Natural Distance

ナチュラル・ディスタンス−見えざる不可侵のライン。
これを越えたら食べられちゃうよ?

「何を言ってるんですか、大佐!」
緊迫した現場に響く怒鳴り声に周りの人間は何事と目を向けるが
「うるさい、突入には私も加わると言ってるだけだ、邪魔するな少尉」
声の源が黒髪の大佐と金髪の少尉だと判った時点で皆視線を外す。その顔にこの忙しいのに何やってるとはっきり書いてあるのを当事者である2人は気が付いていなかった。
場所はイーストシティはずれの廃工場。手配中のテロリストが潜伏中との情報に東方司令部の小隊がやって来た先での会話である。
焔の大佐の赴任で治安の回復が著しいイーストシティだったが逆に彼を狙うテロリストは増えた。イシュバールの英雄を討って名を上げたいという愚か者が勇んでやって来る訳だがそこで周到に張り巡らされた情報の網に引っ掛かりお縄となる。自らの宣伝価値を熟知してる男はそうして今日の様に現場に現れる訳だがこれは周囲には大迷惑だった。なにしろこの大佐殿は階級を無視して先陣を切ろうとしたりその強力な焔で被害を拡大したりと目が離せない。まして指揮官に怪我でもさせたら降格ものだから周りは必死で止めるが本人が聞く耳を欠片も持って無い。
唯一の対抗手段は氷の副官の銃口だけだったがここに来て少し状況が変化した。
「突入は俺の隊が行きますから大佐は後ろで指揮を執って下さい」
「私に命令するつもりか、ハボック」
眼光鋭く言い募る上官にけれど金髪の部下は怯みもしない。それどころか聞き分けのない子供に言い聞かせるような声で辛抱強く言葉を続ける。
「あのね、あんたが先に行くと周りは余計に気を使うんですよ。指揮官に怪我させたら経歴に傷つく事だってあるんス。ただでさえ薄給の俺らの給料減らす気ですかぁ」
「む・・」
茶化した言い方だが正論には違い無い。思わず口籠ったロイの前にハボックはざっと足で地面に1本のラインを引いて言った。
「こっから先は俺達の仕事です。大佐はそちらで指揮を執って下さい。お願いしますよー」
「・・・30分でカタをつけろ。それ以上かかるようなら私が出る。いいなハボック」
「アイ・サー30分でボスをあんたの前に連れてきますよ。だから大佐はそこにいて下さいね!」
渋々、だがしっかり条件を付けて折れるロイにハボックは鮮やかに敬礼を返してその場を去っていく。その後ろ姿はもうすっかり1人前の男のものでロイはフンと鼻を鳴らした。
「・・・若造が。急に太々しくなったものだ」

「俺はあんたが好きです」
数週間前決まりきった事実を述べる様に淡々とそう告げた男の態度に変化は無い。いつもの様に送迎をし、護衛を務め、逃亡を謀ったロイを有無を言わさず(30分の見逃し時間付き)連れ戻す。おまけに頼みもしないのに庭の手入れに訪れ夕食まで作っていった。それなのに試しにロイが泊まって朝食も作れと言ったら用があるとあっさり断り、しかし翌朝再び焼き立てパンを抱えてやって来た。
なんなんだ、あの男は!
おかげでロイは微妙に苛つく毎日を送っている。しかもそれが相手にまるで伝わって無い事がよけいいら立ちに拍車をかけた。
だってそうだろう。男のしかも年下の部下から真顔で『好きです』なんて言われてたんだ。しかもそれ以後何の変化もなし。いつもと同じに垂れた目をして笑いかけて来る。いや前よりずっと遠慮というものが無くなったような気がする。
あの告白は一体何だったんだ!
ギッと力の籠ったサインは勢いあまって白い紙に長いラインを描く。余白に飛び出さんばかりのサインにため息を付いてロイは次の書類を手に取ったが内容は脳内を上滑りするばかりだ。
大体『好き』ってなんだ『好き』て。あいつはボイン大好きっ子だろうが。おまけにその後何のリアクションも起こさない。そりゃあの図体で暑苦しく迫ってきたら有無を言わさず燃やしてやるがな。
これまではそうしてきた。士官学校からこっち軍人にしては小柄な体型と目を引く容貌に勘違いしてきた奴らの行く末は皆同じだ。単に欲望のはけ口にしようとするのも真剣に思いをよせるのも手加減無しに叩きのめしたのに今回に限りそうしなかったのは多分−
・・・気に入ってるんだ、あいつが。便利で親切で傍に居ても落ち着く。こんな人間は初めてだからあんな事言われてもどうして良いか判らなくて。
告白の時ロイは何も言えなかった。ハボックも硬直するロイを置いてさっさとDOGHOUSEに引っ込んで翌朝にはもういつもの通りになっていた。あの告白は本当にあった事なのかと疑う程変わらぬ素振りにロイもどうして良いか判らない。
好きだって言って、笑いかけて。それでその後は何のアクションも無し。犬の癖に主人を放置するとは良い度胸じゃないか!
サインの尻尾はとうとう紙を飛び出した。とんでもなく長い尾を持つgの文字にロイはとうとうペンを置く。
この調子では次は紙を破るに違いない。仕事にならんとため息吐いてロイはぐっと背を伸ばし椅子を回転させて背後の窓から空を見上げる。生憎今日は薄曇りでロイの好きな蒼は見えない。
あの垂れ目に似た蒼い空が見えれば少しは気分が晴れると思ったのに−。
いやいや。何を戯けた事を考えてるロイ・マスタング。あんな犬などどうでもいいじゃ無いか。そっちがその気なら私が何かする事は無いだろう?放っとけば良いんだあんな薄情な犬なんか。
薄情。ハボックが聞いたらそれは違うと叫ぶだろう。あの告白に対して何もリアクションを起こさないのはロイも同じ事だし表面的にはその態度もいつもと変わって無い。チェスで例えるならハボックは1手指したのだ。次はロイの番なのに苛つく自分に一杯でこの時ロイはハボックがどんな思いをしてるかなんて考える余裕は無かった。
しかもどうして自分がこんなに苛つくのかそれすら考えても無い。
「今イチの天気だがどっか行こうかな・・このまま仕事してもはかどらんし」
ホークアイ中尉が聞いたら安全装置を外しそうなセリフを吐いてロイは逃亡先を捜す様に窓から外を見た。そろそろ暖かくなって来た中庭は芝生の緑が増え始め新しい季節の到来を告げるがロイの黒い瞳はそれに気が付いていない。
そのかわり目に入ったものはー
突然くるりと回れ右したロイは引き出しから白い手袋を取り出しそれをはめる。錬成陣付きのそれは強力な武器でその物騒な行動はロイが眼下に発見した物体のせいだ。
ロイが視線を下に向けた時見たもの。それは大きな木の下で大の字になって眠る金髪
の大型犬の姿だった。
そいつは長い手足をのびのび伸ばして眠っている。木漏れ日が影をつくる寝顔は平和そのもので未確認だがきっと涎を垂らしているに違い無い。
あの駄犬、御主人様を苛つかせて自分はサボリか。良い根性してるなハボック!
怒りに任せて振り上げた手が焔を生み出そうとした瞬間
「何をなさっているのですか、マスタング大佐」
冷たい声がその手を凍らせた。

告白から恋愛モードにすぐ突入できる程うちの大佐とハボは繊細ではありません。(笑)しばらくわたわたすると思います。温い目で見てやって下さいまし。

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