密やかな沈黙が続いたのはほんの数秒。
突然外でけたたましいクラクションの音が長閑な空気を突き破って辺りに響く。昼寝を邪魔されたニワトリや羊の抗議の鳴声がそれに加わったところで
「あっ、やばい!」
唐突に唇に触れていた熱が離れる。
「ハボック?」
何が起きたと問う声がいささか恨めしげになるのにも気づかずハボックはロイから離れると窓辺から身を乗り出して大きく手を振って
「今下りるから!病人がいるんだクラクション鳴らすのよせよ!」
叫ぶなりハボックの姿はロイの目の前から消えた。すぐ戻りますと捨てセリフを残して。

「何なんだ一体・・」
ぽつねんと1人残されたロイは呆然と呟く。さっきまで2人がしてた行為は夢だったのかと唇に手を触れればまだそこには男の熱が残ってるかのように微かに熱い─ような気がしてドクンと心臓が脈打つ。
「あのっつ・・駄犬!」
怒りに任せて罪のない枕を叩いた時だ。
「遅いわよ!ジャン!」
窓の外から女性の声が飛び込んでくる。その声にロイは思わずベッドから飛び下りて窓辺に走った。そうしてそっとカーテンの影から下を見下ろす。その視線の先には古ぼけた青いトラックが1台停まっていて
「呼んだらすぐに出て来なさいよ!」
威勢のいいセリフと共に女性が1人トラックから下りてくる。洗い晒しのジーンズに白のエプロン。肩までの髪は無造作に1つに纏められ彼女の動きにあわせて揺れる。それが日の光を弾いてキラリと光った。その輝きは
「今行くって言っただろう!姉貴!」
迎えに出た男と同じ輝きだった。
・・ハボックの姉?そう言えば写真を見た事があったっけ。
イシュヴァールでハボックと出会った時偶然だがロイはハボックの家族の写真を見た事があった。明るい陽光の元そろいの金髪と青い瞳を持った一家がにこやかに微笑んでいる写真を。
この位置からは顔はよく見えないが大きなバスケットを抱えた女性は確かに小さな少女を抱き上げてその写真の左端に立っていた。
似てる・・のかな。ハボックと
興味深々といった顔でロイは何やら話し込んでいる2人を見下ろす。さすがに会話の内容はよく聞こえないがハボックが頭を掻きながらなにやら言い訳してる様子は見て取れた。その姿はまさに尻尾をたらし主人に叱られる犬そのもの。
そういえばそこそこ年が離れているから頭が上がらないとか言ってたっけ。
ロイの家に掃除やなんかでハボックが来るのは珍しい事ではない。そういう時は大抵2人ともたわいもない無駄話に興ずるがそこでロイはよくハボックの実家の話を聞いた。家族の話からこの季節は何が美味しいとか子供の頃どんな悪さをしたとか。大して熱心に聞いていないようで実はロイはその話が好きだった。
ハボックの話す平凡な田舎の生活はどれも彼にとって縁の無いもので─聞くだけでどこかが暖かくなるような気がしたから。
ハボックもそんなロイの気持ちを感じていたのだろう。折に触れ故郷の話をしたけど自分からは聞く事はしなかった。
「大佐の家はどうでしたか?」と

「しょうがないわねぇ!勝手にしなさいよ!」
ロイが物思いに沈んでる間に会話は終了したようだ。最後にそう言って彼女はおんぼろトラックの運転席に戻る。ドアを開けようとした瞬間視線を感じたのかくるりとその小さな顔がこっちを見上げた。
うっ・・わ!
条件反射でロイはさっとカーテンの影に隠れる。別に悪い事した訳じゃないのに心臓がバクバクいうのを抑えながら素早くベッドに飛び込んだところでノックの音がして
「すんません、騒がしくして・・」
ちょっと疲れた顔のハボックがすごすごと戻って来た。

「姉上は何を怒っていたんだ?」
そしらぬ顔をしてロイは尋ねる。どうもさっきまでの騒ぎで2人の間に流れていた空気はすっかりいつもどおりになってしまったらしく内心ロイはほっとした。あのまま邪魔が入らなかったら一体どうなっていたか─なんて正直あまり考えたくない。
「聞こえていましたか。いや大した事じゃ無いッスから気にしないで下さい・・」
ハボックもどこかほっとしたのだろう。ようやくといった感じでポケットから出したマッチでいつもの煙草に火を付けた。
お馴染みの香りと白い煙がほわりと宙に浮かぶ。
「こっちに来てたのオレ家族に知らせるつもりはなかったンスよ。そんな事してる場合じゃなかったし。けどオレ何にも持って無かったでしょう?あんたを救出に行くのにちゃんとした装備もなかった。でこっそり姉貴だけには連絡したんです。色々必要な物をもってこいって」
田舎の憲兵隊はとっくに退役していそうな老人が守っているだけの小さなものだ。当然武器なんかろくにない。精々火器が数丁。弾のストックだって殆どなかった。
「火薬とか暗視ゴーグルとかナイフとか・・まぁそんなもの色々。緊急事態だから誰にも知られないように持って来てと」
「ちょっと待て、お前の実家は何屋だ」
「雑貨屋って言ったっしょ?」
それが何かとハボックは笑うがどこの世界に暗視ゴーグルを普通に置く雑貨屋があるだろう。しかもこんな長閑な田舎で。
「や、こんな田舎だから。何でも置かないと商売にならなくて。ひいじいさんの代から始めたらしいけどパンツのゴムから装甲車までがモットーだそうです。なんかね俺の曾祖父さん若い頃あちこちを放浪したそうで。嘘かホントか知りませんが東のシンまで行ってきたらしいんスよ。でそん時のツテとか生かして普通に手に入らないモンも調達できたらしいんス」
「・・・パワフルなお爺さんだったんだな」
ハボック家の意外な歴史にロイはそう言うしかない。
「俺その爺さんに似てるって親爺に言われた事あるんスよ。あ、ちょっと立てますか大佐」
何かを思い付いたようにハボックはロイに手を差し伸べた。それをもう大丈夫だと強がってロイは窓辺に立つハボックの隣に並んだ。
「見えますか?あの青い屋根」
さっきは気がつかなかったがこの診療所は小高い丘に建っていたのだ。窓からはハボックの村がすっかり見渡せる
程で思わず身を乗り出したロイを爽やかな秋の風が包む。

ハボ姉登場。雑貨屋ハボックも色々勝手に捏造します。アレだけの武器をそろえるのはきっと何かコネとか闇のルートとか知っていたに違いない。愛されて80年だし(笑)

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