検察側の証人

右側には大事な人、左側にはそれ以外の全て−さて秤の針はどちらに傾く?

その部屋は聞いた話にあるよりずっと狭かった。むき出しのコンクリートの壁と床はこの時期特有の寒さの防壁にはならず湿った冷気は足下から身体を冷やす。固いマットレス一枚敷いただけの簡易ベッドと毛羽立った古い毛布も大して役にはたたずそこの住人が一晩中震えて過ごすのも罰の一つとして考えられてるのだろう。
階級章を剥がされた軍服の前を合わせハァッと手に息を吹き掛ければそれはたちまち白くなって煙の様に掠れて消える。
ああ、煙草吸いてーな。
白い息に記憶が触発され収まっていたニコチンへの欲求がぶり返すがどうする事もできない。それを振り払うように目を閉じれば浮かんでくるのはあの深い漆黒の瞳、ニコチンより遥かに強くハボックを引き付けるもの。
「・・たいさ」
ほとりとこぼれ落ちたつぶやきはコンクリートの床が冷たく受け止めた。

「ジャン・ハボック、取り調べの時間だ、出ろ。」
ここに有無を言わさず叩き込まれてから一昼夜、固いパンとコーヒーの朝食すまして、食後の筋トレをやってる時ようやくお呼びがきた。実際外の情報がまるで入ってこないためストレスは溜まる一方でこうなったらどんな目に遇おうと取りあえずちゃんとした話をしたいと思っていたからハボックは喜んで陰気な顔をした男の後に続いて重営倉をでた。

この時彼は自分のおかれた状況が正確には判っていなかった。確かに不利な立場だがちゃんと調べれば納得してもらえると心の何処かで楽観的に考えていたのだ。
それがとんでも無い間違いだと気付くのは取り調べ室に入った時。

「ひさしぶりだな、ハボック少尉。」

親バカ自慢の軍法会議所の中佐が彼を出迎えた時だった。

「さーて時間はあんまないからさくさくいこう。取りあえず最初から全部話してくれないか?事件の一番最初から。お前さんの言葉で。」
分厚い書類の束を見ながらのヒューズ中佐の話し方はまるで大部屋にでも居るように親し気でいつもと変わらない。それがかえってハボックの警戒心を呼ぶ。大して長い付き合いではないがこの髭の中佐が一筋縄ではいかない、ある意味自分の上司よりあぶない人間だとハボックは思っている。それが嫉妬と呼ぶ感情の産物かどうかは本人も判ってはいないが、こうしてにこやかにしてる時が一番信用できないとぞくぞくする首筋が教える。きっと大佐が知らない親友の一面。
テーブルの上で組んだ手にぐっと力を入れ、深く息を吸う。そして顔を上げてオリーブグリーンの瞳を真っ向から見詰めゆっくりとハボックは話し始めた。
事件の始めから、自分が複雑な迷路にはまり込んだそもそものきっかけから。

イーストシティに冬の始まりを告げる乾いた冷たい風が吹き始めたある晴れた日の午後。恰幅のいい60代ぐらいの紳士が同年代の執事らしい男を供に青い顔をしてロイ・マスタング大佐に内密に面会を求めて来た。
「息子を助けて下さい!マスタング大佐!」
仕立ての良いスーツでやや太めの体格をカバーしてる紳士は執務室に入るなりそう叫んだ。
「落ち着いて下さい、エックハルトさん、まずは椅子におかけになって詳しい話をして下さい。ここにいる者は皆信頼のおける部下達ですから。」
そうロイが言った時不謹慎だけどとても誇らしい気持ちになったのをハボックは憶えている。

