「ああ、こちらでしたかホークアイ中尉」
とりとめのない思考は部屋に入ってきた長身、細目の准尉によって破られホークアイは声のした方にヘイゼルの瞳を向ける。男の手にした分厚い封筒に優美なカーブを描く眉が歪んだ。
「ファルマン准尉それは?」
「はい、さっきセントラルから速達で届けられたものです。総務に郵便物の確認に行った所渡されました」
勤勉な准尉の頭の中には郵便物のスケジュールがきっちり入っていていつも時間になると何も言わず取りに行くのだ。そうすれば総務の仕分けで遅れる分の時間を短縮できる。彼がそうするのは
「・・・最低ね、緊急の判が3つも押してあるわ」
こんな事態に備えての事。なにかとマスタング組(そう意識する事自体大佐にかなわない証拠なのに)に嫌がらせするセントラルの連中はそうやってわざと締めきりギリギリに仕事を送りつけてくる。抗議をしても郵便事情と言い訳されるのが落ちだ。
「ブレダ少尉、ただいま、戻りました・・ってまたセントラルの嫌がらせかファルマン?」
次に部屋に入って来た男もホークアイの持つ封筒を一瞥しただけで事態を悟り小さく舌打ちをして内容を確認する中尉の横顔を見守る。綺麗な額に寄った皺の数が多いほど案件の難度は高くなるのなだが
「・・それ程体した事は無いわね。緊急の名に値する程重要な件ではないけど手間ひまが掛かるだけの代物だわ」
愁眉を解いてそう言う副官の声にほっと2人の男も肩の力を抜く。
「ブレダ少尉、ファルマン准尉悪いけど手伝ってもらうわ。ハボック少尉とフュリー曹長がいないのでちょっと大変だけど」
「はい。下らない嫌がらせに負ける訳にはいきません」
「どのみちハボの野郎は頭脳ワークにゃ向いてませんや。それにあいつらずっと張り込みだったんだ。そんな嫌がらせ俺とファルマンで十分でしょう」
頼もしい笑顔に一つ頷くとホークアイ中尉は大部屋を出た。

「ハボック、お前なんか嫌いだ!」
ノックはちゃんとした。返事は無かったがそれは良くあるの事なのでホークアイ中尉はきっかり30秒後に執務室のドアを開ける。部屋の主は椅子を反対側に向けたまま何やら電話に熱中してるようで副官の入室には気が付いてないらしい。
「大体好き嫌いとはなんだ。小さな子供じゃあるまいし。いいか好みと言うのは人それぞれであって皆平等だ。ニンジンが好きな奴が偉いなんて偏見だし、そんなの多数派による声無き少数派(サイレントマイノリティ)への弾圧じゃないか。ニンジン付けるなら私は食わんぞ・・くっ、この卑怯者め」
へ理屈もここまで飛躍すれば立派だとホークアイ中尉は感心する。会話の内容から察すれば相手は垂れ目の少尉しかいない。あの猫かぶりのカッコつけ男がここまで傍若無人に振る舞うのは多分彼だけだとハボック少尉は知っているのだろうか。長年の親友に対してだってここまではしないと。
「第一鴨かヒラメかなんてそんなすぐに決められるものか。夕食のメニューは1日の総決算なんだぞ。まずいディナーではどんなラッキーな1日も灰色で終わってしまうんだ。それだけ重要な問題を即決するなんてそんな事・・私にはできない」
苦悶する声にいっそ両方買ってしまえばいいのにと彼女は思う。冷蔵庫に入れておけば良い話だしどうせ料理するのは大佐ではないのだから。でもこれは他人が口を挟むものじゃない。
チャリン。コインを弾く小さな音が響く。決断力のない男は100センズ銅貨にそれを託したらしい。話の流れから推察するにどうやらハボック少尉は今夜のディナー作りを命ぜられた(あるいは自分から買って出た)のだろう。応接用の机の上にはさっきぶちまけられた書類がもうすっかり分類され並べられていて定時に帰るために大佐がどれだけ必死になってるかが判ろうというもの。
「よし、鴨の香草焼きに決めたぞハボック!角のベーカリーで焼き立てのパンも調達しておけ。ああ仕事の方はなんとか終わりそうだ。定時には少し遅れるかも知れないがちゃんと帰る・・うん」
最後の声はひどく柔らかい。顔は見えなくても弛んだ口元と染まった頬が想像できたのでホークアイは視線を書類に戻した。振り返った男と目を合わすのは何となく気恥ずかしいからソファーに座って仕上がった書類をチェックしてると
「・・何時からそこに居たのかね、ホークアイ中尉。君がノックしないとは珍しい」
後ろめたさを隠そうと咎める声。もちろん彼女は顔も上げない。
「すみません、一応何回かノックしましたがお電話に夢中で聞こえなかったようなので勝手ながら入室しました。以後気を付けます、大佐」
「い、いや、それは気がつかなかった私の方が悪い。ああ、風に飛ばされた書類はちゃんと元に戻しておいたよ。明日提出の分はその右端のブロックだ」
「ありがとうございます、大佐」
もう良いだろうと顔を上げればそこに居るのはいつもの手が掛かる上官だ。ちらりと壁にある時計に視線を走らして期待を込めてこちらを見つめる視線がいつもより強いのは待っている鴨のせいか、それとも─。
・・・まったく、もう。
金髪の副官は内心ため息を吐いて
「判りました、今確認しますが、今日はもうこれでお帰り下さい、大佐」
相手が待ち望んでいた言葉を口にする。途端にパッと明るくなる顔、それは多分イーストシティに来る前は見た事なかった表情で、だから
「それはありがたいが、セントラルから急ぎの書類とかはないのか?」
「いいえ、ちゃんと予定通りに進んでいますから、今日は安心してお帰り下さい。マスタング大佐」
小さな嘘にヘイゼルの瞳は揺らぎもしない。そうしていそいそと帰り仕度を始める男を尻目に彼女は書類のチェックを再開した。

リザ・ホークアイ中尉は秩序を愛する。物事が停滞も遅延もなく予定通り進む事は彼女の望む所ではあるけれどそれより大事な事はある。
急ぎの書類と言ったってあれなら私達だけで対処できる。明日大佐に見せてサインを貰うだけにしておけば何の問題もないわ。
ほんの少しスケジュールを変えるのにためらいは無い。
正直に報告すればきっと大佐は文句を言いながらも自分も残ると言うでしょう。自分のせいで東方司令部の業務が滞ってしまうのをとても気にしているから。逃亡したテロリストを捕らえるための作戦をずっと指揮して今日までずっと司令部に泊まり込みだった。でも疲労の影さえ持ち前のポーカーフェイスで誤魔化してしまう。
気紛れ、我が儘、傲岸不遜そんな形容詞が似合う人なのにその本質は真面目で真直ぐ。あの父の墓前で笑った時と少しも変っていない。それを知ってるからこそ
安らげる時があるなら邪魔はしたくない。そうして私ができない事をしてくれる人がいるならそれで良い。その背を守るのは私の役目、でも心を守るのは私だけじゃ無理だから。
どうぞ一時の安らぎを。
そっと心の中で呟いてホークアイ中尉は灯りの消えた執務室を後にした。


これで一応マスタング組メンバーはクリア。あと一回おまけで終わりの予定です。

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