アームストロング家の家長となるべき者は一族全ての命運を握りその保護を責務とする。その責任は重大であり1人では完璧に果すのは難しい。故にこの地位に付きし者は成年に達し次第伴侶を得なければならない。
もし仮に成年で家長を継し者が2年以内に伴侶を得なければその者は家長としての責務を怠ったとしてその地位をより相応しい者に譲らなければならぬ
─初代家長アレクサンドロス・ルドヴィッヒ・アームストロング将軍神の御元に逝く前にこれを記す。

「何だッたんスか、アレは!俺は寿命が10年縮まりましたよ!」
「やかましい、駄犬。私なんか100年は縮んだわ!」
評判のデリで買った惣菜の前で国軍大佐とその護衛あるいは恋人同士の2人はワイングラスを片手にそう叫びそうして深々とため息を吐いた。
「・・・であれはつまりアームストロング閣下の世間一般でいうところのプロポーズというやつなんですか?」
「屈強な兵士を一ダース引き連れていきなり司令部に押し入り長剣を突き付けて命令するのをプロポーズと許容するほど世間が寛容かは判らないが内容は多分それで合ってると思うぞ、ハボ」
「だから、どうしてそうなるんです!」
「私が知るか!」
ぐさりとフォークをチキンに突き刺してロイは叫ぶ。せっかく恋人の手料理を楽しみにしていたのに昼間の騒ぎのせいで出来合いの惣菜になってしまったのがどうにも気に入らないが心身共に消耗してしまった恋人の顔を見れば我侭も引っ込む。それに北壁の女王の前に立ちはだかる姿に内心惚れ直したくらいだ。
「ともかく俺はあの後すぐ外に放り出された訳ですから詳しい事情知らないんスよ。何であの女王様が結婚なんて言い出したんです?」
「・・アームストロング家に代々伝わる家訓のせいだそうだ・・」
力なくそう言ってロイはあのブリザードの中の会見を話だした。

