「東部ハイドォクの鉄橋で汽車の転覆事故が発生しました!」
午後も大分過ぎて穏やかな空気が漂う中に第一報は電信の紙を掴んだ眼鏡の曹長によって文字どおり飛び込んで来た。
「詳しい事は判りませんが何らかの原因で鉄橋が崩れ落ちたそうです。人的被害もまだどれ程かは・・」
「一番近い村の憲兵隊から直ちに現場に人をやって、被害状況の確認を。それからすぐに動ける基地は何処?」
東方司令部の実質的指揮官が不在の今、留守を守るのは鷹の目の副官だ。その名に相応しく先の先まで読んで的確な指示を出していた彼女の手が突然止まる。
「ホークアイ中尉?」
まるで凍り付いたように動きを止めた彼女にブレダは声をかけるが返事は無い。その代わりに
「フュリー曹長、転覆した汽車の正確な便名をもう一度言って」
どんな戦場でも取り乱す事のなかった声が震えながら訊ねる。
「はい、えーっとヨーマーク6時05発イーストシティ行き4660便です、が・・まさか中尉」
真っ青になった彼女の顔色に周囲の人間もようやく事態を悟った。彼等の黒髪の上司の帰還予定は今日の午後。
「大佐が乗ってる可能性があるんですか!・・じゃまさかあいつも」
大佐限定で心配性になる悪友がわざわざ迎えに行ったのを腐れ縁の悪友も知っていた。
「まだそうと決まった訳ではないわ、曹長。すぐマクガリティ邸に連絡をとって事実の確認を!」
「アイ・サー」
飛びつくように受話器を取ったフュリーは震える手でダイヤルを廻す。焦れったい程ゆっくり戻るダイヤルの回転に空気がよけい張り詰めて─そのまま一言も発しない姿に皆の視線が集中したが
「ダメです、中尉。何回ベルを鳴らしても誰も出ません」
まだ回線は繋げたまま眼鏡の曹長は首を振る。
「何度でも繋がるまで続けるのよ、曹長。他の人は情報収拾に務めて。それからブレダ少尉は小隊に出動の準備を。なるべく早く現場に着けるルートを見つけて、それから・・」
不安を気力でねじ伏せたホークアイが蒼い頬のまま次の指示を出そうとした時だ。
大部屋にあるもう1つの電話が勢い良くベルの音を響かせる。びくん。その場の空気が一気に張り詰めるが誰も受話器に手を伸ばそうとしない。このタイミングでかかって来た電話に誰もが最悪の結果を想像しまるで時限爆弾を見るような目で凍ったように動けないまま鳴り続ける電話を見詰めた。だけど
「はい、こちら東方司令部・・」
見えない糸を引きちぎる勢いで受話器を掴んだのはやはりヘイゼルの瞳の中尉だった。

戦況は悪化の一途をたどる。軍はもはや国家錬金術師に頼り切りとなりそれ以外の兵は半ば使い捨てと考えられるようになった。兵達もまた人間兵器の脅威の力を怖れ疎むようになる。それはそうだろう自分達が何日も攻撃しても落ちない陣地をたった一瞬で瓦礫の山にしてしまうのだから。
「この・・化け物!」
救援を求めていた部隊を助けてもだから浴びせられるのはそんな言葉だけだ。でもそんなのもう何と言う事はない。
「気にするな、ロイ」
そう言ってくれる男が傍らにいるならそれでいい。世界中が敵に回ってもたった1人味方がいるならそれで生きていける。あの頃の私はそんな風に思っていた。

「協力を頼むよ、マスタング少佐」
戦争はまた様々な禁忌の柵を壊す。医者と組んでどれだけの火傷に人間が耐えられるかなんて平時では考えられない人体実験もここではなんのためらいもなく行われる。戦時下という状況はそれだけ人から考える力を奪うのだ。
あの地下室で見た実験も今では自分がしてる事よりはましなような気がしていた。少なくともあそこには苦痛の声はなかったのだから。

「ロイ、ロイ大丈夫か?」
「お前はお前の仕事をやっただけだ、気にするなロイ」
与えられる慰めはどれだけ救いになった事か。すっかりそれに甘えてしまった私はヒューズの苦しみにはまるで気がつかなかった。私から離れない事で最前線に立った彼はその分析能力を認められ情報関係の任務に就く事が多くなった。それは捕虜の尋問、はっきり言えば拷問などが当たり前の世界でそれが汚れない花嫁を抱く男の手にどれだけの血の染みを付けたのだろう。
死の匂いしかない日常で正気を保つにはお互い縋り付くしかなくて、夜中に魘された相手を抱き締めるのも当たり前になって─いつしか私達はお互いの熱を交換しあうようなっていた。それは死(タナトス)に覆われた世界へのささやかな生(エロス)の反抗だったのかもしれない。

