春を告げるもの

「おー真っ白だ。眩しくて目も開けられませんね」
「ああ、イーストシティから車で1時間でこんな田舎になるとはな」
そこは白い空間だった。その中で鮮やかに目立つブルーの軍服を着た2人はそう言って目の前の雪原に目を細めた。
空は青く日射しは雪で乱反射し眩しい程キラキラと光る世界が続きその先にはこんもりとダークグリーンの森が広がりモミの木は綿帽子のように白い雪に覆われてさながら天然のクリスマスツリー。
「おーい、ジェイあんまり遠くに行っちゃだめだよ」
真っ白な雪の上に足跡を残して金色の大型犬は辺りを駆け回っていたが主人の呼び声に立ち止まってウォンと応える。元気一杯に跳ね回る姿にロイは目を細めて微笑んだ。
「やはり冬の間は運動不足になるようだな、ハボック」
「そうッスね、今年はイーストシティでも雪が多かったからあんまり散歩に出られなかったし」
「確かに今年の冬は長い。一体いつまで続くのやら。だけどちょうど郊外の施設の視察があって良かった。今日はもう直帰して良いとホークアイ中尉も言ってくれたしこのままゆっくりと遊ばしてあげよう」
犬馬鹿の飼い主は自分が寒がりなのを忘れて愛犬の遊ぶ姿にうっとりする。実際艶やかな金色の毛皮が光を弾いて輝くのが雪の白を相まってちょっとした光景だった。
ちぇー俺のためには10分だって外で待つのは嫌がるのになぁ・・。
我が身を比べて格段の違いに人型の大型犬はこっそりため息を吐いたがやがてにんまりと笑って
「でも寒いでしょう?ロイ。俺が暖めてあげますからね」
ぎゅっと広い腕の中に恋人の身体を抱き込と調子に乗るなとばかりにぺシッと額が弾かれるが抱き心地の良い身体は腕から逃れようとはしなかった。幸いあたりに人影はない。良いチャンスだとばかりに煙草臭い口が相手の唇に近づいたところで
わん、わん、わんっ!
金色の大型犬が彼等を呼ぶように盛大に吠えたてると
「どうした、ジェイ」
ロイはあっさりハボックを見限ってするりと腕の中から抜け出してしまう。こうなると
「ロイ〜」
涙目の男がいくら呼んでも後の祭りだった。

何だろう?コレ。
焦茶色でむくむくふわふわの毛の固まりが俺の目の前にいる。大きさはちょっと太り気味の猫くらいだろうか。
でも猫には全然見えないし第一耳だって小さい。しかも寝てるからよく判らないけどたまに公園で見かけるリス・・みたいかなぁ。
ふわぁぁ。じーっと見詰める俺の目の前でそいつは暢気に欠伸をするとまた黒い目を閉じた。

今日は珍しく車でお出かけの日だった。お仕事だったのかあちこち寄って最後に着いたのがこの広ーいところで
「さ、ジェイ。好きなだけ走っておいで」
って大佐がリードを外してくれたから俺は大喜びで駆け出したんだ。ずーっと白い雪ばかりで足は冷たいけどここの所公園にはあまり行けなかったし、司令部で遊ぶのもなかったから思いっきり走るのは久しぶりで気持ち良い。冷たいけど空気は澄んでるし、天気が良いから暖かいし、あ、兎だ!って走り回るってた時だった。

くんくん。何かの匂いが俺の鼻に引っ掛かった。それはちょっと雪が盛り上がってる所で。どうもその斜面みたいな所からなんかの匂いがする。
さっきの兎みたいな感じだけどこれってこの雪の中からだよなぁ。と匂いの元を探るべくがしがしと雪をかきわけてたら急にぽっかりと穴が開いて─中に顔を突っ込んだらふわふわの毛皮が鼻先をくすぐる。何だコレと中から引っ張り出してきたのはのがこの固まり。
ねぇ、大佐コレ何?兎?

