重い瞼を開けるとそこにあったのは2つの青空。
「大佐!」
視界一杯にひろがるそれに心を奪われたロイの頬をそっと包む暖かい感触。
「俺の事判りますか?大佐・・ロイ・マスタング大佐、ジャン・ハボック少尉です」
反応を返さない相手に蒼い瞳が歪む。それが嫌なのか白い手がそこに延びて力なくパタリと崩れるのを黒い革手袋をした手が支えた。
嗅ぎ馴れた苦い煙草の香り。見下ろす男の麦わらのような金髪。垂れた蒼い目。常に傍らにあったそれにロイの意識は一気に覚醒した。
『ハボック!』
だけど術によって封じられた声は戻らない。それでもロイは聞かずにはいられない。覚醒した意識には今までの出来事が全て蘇ったから。自分の身体が器として利用されそうになった事。そのために自分が罠に落ちここで声も身体も封じられた事。そしてそれを行った人物は蛇のように狡猾でこの目の前にいる部下を事故で殺そうとした事を。
『どうしてお前がここにいる?!お前はイーストシティに帰ったはずじゃないのか?』
「もしかして大佐、声が出ないんですか?」
ヒューヒューと擦れた音しか出さない相手にハボックの顔がまた歪む。力なく頷く相手の手にぎゅっと力がこもるがそれ以上感情に流される事はなく
「イエスなら軽く頷くだけで良いです。ノーなら顔を横に向けるだけでいい・・できますか大佐」
意志の疎通ができるかを確認する顔はプロの男の表情。
「簡単に状況を説明します。今は午後5時46分。ここはマクガリティ邸の2階の一番奥の部屋です。俺は裏口の鍵を壊して侵入しざっと内を調べた限り今この屋敷に他の人間はいません。あの執事も姿はないし車庫に車はありませんでした。他に聞きたい事はありますか?」
頷く相手に掴んでた手をハボックは離すとロイの指を自分の掌に乗せた。ロイの様子から筆談は無理と思っての事だ。
『何故ここにいる?』
力ない指の動きがたどたどしく文字を綴る。だけど僅かな単語でも勘の良い男には十分だった。
「あの執事が嘘をついてたのはすぐに判りました。大佐が先に帰ったとあいつは言いましたが地面に車のタイヤの跡がなかったんです。夕べこの辺りは雨が降ったらしく俺が来た時地面はぬかるんでた・・ここから駅まで徒歩で行く距離じゃないし、車が通ったならはっきりタイヤの溝が出来てなければおかしい。そこでピンときましてね」
ちょっと得意げに説明する男にロイは褒めてと尻尾を振る大型犬を想像し微かに頬が弛む。それは多分ロイがここに来てから初めて浮かべる笑みだ。
「でもそれだけじゃ押し入る訳にも行かないでしょう?なんたって国家錬金術師の家だし。駅員にそれとなく聞いたけど近所の人とお喋りしてたとかではっきりした答えは聞けなかった。で一旦汽車に乗って3つ先の駅で降りてそこから山を越えて来たんスよ。」
あっさりそう言われてロイの額に皺が寄る。的確な判断だが咄嗟にそこまで思い付くだろうか。ハボックにこのあたりの土地勘がなければできない話だろう。だけど疑問符を浮かべたロイの表情を見てハボックはがっかりしたようにため息を吐くと
「その様子じゃまだ気が付いていませんね。山の向こうは俺の実家スよ」
意外な事実を告白した。

「つまりですね、イーストシティからこっちに来る路線は俺の実家の駅を越したあたりからぐるっと山を避けて右に迂回するんです。小さな山をゆっくり越えながら」
俺の身上書ぐらい見ただろうと嘆きながら太い指が空中に真直ぐなラインからぐるりと半円を書く。
「だから3つ先の駅で降りて真直ぐ山を越えればすぐここに来られる。俺の実家は駅から遠いけど山には近いんです。それで装備もなにもないから取りあえず憲兵の詰め所・・爺さんが1人いるだけですがね。に行って地図やら装備やら借りようとしてた時ハイドゥクの鉄橋が落ちたってニュースが飛び込んで来た。あの鉄橋は俺の家の駅から30分ぐらい走った先にあるんです。間一髪でしたが・・これは偶然なんかじゃないですよね?大佐」
こっくり頷く黒い瞳に男の表情が厳しさを取り戻し少し早口になった。
「すぐにホークアイ中尉と連絡をとってこれからマクガリティ邸に潜入すると報告しました。転覆した汽車に多分大佐は乗っていないと言ったら中尉の声擦れてましたよ」
じゃあ、大佐はその汽車に乗ってないのね!受話器からの声は冷静沈着とは言い難いけど何より人間らしい声だ。
「ブレダの隊が応援に来るはずですが時間がかかり過ぎる。中尉も俺の先行を認めてくれました」
情報が少な過ぎるけど時間が無いわ。大佐の救出を第一に行動して・・頼むわ、少尉。
イエス、マム。
託された言葉は何より重い。だけどそれに怯むつもりはなかった。
「確認しておきます。この件の首謀者はあの執事ですね、大佐」
黒い頭が頷いた。
「他に仲間は?」
視線は横を向く
「あいつは今、ここに居ない。でもいずれ戻って来る、多分それ程時間をかけずに」
厳しい顔つきのまま頷くロイにハボックはそうですかと相槌を打つと
「失礼しますよ、サー」
いきなり羽根布団をはぐと力のない身体を抱き上げた。何をするんだと目で抗議するロイを無視して一旦ベッドに腰掛けさせると医師みたいにあちこちを触って身体の状態を確かめる。
「脈は・・弱いけど乱れてない。熱は・・無いけど逆に低い。歩くのは・・どうみたって無理ッスね」
されるがままの身体は自力で支える事も無理そうで、いいようにされるロイの顔は悔しそうで
「何をされたか判りますか?すぐに医師の手当てが必要ですか?」
何らかの薬物の影響下にあると判断したハボックが聞くとむっとしたまま白い顔が横を向く。それにホッとしたハボックは今度はロイの両腕を掴むと背中を向けてひょいとその背に担ぎ上げた。
「無理かもしれませんができるだけ捕まって。一応ベルトで固定するけどかなり揺れます。大丈夫ですか、大佐」
敵はいつ帰ってくるか判らないのだ。一刻も早く脱出するのが先決だけどロイは殆ど動けない状態だ。となるとハボックに選択肢はない。このままロイを背負って山越えし安全な所まで逃げるのだ。残って戦うという手もあるが相手の武器も力もまるで判らないし何より黒い瞳が雄弁に語っている、逃げろと。
「ここから駅に向かうより山を越えて俺の村に行きます。車庫を見たけど他に車は無いしそれ程時間はかかりません。何よりあの執事が予想しませんよ山を越えて逃げようなんて。何しろあの執事はどう見たってアウトドア派じゃありませんからね」
緊張を和らげるように軽口を叩くと余計な事を言うなとばかりにぺしと金の頭が叩かれる。そこにいるのは泣きそうな顔で力なく横たわっていた男ではない。傲慢で我が儘で自信家の焔の錬金術師だ。
無駄口叩くな、行け駄犬。
声にしなくてもハボックにははっきりその命令が聞こえる。
「アイ・サー!」
力強い声と共にハボックは豪華だが澱んだ空気の部屋を飛び出した。





王子様(笑)やっと登場。よーやっとはった伏線が出せたぜ。ロイの名誉のために言うとはボの実家は丁度行政区分の境、つまり県境みたいな所にあります。のでロイは気が付かなかった・・そんなとこまで想像して楽しんでいます。

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