0がひとつ多い 


にぎやかな表通りから一つ奥に入った通りの角にその店はあった。古くからの商店が多く軒を列ねる繁華街ではまだ新参者のその店はしかしまるでずっと前からそこにあったかのようにその風景に馴染んでいる。
理由の一つは古い建物を少し手を入れただけでそのまま使っている事だろう。元の持ち主は数年前この街で起きた内乱騒ぎに嫌気がさして東部の田舎に引っ込んでしまった。そのまま暫く空家だったその家を買い取ったのが今の主人だ。まだ若いが気さくな性格と意外な商才で競争が激しい商店街でも中々の人気を誇っている。
人気の元はセントラルでも中々お目にかかれない地方の食材が安価で手に入る事。これにレストランのシェフが目を付けた。そこから口コミで客層が広がった。だけど本当の理由は
「パンツのゴムから装甲車まで。電話1本でいつでもどこでもお届け参上」
と言う青い垂れ目で金髪の店主かもしれない。

「いらっしゃいませ」
カランと扉の開く音にカウンターで新聞を読んでいた店主は顔を上げるが
「なんだブレさんか」
その顔を見た途端いきなり接客モードは消え失せる。もっとも客の方もまるで気にはしない。
「客に向かってそりゃないだろうが、ハボ。ビールが切れたから2ダース届けておいてくれ。銘柄はいつもの地ビールな。あと今夜の夜食用にパンとこの間のハムとお前ンとこの村で作ったチーズを頼む、それとおいしいお茶・・」
「はいはい、毎度ー。相変わらず忙しいのね、皆様」
幾つもの商品ををカウンターの向こうの店主は手にした棒を操って高い棚から下ろし器用にカウンターに並べていく。きゅ、きゅっとリズミカルな音をたてて車椅子が床の上を滑るように左右に動いていく様はまるで何かのスポーツをしているみたいだった。
「・・馴れたもんだな」
見ていた腐れ縁の悪友が感心する程。
「そりゃ、まーね」
屈託なく笑う顔にあの病室で見せた翳りは何処にもない。すっかりトレードマークと化した髭とあい余ってその笑顔には太々しささえある。
「あと、これ。あの人からの注文」
こいつもうすっかり立ち直りやがったなと改めて思いながらブレダは一枚のメモを店主に渡す。受け取った男は暫くその白い紙を睨んでいたが
「3日・・いや7日ぐらいかかるかもしれない。そう伝えておいてくれ」
そう言ってメモを客に返す。その顔は何時の間にか精悍な軍人のそれに戻っていて
「難しそうか?」
心配そうに問う悪友にも男は
「相変わらず人使いが荒いぜ、俺の御主人様は」
ニッと昔のままの笑顔を返した。

それから数日後の深夜。
セントラルの金持ち達がよく行く高級クラブ街の一角に何台もの軍用トラックが秘かに集まった。そこから音も無く降り立ったのは黒い憲兵隊の制服ではない。黒いシャツに突入スタイルの軍人達だ。被ったベレー帽からその所属は明らか─大総統直轄部隊。
「突入!」
黒髪つり目の男の号令一下、音も無く男達はきらびやかなネオンが飾る店の入り口に殺到する。事態を悟った店の用心棒はあっという間に取り押さえられ中に警告する暇も無い。やがてガラスの壊れる音、女性の悲鳴に銃声が響くがすでに封鎖された一帯にそれを聞くのは兵士だけだ。そして
「ほらさっさと歩け!」
数人の男達が腕を取られて中から出てくる。だが目当ての人物がいないのかそれらを奥のトラックに詰め込むと男達は足早に店の中に消えていった。
その騒ぎの中心から3ブロック程離れた裏路地。通るものは野良猫ぐらいだろう細い道のマンホールが鈍い音を立ててゆっくりと開く。中から現れたのは高そうなタキシードに身を包んだ中年の男だ。元は綺麗にセットされただろう髪はバラバラに乱れ、高価な服には酒の染みが広がりここに来るまでにすっかり染み付いた下水の臭いが全身から漂っている。
「チクショウ、どうしてばれたんだ!計画は誰にも漏れて無いはずなのに」
口汚く罵った男は血走った目で辺りを見回す。周囲の封鎖からなんとしても逃げなければと通りに出たその目に映ったのは1台の小さい青いトラックだ。配達用なのか店の名が荷台に描かれてるそれに男は走りよって運転席の扉に手を掛けた。ドアが何の抵抗も無く開いた事に天の助けと思っただろう。しかし
「何処に行くんスか、アンガス将軍閣下」
運転席は無人ではなかった。獰猛な目をした猟犬が銃を構えて男を迎えたのだ。
「ひぃっつ!」
その地位にそぐわない悲鳴をあげて男は反転、走り出す。しかし運転席の男は追おうとはしない。変わりにその隣からにゅっと白い手袋をはめた手が突き出されパチンと乾いた音をたてる。チチッツと小さな火花が意志を持ったように男の後を追いかけて逃げる男の鼻先で真紅の火球が突然炸裂した。
「ギャッッ!」
顔面を灼かれた男は地面をのたうち回る。そこに静かな声が響いた。
「見苦しいな、将軍。仮にも私に逆らおうとする者がそれじゃ役不足だよ」
黒い地味なコートを翻して車から降りたのは軍の最高位にある男だ。その地位にはそぐわない童顔に剣呑な笑みを浮かべて無防備に倒れた男に近づく。
「マスタング・・閣下、どうして・・」
「貴君の反逆に気づいたかという事かね?簡単だ。先月の工場視察の時に爆弾騒ぎがあっただろう?あれは予定外で殆どの人間が知らないはずだった。そこを狙えるのは人数が限られてるし、そこに君にアエルゴの密使が接触してるという情報が入った。しかもあの店はテロリストに武器を流してるので有名な組織の持ち店だ。そんなところで会合を開こうとするなんてアエルゴも馬鹿な男に声をかけたものだ」
「貴様、この成り上がりが!」
冷ややかな侮蔑は男から正常な判断力を奪ったらしい。その白い手の威力を知らないはずはないのに激高した男は立ち上がって懐の銃に手を伸ばすが黒髪の独裁者は微動だにしない。
代わりにその背後から響く銃声が男の肩を正確に打ち抜き再び男は石畳に倒れ臥す。血に染まった肩を押えながら男は呻いた。
「どうやって・・直属の部下の動きには注意を払っていたのに。誰も私を探る素振りを見せてなかった!」
「軍以外にも私には頼りになる忠犬がいるんだ。アエルゴの奴らにもそう伝えるがいい」
傲岸に言い放つともう後も振り向かずにロイはトラックに向かった。