「うわっつ」
「ヒューズ?大丈夫か!」
切っ掛けは些細な事だったと思う。あの爆破事件で重傷を負ったヒューズは前線に復帰してからよく魘されるようになった。目の前で同僚が粉々になるのを見たのだ。心が無傷でいられる訳がない。あいつは隠そうとしたが士官待遇でも物がない前線で2人1つの天幕を使っていればすぐにばれる。
何でもないよ、起こして悪かったなと笑う頬は引きつっていて両腕は震えを抑えようと固く自分を抱き締めている。
こんな時どうしたら良いか私は知らない。だから震える身体を抱き締める事しかできなくて。
「ロイ・・」
そのままお互い縋り付くように抱き締めあった。水に溺れた人間2人が互いにしがみつきあい結局溺れてしまったように私達もその日から夜毎の快楽の深みに沈んでいく。
士官学校からの親友。多分初めてできた友達だったけど恋愛感情はなかったと思う。第一あの関係に恋という感情があったかと言えば正直判らない。もっとずっと切実な関係だったような気がする。

『たいさ』

狭い簡易ベッドの上、毛布で外の世界を締め出して互いの鼓動を聞いていた時だけ兵器ではなく人間でいられたような気がして私は息を潜めて寝た振りをする。そうすれば夜明けが、戦争に行く時間が遅くなるような気がして。

『大佐!』

砲弾の音も命令も悲鳴も聞きたくはない。こうやって抱き締めていればヒューズをセントラルの彼女に帰さなくても良いだろう?
私にはヒューズ以外いないのだから、私を呼ぶ者などこの世界にはいない。

『目を覚まして下さい!大佐』

うるさい、呼ぶな。どうせ私の焔が目当てなんだ。もう良いだろう?あれだけ沢山の人を焼き払ったんだ。もう嫌だ。

『ロイ!』

そんな声で呼ぶな。そんな風に名前を呼ぶのはヒューズだけだったはずだ。まるで恋人を呼ぶような思いのこもった声で私を呼ぶ人間なんかいるものか。

『俺の声が聞こえますか?お願いだから目を開けて、ロイ!』

ああ本当に主人を呼ぶ犬みたいだ。エネルギー全てを注ぎ込んだような声。・・そう言えば誰かがこんな声で私を呼んだ。イシュヴァールの荒野で、南部の密林で。金色の麦わらみたいな髪と空の蒼。あれは一体誰だったのか。
声に呼応するようにゆらりと意識が動く。毛布で閉ざされた世界の端に小さな裂け目ができて
「行くのか」
身じろぎした身体をナイフ胼胝のできた手が掴む。がっしりとした腕の力に抵抗する気力も失せそうだったが

『何度でも呼ぶから返事をして、目を開けて、還って来て下さい!』

声の力で亀裂が広がる。その先には光が待ってるような気がした。
呼び声の何かが私を突き動かす。忘れていた誰かの声にドクンと安息に絡められていた心が跳ねて
「誰かが呼んでいるんだ、ヒューズ。行かないと」
「俺がここにいるのに?外は戦場だし俺だってお前の名を呼ぶぜ、ロイ」
「・・嘘つけ。お前はあんな声で私の名を呼んだ事なんかなかったよ、マース」
スクェアグラスの奥の瞳が微かに歪んだ。そのまま雪が解けるようにヒューズの姿は闇に消えて
「ロイ!」
光の先にはぬけるような蒼い空があった。

や、やっとトンネルを抜けた・・。暗いし重いし中々進まないし、こんなにしんどかったのは初めて・・なんですが理想通りに書けてたかって言うとうーん技量不足はいかんともし難い。これのヒューズサイドバージョンも短編で考えているんですが書けるかなぁ。(吐息)頭の中にあるものを形にするのは本当に難しいですね。外伝「それもまた彼の戦場」を読むとグレイシアさんの存在故にヒューズも相当苦しかったんだと思えたところから2人の関係は捏造しました。
ともかくこれでやっとアクションに戻れるぞ!ちなみにこれ書いてる時の脳内BGMは○リカムの『何度でも』です。(ベタベタだよ・・)

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