「・・・2年以内に結婚しないと家長としての資格を失う?」
「正確には家督を継いで2年以内だ。つまり期限は来月中という事になる」
人払いした執務室でロイは氷の女王と対面している。傍から見れば美人と2人きりで膝を突き合わせている訳だがこの状況を楽しむ余裕はロイにはなかった。
「2年─そうですか、あの事件からもうそれだけ経ったんですね」
「の割には軍部の改革は遅々として進んでおらんようだが」
感慨にふける暇すらこの極北のブリザードは与えてくれず本題を逸らそうとしたロイの意図を阻んだ。
「しかしそれなら何故家督を継いだ時にさっさと犠牲・・もとい伴侶を見つけておかなかったんです?」
「父上が隠しておったのだ・・2年以内に結婚するという条件を」
ふっくらと艶のある唇が苦々しげに言う。恐いもの知らずの女傑が唯一苦手とするのが食えない親爺殿という事らしい。
「先月セントラルに出向いた折御機嫌伺いに言ったらいきなり言われた。オリヴィエお前伴侶となる男性は見つかったか?とな。・・全く寝耳に水とはこの事だ、あの狸親爺」
「はぁ・・それは御愁傷様じゃなく災難でしたね。しかし貴方は実力で家督をもぎ取り・・いえ継いだ訳ですしそんな古めかしい慣習など家長の権限で変えてしまえば良いじゃないですか」
「甘いな。貴様我が一族の結束の強さを知らないか。そんな事をすればこの国の要所要所に散らばりしアームストロングが一斉に反旗を翻すわ。本家の威光は一族の誉れ。それを汚す事はまかりならんとな」
んなおーげさな。
と内心ロイは思った。所詮は一家族の問題に過ぎないじゃないかと。だが
「あのクーデターで我々が国の中枢を素早く手にできたのも彼等の協力があっての事だ。暢気な貴様は知らなかったろうがな・・」
氷より青い瞳に睨まれてロイは顔を引き締める。確かに力によってロイ達は軍を掌握したが議会や行政機関はそうではなかった。だが彼等による抵抗は予想したよりずっと少なかったのは事実だ。ブラッドレィ政権が彼等にそれなりに評価されていたにも関わらず。
「あの事件の黒幕にブラッドレイが関わってた事を我々は隠した。そのせいで奴を英雄視し我々を纂奪者と思う輩が多いのは貴様も知っていよう。それを宥め新政権に協力しようと呼び掛けたのは我が一族の者たちだ。それだけアームストロングの力は大きい。私が屋敷を隠れみの替わりに使うためだけに家督を強引に奪ったと思ったか、マスタング」
脅しでもハッタリでもないと女王は言う。残念ながらそれに反論する根拠をロイを持てずそうでしたかとただ頭を垂れるしかない。
「ではこのままでは貴女は家長の資格を失う。そうすると誰が家長を継ぐんです」
「決まってる、我が妹キャスリンだ」
ロイの脳裏に華奢な少女の姿が浮かぶ。突然変異とハボックが言った可憐な乙女は確かにアームストロングの怪力を受け継いでいたがそんな重圧を負わせるのは確かに酷だ。
「そうなれば妹はすぐに結婚せねばならん。それも一族が選んだそれなりの家柄の男だ。・・・だが妹は今ある男と交際している。野心も何も持たない田舎の牧場の跡取り息子だが妹は好いてるらしい」
「それは喜ばしい話ですがそうなると家督の件は妹君にとって歓迎できる事ではありませんね」
そうなれば田舎の牧場主と結婚できる訳もない。口にはしないがオリヴィエもこの交際を認めてるのだろう。氷の心臓も末の妹には暖かくなるらしくだから今家督を失う訳にはいかないと思ったのだ。でなければ実力主義のオリヴィエの事だ。家長なぞなりたい奴がなれば良いとさっさとその地位を放り投げるはずだ。それはロイにも判る。妹への情から結婚を決めたオリヴィエの決意も立派なものだと思うが
「なんで私なんです・・」
げんなりした顔でそう言えば女王陛下は簡潔に答えた。
「不本意ながら周りを見回したらお前しかいなかった」

「わはははは!!東部一の色男も形なしっスね!」
「やかましい、この駄犬!」
無遠慮に笑う恋人の頭をペシリと叩いてロイはワインを飲み干す。酒量がいつもより増えるのはこの際仕方ない。
「オリヴィエが言うには有力政治家や軍閥では余計な詮索をされるし煩わしい。アームストロング家の勢力が拡大すると警戒する輩もでる。かと言って身内からというのも一族内の均衡を崩す怖れがあるからダメだと言うんだ」
「厄介な一族っスね・・」
良くも悪くもエネルギッシュでパワフルな一族は確かにアメストリスの黎明期からこの国を支えてきた。それでもあの『お父様』に取り込められなかったのは独立独歩、我が道を行くの家風があったからだろう。
「なら弟の少佐に家督を譲れば良いじゃないスか」
「前にも言われたらあいつにやるくらいなら私の方が髪の毛1本ほどマシらしい。それに私なら同じ勢力だし背後に厄介な親族もない。パワーバランスから考えて一番良いと判断したんだろう」
マイルズが独身ならそっちでも良かったんだがと少し悔しそうにオリヴィエは言ったらしい。あの生真面目な副官がそれを聞いたらどう思ったろうとハボックは想像する。きっと自分が妻帯者であった事をイシュワラの神に深く深ーく感謝したに違いない。
「でもそれならどうすんでしょうね、アームストロング中将閣下は。期限はもうあと少しじゃないスか。それまでに次の生贄・・もとい結婚相手を見つけなければならないんでしょう?」
無邪気に恋人の事を信じる男はそう言って新しいワインの封を切ろうとボトルを手にする。その時笑い猫の笑顔を浮かべてつれない恋人は言った。
「オリヴィエのプロポーズを受けないと私はいつ言ったかね。ジャン」

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