冬のお客様
「急な客が来る事になったんだ。悪いがジェイ、裏の林の方に隠れててくれないか」
電話をとった大佐がすまなそうに言う。もちろん俺は気にしないよ。
わん!りょーかいです。大佐。大人しくしてるからお仕事がんばって。
「ごめんな。厳しい人が来るんだ。お前の姿見たら何言われるか・・」
頭を撫でる大佐の顔はちょっと緊張してるみたいだ。どんなえらそうな親父が来てもいつもは平気な顔してるのに、珍しい。
わぅ?恐い人来るの?そいつ大佐を虐めるの?心配だなぁ
「いや何と言うか、真面目な人なんだ、でも悪い人じゃないから、安心おし」
大佐は俺の顔が不安げに見えたのかわしわしと頭を撫でる。・・判ってないなぁ、俺は大佐の事が心配なの。
「しばらくこの辺にいろよ、相棒。客が帰ったら呼びに来るからさ」
俺の毛布を裏の道具小屋に敷いてビーフジャーキーと水を置いてあいつは戻る。その後姿もなんとなくあたふたしてるみたいで
どんなおっかない軍人が来るのかなぁ。きっと物凄くでかいんだ。
ちょっと興味がわいたけど言い付けは守らねば。俺は大人しく小屋の毛布に座り込んだ。あたりはまだ雪が残って真っ白い。今年の冬は特に雪が多くてあいつも俺も雪掻きを何度もしたし大佐も仕事が増えて忙しいそうだった。
もう少しで春の気配が来ると思うんだけどな、と寝てるのに飽きた俺はのそのそと上の林の方に行く。ここは場所によっては日当たりが良いから雪が解けてる所もある。時々大佐はこっそりやって来て春の兆しを捜したりするのを知ってる俺は何かないかとフンフンかぎ回る俺は向こうの雪の上に青いボールが落ちてるのを見つけた。
やったぁ、あれ無くしたと思ってたボールじゃん!
ざざっと走ってそこに行ったら勢い余って滑る俺はボールを蹴っ飛ばす。ころころ斜面を転がるボールの先には見知らぬ人影。
「お前のボールか?」
青いボールを手にした人は無造作にそう俺に向かって言った。長くて綺麗な髪の女の人だ。でも青いあの服を着てるって事は軍人だよな。
どーしよ。俺見つかっちゃたよ。この人がお客さんなのかな。
「お前のだろう?顔にそう書いてある。・・ほら」
ポーン。綺麗な弧を描いて飛んで来るそれを俺はつい癖でジャンプしてキャッチする。すると
「ほう、上手いものだ」
女の人は嬉しそうに笑った。その笑顔に恐いとこなんか全然無くて
なんだ。噂のお客さんとは関係ないや。きっと事務の人なんだろう。
軍人でも女の人は結構いる。ホークアイ中尉もそうだけど大抵は経理部とかそういうトコにいて銃なんか持たない。この人も長い棒を腰に差しているけど銃なんか持って無いから
わう?事務の人でしょう?ボールありがとう。
ボールを銜えたまま傍に寄って挨拶をする。ここの人達は大抵俺に優しいから俺もちゃんとしないといけないって大佐が言ってたし。
きちんと足を揃えて見上げるとその人はまた笑って
「良い子だ。どこからか迷い込んで来たのか?」
わしゃわしゃと俺の頭を撫でる。その手付きはいわゆる犬好きと言われる人達と同じで心地よい。
わん!そーじゃないよ。俺はしれいぶしょぞくの犬だって。
もちろん言っても通じる訳は無い。でも尻尾をぱたぱたさせたから俺の気持ちは伝わったのだろう。
「そうか、気持ち良いか、良い子だ。雑種らしいがきれいな毛並みだな」
ひとしきり俺の頭を撫でた人はふっと視線を林に戻す。
「東部も春はまだまだだな。ここに来てこんな雪を見るとは思わなかった」
白と黒だけの世界も良いがたまには他の色も見たい。