「ごくろーさまでした、閣下」
今年の新酒が満たされたグラスにロイの顔がほころぶ。どういうルートを使うのか大総統府より早くこの店では新酒が飲めるのだ。独裁者がゆったりとくつろぐそこは豪華な総統の一室ではなく、ハボックの店の2階の居間だ。そこにはお気に入りのソファと金色の大型犬がいて秘かにしかし頻繁に彼はここにやってくる。買い物にきた御夫人達もまさかその真上で国家のトップが惰眠を貪ってるなんて想像もしないだろう。
「お前も御苦労だったな。でも現場に無理に来る事はないんだぞ・・お前はもう軍人じゃないんだから」
車椅子からソファに器用に移った男に寄り添いながらロイはそっと感覚のないその足を撫でる。その手の上にもう1人の手が重ねられゆるく握り込まれた。
「俺の集めた情報です。確かかどうか最後まで見届けるのが筋ってもんでしょ。商品の質にはちゃんと責任持てって親父にもさんざん言われましたからね。あんたこそ前線出てる場合じゃないっしょ、大総統閣下ともあろうものが」
「私だって事の成り行きを見守る責任というものがある」
「んな事言ってどーせ、書類仕事に飽きたんでしょ?怖い秘書官に怒られても俺は知りませんからねー」
「つれないな、ハボ」
つんと伸びた髭を引っ張ってロイはその青い瞳に顔を寄せる。
「お前に会いたいからに決まってるじゃないか」
「ロイ・・」
感動したようにぎゅっと抱き締める男の腕の中でロイはクスリと笑う。この分なら泊まっていっても適当な言い訳を金髪の秘書官に言ってくれるなと秘かに万歳したところですっとその身体が離された。
「その手には乗りませんよ、閣下。一体何年付き合ってると思うんです。ちゃんとホークアイ秘書官にはここにいるってさっき知らせときました。明日の仕事を死ぬ気でやるなら泊まっていっていいそうです」
ニヤリと笑う顔は昔には無かった逞しさがある。一瞬ドキリとしたロイは今度は力を込めてぎりりと髭を引っ張る。
「・・ハボックの癖に言うじゃないか」
「痛て、いてて、もう髭引っ張らないで下さいよー」
暴れる猫をなだめるようにハボックがその腕を捕らえる。こぼさないようその手からグラスを取り上げると抗議の声を煙草臭い口がふさいだ。

「あ、ロイ。これ今回の請求書。支払いは月末締めで」
「・・0が一つ多いぞ、ハボック。なんで新酒1ダースにこんな金払わなきゃならん」
「何言ってンです。あの情報とってくるのに俺がどんだけ苦労したか。馴染みのシェフとか伝手を総動員したんですよ!おかげで商品かなり値引きしたり、結構かかったんですから」
「出世払いだ、ツケとけ!」
「それ以上どうやって出世するんですか?ロイ・マスタング大総統閣下?」

白い紙に書かれていたのは幾つも0が並んだ金額。
そしてその下には『ハボック雑貨店セントラル支店』と青いインクではっきり印刷されていた。


ハボック雑貨店セントラル支店ネタ。こうやって軍に戻らなくても秘かにロイの懐刀としてやってくのもアリかなと。
要はどんな形でもハボックはロイの傍にいれればいいんです!

                 

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