ハンス・エックハルト氏は南部でアーヘン商会という会社を経営している。商売は主に貿易で規模もそこそこ、経営も順調だった。そして1年前から将来のセントラル進出の足掛かりとしてイーストシティに拠点を移し、経営を拡大していくことにしたのだ。
新参者だったから勢い活動は派手になる。人脈を広げるために地元有志のパーティに出席し宣伝のためチャリティにも積極的に参加した。
「どうもそれが裏目にでたんです。」
金回りのいいブルジョワだと反政府活動グループに目をつけられたらしい。こういう連中は脅迫などで寄付と称して活動資金を要求してくる事が多かった。しかも最近イーストシティには密輸品の安価な武器が出回ってるらしいと噂があった。テロリスト達は資金集めに奔走してるらしいと。
「奴等は私の娘に目を付けました。一人娘のベルタに。何回か脅迫状が来たんです。娘を守りたかったら金を寄越せと。しかし私は相手にしなかった。こういう商売をやっていればこんなこと何回もある。いちいち相手にしてられないとそう思って・・」
後悔の念が襲ってきたのかエックハルトは顔を被って言葉を詰まらせる。その肩に手を掛けて同行の執事が後を続けた。
銀髪を後ろに撫でつけた頬の細い痩せた男。
「1週間前です。お嬢様はこの春御結婚なさった旦那様と共に郊外の御友人の牧場に遊びにいかれました。もちろん護衛も付けましたし旦那様は元国軍中佐でいらっしゃいます。大丈夫だろうと思ったのですが・・・それがかえって災いしました。」
襲撃は帰路で無く往路で行われた。車が丁度郊外に出た辺りで何人もの武装集団に襲われ、護衛は全滅、元軍人の夫は勇敢に応戦したらしい。しかし所詮多勢に無勢である。結果娘は傷を負い、夫は娘の代わりに拉致された。
「彼が勇敢に戦って、時間を稼いでくれたから娘は助かったんです。それなのに彼は代わりに連中に連れていかれた。私にとっては息子も同然、何としても彼を助けたいんです!」
悲痛な叫びが執務室に響き、ハボック達の耳を打った。
その後犯人グループは身代金を要求し、エックハルトはそれに応じた。その時点で軍に助けを求めなかったのはともかく人質の命を優先に考えたからだと彼はロイに説明した。自分の安易な判断がこの事態を招いたのだ。これ以上相手を刺激したくなかったと。
「軍の力を疑ったわけでは決してありません。しかしどうしたって危険なことには違い無い。お恥ずかしい事ですがあの時私はカールを・・娘婿の事ですが、無事に娘の手に戻してやる事しか考えてませんでした。自分勝手な考えですがその後あの連中が何をするかなんて考えない様にしたんです。結果はこの通り。天罰が下ったと思いました。」
犯人達は金を受け取っても人質を返さなかった。そしてその後連絡は途絶える。ところが昨日再び連絡が来た。今度は定期的な資金援助と安全な隠れ家の要求。テロリスト達はアーヘン商会を金の卵を生む鵞鳥にするつもりらしい。そうなると人質は決して殺されはしないだろうが、2度と彼等の元に戻る事はないだろう。

「・・それでロイはどうした。」
「大佐は極秘に市内に緊急配備を敷き情報を集めました。幸い1度目の身代金引き渡しの時、途中まで犯人を尾行する事ができたらしいんです。それで大体の潜伏先は見当がついたので。」
身代金の受け渡しに出向いたのはエックハルト氏本人。場末の酒場でそれが行われた時忠実な執事は客にまぎれてそこにいた。そして金の入ったバッグを抱えた犯人がケルトナー街−治安が悪く空家が幾つもあるイーストシティでも危険な場所に消えて行ったのを見たのだ。
「素人にしちゃ上出来だ。でお前さん達は犯人のアジトを突き止めたんだな。」
「ええ、その辺りを集中的に調べた結果、奥にある古い無人のアパートがどうやらそうらしいと。ここ暫く何人もの人間が出入りしているとの情報があり、目撃者の中にカール・エックハルト氏と似た人物を見たと言う証言もありました。・・大佐は決断しました。」
もとよりテロリスト達に交渉の意志は無い。ならば武力で奪還する以外に手はないだろう。東方司令部の誰もがそう考えたのも無理は無かった。
「・・・その結果がこれってわけだ。」
ナイフ胼胝のできた指がハボックの手首に巻かれたブレスレットのような物を差す。鉄の鎖に二枚の細いプレートが繋がれている。一枚にはハボックの名前、もう一枚には数字とアルファベットが刻印されているE3952。
決して自分では取り外せないそれはアメストリスでの囚人の証だった。

ずっと書きたいと思っていた裁判もの。あんどハボックの捏造過去話。色々無茶な設定してますが温い目で見てやってください。

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