「失礼します、ハボックです」
ノックの音とほぼ同時に聞き馴れた声がドアを開く。ノックしたら返事を待てと何度言っても効き目がないあたりこいつ、ホントに駄犬だと思いながらロイはひょろりとした長身を睨み付けた。
「何の用だね、ハボック」
不機嫌のオーラをカモフラージュ代りにまとってるせいか言葉もそっけないのにハボックの態度は相変わらずだ。
「あー忙しそうなのは判りますが、すいませんこっちの書類先にサイン頂けませんか?受け取ったままで俺が忘れていたんですど・・」
「順番は守りたまえよ、少尉。お前のミスだろうそれは」
冷淡に高く積まれた書類の山の横を指差せば相手は途端に情けない顔になる。
「そうなんですけど、ちょっと急いでましてね。ただの休暇申請だからすぐに済むでしょ?その先にサインしていただければ何かお手伝いしますから〜」
モミ手をして懇願する姿はおやつをねだる犬そっくりだ。脱力しそうなその姿にさっきまで赤面してた自分が情けなくなる。好きだと言おうがどうしようが所詮こいつが自分の犬であることには変わりはないのだ。ならばこき使う事になんのためらいがあるだろう。計算速度が機械並みの優秀な頭脳がそう結論を出すのにかかった時間は1秒にも満たない。ぱっとハボックの手から書類を奪い取るとロイは素早く署名して
「等価交換だ、ハボック。ここにある書類を仕分けて各部署に届けておけ」
と2山ほどの書類の山を指差す。ええそんなっと情けない悲鳴を上げながらもハボックはそれを応接用の机に運んだ。
「5分いや10分待って下さいね。これ庶務課に提出して、シャワー浴びて来ますから」
「敵前逃亡はするなよ、少尉」
「しませんよーそんな事」
からかい半分のセリフに何を思ったかドアノブに手をかけていたハボックは急に顔を引き締めて
「大佐から逃げるって事はしないって俺決めたんです」
ひたとロイを見つめて宣言する。その精悍な表情に見せ掛けの無表情は脆く破れて
「・・・早く行け、駄犬!」
怒声と一緒に書き損じの書類が投げ付けられる。それをひょいとかわして
「アイ・サー」
朱に染まった頬にウィンク一つ残してハボックの姿はドアの向こうに消えた。


ファイマンス・ブレダは矛盾に満ちた男である。
軍人にあるまじきメタボリックな体型ながら動作は結構俊敏で腕っぷしは近接戦でも十分戦力になる。かといって見た目通りの筋肉馬鹿かと思えば士官学校は首席で卒業する程の秀才だ。特に戦略論では常にトップをキープし趣味の将棋も東方司令部では無敗を誇る。でも頭のいいインテリが落ち入りがちなペシミズムとも縁が無く意外に熱血で人情家だ。追加すれば国軍少尉という地位にありながら犬が大の苦手というのも珍しいのかも知れない。軍人にはどちらかといえば犬派が多いのだから。そして豪快な性格と思われがちだが意外に人の心の機微に聡い。
だから
「大佐ー」
腐れ縁の元同級生が目尻を下げまくって上官を呼ぶその声にどう考えても職場には不似合いな感情が含まれているのに最初に気がついたのも多分この男だったのだ。

「失礼します」
決済待ちの書類を抱えて上司の執務室のドアを開ければ目に入るのはいつもの光景。
「何だね、ブレダ少尉」
机の上に連なる書類の山の隙間から声をかける黒髪の大佐と
「おや、ブレさん2時間振りー」
何故か応接セットに陣取って決済済みの書類を分類している垂れ目の腐れ縁の姿だ。
この野郎自分の仕事はどうしてるんだよと突っ込みたくなるくらいこいつは執務室に入り浸っている。本人に言わせれば
『いや、大佐の命令だから。忙しいから書類整理手伝えってさ。全く困ったもんだよ』
その顔の何処が困ってるんだと鏡を突き出したくなるくらい垂れた蒼い目は嬉しそうだがそれを指摘するつもりは俺にはない。そんなの無駄だってとっくに判ってるからだ。だから
「憲兵隊に出す手配書の作成終わりました。チェックお願いします。それが頂ければすぐに向こうに廻しますので」
そしらぬ顔で要件を言う。ああそうかそんな時期かと答えた大佐はそれまで見ていた書類をどけると俺のを受け取って
「すぐに終わるから、少尉そこで待っていてくれたまえ」
ソファーを指差すから俺はハボックの向いに遠慮なく座った。
「・・お前昨日の捕り物の報告書終わったのかよ」
「ああ、あの後夜勤だったからその間に書いといた。おかげで眠いのなんの」
ぷかりと欠伸の代わりに白い煙が宙に浮かぶ。仕事を手伝う代わりに煙草は吸っていいなんて禁煙が叫ばれる司令部では破格の条件だと気づいてないのか灰皿には小さな山ができていた。
「さっきお前の隊の、えーとイェーガーがお前捜していたぞ。何か書類がどうしたとか」
「ああ、それはさっき庶務課に提出しといた。あいつに言おうと思ったんだけど捕まらなくてさ。もし見かけたらブレさんそう伝えといて」
それだけ言うと作業に戻る。だけどこんなの本来ならこんな雑用はもっと下の階級の人間がやるべきもので仮にも少尉と呼ばれるハボックがする仕事ではないのだ。(そもそもロイが書類を溜め込んで一気に片そうとするから生じる仕事だし)それなのに
さっきから逃げる口実投げてやってるのに食い付きゃしねぇ。こりゃどう見たって喜んでやってるとしか思えないぜ。




職場恋愛というのは案外ばれてるような気がします。知らぬは当事者ばかりなりってね。あまりきちんと書かなかったマスタング組の皆様も今回は書きたいです。

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