HIDE AND SEEK


「ハボック少尉、大佐を捜してきてちょうだい」
「イエス、マム!」

東方司令部にいる金色の大型犬は大層鼻が利く。だから御主人様がどんなひねくれた所で昼寝をしていても必ず見つけだす。それは彼にとって秘かな自慢だ。こっそりアイの力だと薄ら寒い事を思ったりもしている。

では反対の場合はどうだろう?御主人様は迷子になった飼い犬をちゃんと見つけられるだろうか?

「見ーつけた、大佐。よくこんなホコリっぽい所で昼寝なんてできますねぇ」
「うるさい、駄犬。ここは佐官以上の階級じゃないと入れない機密関係の書庫なのにどうして貴様がいるんだ」
「んなの俺は知りません。俺は大佐を連れてこいってゆーホークアイ中尉の命令を実行しただけです。それに機密て割にはちゃちい鍵ですね」
「クソ、今度上申してがっちりした鍵に変えてやる・・中尉は怒っているかね?」
「まだ安全装置は外してませんがそれも時間の問題です。いい加減中尉の忍耐力を試すよーなマネは止めて下さい。俺達の寿命を縮めてどーすんです。俺ぐらいですよ、安全圏内で大佐を見つけられるの」
「ふん・・犬にはそれくらいしか取り柄はないだろう?」
「あ、ひっでーその言い方。・・・まぁ良いですけどね。俺しかできないし。ま大佐には無理でしょうよ」
ーそう言って笑ったあいつの顔はとても嬉しそうだった。犬扱いされてるのに。得意げな笑顔は誉められた子供の様。
「大佐には無理でしょうよ」
ー失敬な!

とある長閑な昼下がり。執務室で書類と格闘する黒髪の大佐は入室してきた金髪の副官から極めて珍しい質問を受けた。曰く
「ところでハボック少尉の居所を知りませんか?大佐」
質問の意味が稟議書の内容を突破して大佐の脳に届くのに数秒かかった。そしてそれを吟味するのに数秒。
「・・ハボックは何処かに行ったのかね?中尉」
「その予定は無いのですが、さっき見たら大部屋にはいません。ざっと見た所喫煙所にも居ない様なのでもしや大佐が何か用を言い付けたのかと思ったのですが・・」
あの資料を捜してこい、この本を返却しておけ。我侭大佐が些細な事も金髪の部下に言い付けているのは周知の事実だ。本来なら仮にも少尉、使い走りなどしない階級なのに本人が文句も言わないから周りも何も言えない。
「いいや。そういや私も朝の打ち合わせの時以降あいつの顔は見て無いよ。まだ何処かで食後の一服でも楽しんでいるんじゃないか?」
「もう2時過ぎです。少尉はああ見えて職務には忠実ですよ」
誰かと違って。声にならない呟きを表情が代わりに伝えると拗ねた子供はフンと鼻を鳴らす。
「・・私はちゃんと帳尻は合わせてるよ、中尉」
「確かに、一応締切りは何とか守って・・おられますね。では今日もそうしていただけると助かります。少尉の事はこちらで捜しますから大佐はこちらの書類をお願いします。締切りは明日の午後一」
ばさり。午前中かかって半分にした紙の山をすっかり元の高さに戻して金髪の副官は執務室を出て行く。
後に残った黒髪の大佐は彼女の姿が見えなくなると深いため息を吐いた。
「全くシジフォスの苦行だなこれは」
ぴんと一番上の書類を指で弾けばそれは窓からの風に乗って白い軌跡を描きながらはらりと床に舞い落ちる。けれどその行く先をロイは見ていなかった。黒い瞳が見ていたのはさわやかな風を送って来た初夏の空で
いーい天気だ。絶好の昼寝日和だよ。今頃は裏庭の樫の木ノ下が一番気持ちいい。
ぽっかり浮かんだ白い雲は誘う様にゆっくりと動いて行く。その誘惑にもうすぐ三十路の責任ある地位にある男が耐えられたのは果たして何分だったのか。ふわりと次の書類が再び風に舞った時広い執務室に拾うべき人の姿は無かった。

うん。新しい書類に必要な資料は第三書庫だったよな。皆忙しいしやはり自分の事は自分でしないと・・
廊下を行く上官にすれ違う者は皆手を揚げる。それに鷹揚に頷く男の頭にあるの如何にしてこのちょっとした散歩(あくまでロイ視点)に正当な理由をくっつけるかで。
そう言えばハボックが居ないと言っていたな。あいつの事だきっと何処かで一服してるに違い無い。忙しい中尉を煩わすわけにはいかないし、逃げた飼い犬を連れ戻しに行くのは主人の役目だ。うん、彼女も犬を飼ってるから判ってくれるだろう。
脳内の勝手なつぶやきを金髪の副官が聞いたら無言で安全装置を外すに違い無い。だが幸いな事に彼女は大部屋で仕事に集中していた。だから浮かれた足取りで廊下を行く男を止めるものは居なかった。

「・・・おかしいなぁ」
各階全ての喫煙所、裏庭の林、地下の射撃場、鍛練用のグラウンド。およそハボックが立ち寄りそうになる所は一通り回ったロイは形のいい眉を顰めた。何故ならハボックの姿は影も形も無かったから。
「あいつの事だ。まさか書庫になんか行くはずは無い。あそこは禁煙だしホコリ臭いって文句言ってたし」
なーんでこんなホコリ臭い、空気の悪いトコで熟睡できんスか?俺には絶対無理ッスよ。
そりゃお前には無理だろうよ。お前ときたら仕事以外は雑誌と新聞ぐらいしか読まないんだから。
あーあと伸びをしてロイは柔らかな草の上に腰を下ろす。ここは最後の心当たりでロイの秘密の昼寝場所だ。倉庫の裏だから人目に尽きにくいしロイの執務室からは意外に近い穴場でつい数日前ハボックに発見されるまでは絶好の隠れ家だった所だ。
「絶対ここに居ると思ったんだがなー」
ロイの計画ではサボってるハボックを捕獲したらそのまま自分もサボるつもりだった。そして口裏を合わせさせホークアイの追求を躱そうと思っていたのに。
「そうすれば私はあいつに邪魔される事無くのんびりできるし、あいつだってサボれる。一石二鳥・・いや逃亡のだしにできる訳だから三鳥だったのに!」
あんたねぇそれは無いでしょう。垂れ目の部下が聞いたらため息吐いてそう言うだろう。けれどそこに居るのはロイ1人だけ。気紛れな呟きを聞くのも寄り掛かった樫の木だけだ。
「それにしても意外に難しいものだな、人を捜すというのは。司令部は私の庭だと思っていたのに、あんな駄犬一匹見つけられないとは」
司令部内を熟知したロイの隠れ家は10ケ所以上ある。どこに行くかもその時の気分次第なのに金色の大型犬は必ず見つけ出すのだ。へらりと笑って余裕綽々で「あんたがどんなトコ隠れたって絶対俺は見つけますってー。愛の力を甘く見ちゃだめっスよ」なんて言う。
「気安く愛なんて言うな・・あのバカ犬」

Hide and Seek 隠れて捜して。見つかるのは一体何だろう?

大抵はロイが捜される話ですがこれはその逆バージョンという事で。誰かを捜す時人はその対象の事ばかり考えるものですよね。

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