込みました。多分あと少し続きます。

      

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