「・・何だこれ、大きなネズミか?」
きっちり足をそろえて座る大型犬の足下には焦げ茶の毛皮の固まりがいた。てっきり狩の獲物を自慢してるのかと思って触るとそれはむくむくと暖かい。どうやらすっかり冬眠中のようだが犬を目の前にして熟睡してるとは大した度胸の持ち主と言えよう。今もツンツンと金色の鼻先が突いても何の反応もない。
見上げる青い瞳もコレは何だと聞いてるようだがいかんせん国家錬金術師でも判らない事はある。と
「ああこれグランドホッグっスよ」
ひょいと毛玉を摘まみ上げたハボックがあっさりと宣った。そう言われてもロイの頭上の?マークは消えない。
「グランドホッグ?」
「あれ知りません?あー別名ウッドチャックとも言いますか。確かマーモットなんかと同じ仲間ですよ。俺の田舎じゃ野っ原をよく駆け回っていましたね。冬は冬眠しますからほらそこの穴、そこで寝てたところを相棒に見つかったんでしょう」
「ウッドチャックの名なら図鑑で見た事がある。そうかこんな動物だったんだ」
もこもこの毛皮をそっと抱えてロイは感心したように呟くと
「ジェイ、これはグランドホッグという動物なんだ。まだ冬眠中だから巣穴に戻してやろう、な?」
金色の鼻先に毛玉を寄せて小さな子供に言い聞かすように語りかける。ちょっと小首を傾げた金色の犬は良いよ、別に。とばかりにウォンと吠えた。そこに
「あ、ちょっと待って、大佐」
とハボックが巣穴に戻そうとするロイの手を止める。
「ハボ?」
まさか食うのかとロイが顔を顰めたところで腕時計を見た男はロイの手から毛玉を取り上げるとそっと巣穴の前に置くと
「ちょうど今日は2月2日だ、さぁ教えてくれ冬はいつまで続く?」
そっと起こすようにモフモフの毛皮を揺する。
「・・何をしてるんだハボック?」
ワゥ?
唖然とする1人と1匹の前でハボックは何も言わず揺すり続ける。やがてそれはもぞもぞと身じろぎすると黒い目を薄ら開けてのたのたと巣穴の方に向けて歩き出す。茶色い尻尾が白い雪の上を後を追ってやがてその姿は暗い巣穴の中にゆっくりと消えていき
「良かった、ロイ春はもうすぐそこまで来てますよ」
巣穴の入り口を雪ですっかり覆い隠しハボックはそう宣言した。

「2月2日は俺の田舎じゃグランドホッグデーって言いましてね。この日に目を覚ましたグランドホッグが巣穴から出て自分の影を見たら後6ヶ月は冬は続く。見なければ春は間近なんです。さっきのあいつ自分の影なんか見向きもしなかったでしょう?」
アレは何だと詰め寄るロイにハボックが漸く種明かしをしたのは家に帰ってからだった。冷えた身体を暖炉の熱と金色の犬達に暖められながらロイは初めて聞く話に子供のように目を輝かす。
「それじゃ毎年2月2日にはグランドホッグは必ず巣穴から出てくるのか?」
ウワァウ。信じられないとばかりに傍らの犬が鼻を鳴らす。
「まさか、まぁこれはお祭りの一種でね。俺の村じゃ毎年秋に見つけといた巣穴から寝てる奴を起こすんですよ。で村長がじっくり観察して影を見たかどうか判断する。後は皆でたき火焚いてクッキーとか食って子供は雪合戦とかするんです。大した事しないけど長い冬の間には良い気晴らしでしたね」
「それは当るものなのか?」
「これが結構当るんですよ。確か6歳の時だったか。しっかり振り向いて奴さんが自分の影を見た年は冬が長引きましてね、3月半ばまで雪が降りました」
「不思議なものだな。なぁジェイ」
コクリとココアを飲んでロイは金色の頭を撫でるとそうだねとばかりに金の尻尾がぱたりと揺れた。
「だからこの冬ももうすぐ終わりですよ。暖かくなったらまたあそこに行ってみましようか?きっとあいつの子供が見れます」
「本当か?よし約束だぞジャン。春になったらピクニックに行こう。バスケットに御馳走詰めて」
「ええ約束しますよ、ロイ」
子供のような笑顔の頬にそっと約束のキスを落としてハボックが事な人を抱き締めると負け時とばかりに金色の犬が反対側の頬を舐めた。

2匹の愛犬のキスに飼い主はきちんとお返しをしたけれど─さてどっちが先だった?


グランドホッグデー、主にアメリカ、カナダで行われます。起源はドイツらしくその場合は占うのはハリネズミだそうで。アメリカで一番有名なのはペンシルバニア州のグランドホッグデーでその様子がYou Tubeにもアップされてます。

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