そう呟く人はなんだか少し残念そうだった。この人もこの林に春を捜しに来たのかと俺は彼女の黒いコートの裾をそっと噛んで引っ張った。
わう!ちょっと来て、良いもの見せてあげるから
「何だ?何かあるのか向こうに」
数歩先に行ってもう一回吠えると俺の意図を察した人はそのまま後について来る。そうして俺が案内したのは数メートル先の空き地だ。あの桜の木の近くで実はとても日当たりがいい。昨日見た時土が見えて小さなアレが出てたから・・
うわん!ほら、これ
俺の鼻先が指す先には黒い土からほんのちょっと頭を出した緑の頭。丸くてぽっかりしたそれは
「フキノトウか・・」
わん!そーだよ。春の先駆けだって大佐が教えてくたんだ。
「私に見せてくれたのか?賢い子だ。ありがとう」
わざわざすっと膝を付いた人は俺の目線でそう言った。だから
どーいたしてまして。
ぺろんと少しだけその白い頬を舐めたら
「度胸があるな、お前」
がしがしとまた頭を撫でる。それからぎゅうと頭を抱えたところで
「どこですかー将軍!」
誰かの呼ぶ声が聞こえて、ぱっと立ち上がった人はさっきと違う、強い声でそっちに行くと答えて最後にもう一回俺の頭を撫でた。
「東部も悪く無い、ありがとう」
さっとコートをひらめかせてその場を去って行った。その後ろ姿はカッコよくて
ホークアイ中尉より男前な女の人っていたんだ。
と俺は去ってゆく後ろ姿を最後まで見送った。一体何処の部署の人だろうかと思いながら。
「はーなんとか無事に終わって良かったスね、大佐」
その日の夜、大佐を送って来たあいつは当然のように居座って夕食を作り食後のお茶の時間になっても帰る気は無いらしい。
大佐は疲れているのかソファーに座ったまま俺を抱えて離さない。ちょと辛い姿勢だけど俺は喜んで抱き枕代わりを努めていた。
「ああ、急の訪問でこっちも慌てたが幸い彼女の機嫌が良かったからな」
手渡されたティーカップからは暖かい湯気。
「そースね。やっぱあれ機嫌が良かったんだ。俺アームストロング少将に会うの初めてだし、ブリックスの北壁なんてあだ名聞いてたからどんな女傑が来るのかとひやひやしてましたよ」
「そうだな、私も会うのは2回目だがもっと厳しい目をしていた。今日だってグラマン中将が掴まらなくて待たせてしまった時も笑っていたし」
いつもなら弛んでるの一言が雷のように落ちるはずなのに。
「なんでだろうなぁ、ジェイ」
ぐりぐりと俺の頭を撫でながら大佐は聞いてくるけど俺に答えられる訳が無い。
わぅ。判らないよー。知らない人だもの
「そりゃ、犬に聞いても判らないっスよ。そーいや大佐」
「ん?」
「あの少将閣下、帰る時俺が車に案内したんですけどね。俺の顔見た瞬間吹き出したんスよ。すごく小さくプッて・・俺の顔に何か付いてたのかなぁ」
「少将がか?また珍しい。お前の顔見てなんか思い出したんだろう」
例えば垂れ目な金色の大型犬とか。
「・・な訳ないか」
1人で納得した大佐はまた俺の頭をぐりぐりする。俺もあいつも訳判らなくてきょとんとした顔で大佐を見つめていた。
「マイルズ」
「は」
「犬も結構いいな」
「はい?」
ブリックスの北壁と謳われるオリヴィエ・ミラ・アームストロング少将が
実は結構「可愛いもの好き」だと知ってる人はいない。
季節シリーズです。私の中ではアームストロング少将がマイブームです。意外にああいう人が可愛いもの好きってのはありそうな話だと思うんですけどね。
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