「もうすぐ卒業だろ?その前にできれば試験を受けたかったんだけどまだちょっと無理みたいで・・でもほら全国の士官学校で共通に行われる候補生制度があるじゃないか。あれに受かれば国家錬金術師の候補にはなれるだろう?そうすれば卒業後セントラルで学ぶ事ができるんだ。それに受かりたいんだなんとしても」
イシュヴァール以後この国の軍事はより錬金術に重きを置く様になった。民間から優秀な人材を募集するのと同時に士官学校から才能ある者を選抜して育てるという方法にも力を入れ始めている。どうせ軍属にするなら軍人から錬金術師を出したほうが何かと都合はいいのはずだ。
「あーあの何回も試験やってどんどん絞っていくってゆうあれね。なんかとっても大変らしいけど・・それでか最近リンデンに顔出さねーの」
その言葉にさっきまで希望に輝いていた顔がすっと陰った。視線を外した声は恋する者らしくしおれている。
「うん。彼女には悪いと思ってるし僕だって彼女に会いたいよ。でもここでちゃんとしておかないと何処に配属されるかも判らないだろう?候補生になれれば行く先はセントラルだ、日帰り可能だし連絡も取りやすい。それにお祖父様に彼女との交際を認めてもらうには僕がある程度の実績がないとダメだと思う」
「まぁ確かにあのじーさんじゃねぇ。ハンナの事話せないよなぁ」
たった一度休暇中お茶に招待された事のあるハボックはかつて国軍大佐だった老人の厳格そのもの顔を思い出して相槌を打つ。なごやかであるべきお茶の席での話題は軍人とはどうあるべきかという訓話に終止し、後で聞いた話ではコンラートは祖父に友人は選べと説教されたそうである。そんな人物が酒場の娘と孫の交際を認めるわけもない。
「母の事があったから余計にお祖父様は神経質になるんだけどね。ともかく最初の試験は半月後だ。それに受からないと話にならない。僕は他の人みたいに師匠に弟子入りする訳にはいかないから余計に頑張らないと。そういえばジャンはイシュヴァールに従軍していたんだろう?」
唐突に出た地名にハボックの肩がぴくりと動いた。その名はある人の面影に直結している。
「こんな事聞くの不謹慎かもしれないけど、ジャンは国家錬金術師の技を見たのかい?山をも崩すと言う彼等の力を」
無邪気な問いにハボックは戸惑った。彼の知る国家錬金術師の真実とコンラートの描く理想には天と地ほどの開きがある。指先一つで基地を灰にした人が上げた声にならない叫びは今も心に焼き付いて離れないというのに。・・言ったほうが良いんだろうか。国家錬金術師は人間兵器だと、あいつの描いてるのは軍によって都合良く隠蔽され、作られた姿なんだと。だけど今さら言ってどうなるだろう?彼にとっては錬金術師になる事は全てを叶える希望の光なのだから。
「いやー残念、だけど俺補給部隊だったから。しかも後方で殆ど倉庫番しててさー。錬金術師の技どころか姿さえ見た事ないんだよ。悪いね参考になんなくて」
陽気に笑い飛ばすハボックにコンラートはちょっと残念そうな顔をした。

「・・・だからさ、コンラートは当分こっちに顔出せないけど、心配すんなって。あいつの目には君しか写っちゃいないんだから」
「知ってるわよ、そんな事。ほら手を止めないのジャン。お皿溜まってるわよ」
照れ隠しにわざと冷たく言って追加の皿を押し付けた金髪の女性の頬は紅い。青いチェックのエプロンを翻してテーブルの間を回る彼女の動きは軽やかで小鳥みたいだと言ってたのはその恋人だ。ツケのおかげで深夜の労働を余儀無くされたハボックはそれ聞いた時それはちょっと違うと思ったものだ。
だっていくら小鳥だって両手に大ジョッキ持ったら軽やかに動けないだろう。でもハンナはそれできるもんなぁ。おまけにあんなに働いてもあの腕は細いまんまなんだから女て不思議。
「ほら、ハボ坊、手止まってる。これ終わったら帰っていいからがんばんな。さ、これでも食べて」
女性の神秘に思いを馳せていたハボックの背中を叩いてミートパイの皿を差し出したのはリンデンの女将であるエルザだ。ビヤ樽並みの胴回りに赤毛を束ねた彼女はこの酒場の主人であり女王だ。ここで彼女に逆らう強者はいない。
「あースンませんね、女将さん。でも俺の事ハボ坊って呼ぶの止めてくれませんか?知り合いに聞かれたら事だ」
「何言ってンだい!そんなひよこの制服着てるのを坊やって呼んで何が悪い。あたしに言わせりゃ男は皆坊やだよ」
長年士官学校の生徒達を見ていた女将にそう言われればハボックには返す言葉も無い。大人しくミートパイを齧りつつ皿洗いに励む男の耳にぽつりと洩れたつぶやきが聞こえた。
「幸せになってくれると良いんだけどねぇ、あの子」
声の主の視線の先にはホールをまわる青いエプロン。
「もう何十年もあたしはここで店を開いていた。その間何人もの娘が学生さんと恋仲になったさ。うまくいったりそうでなかったり色々あったけどハッピーエンドは殆ど無い。あまり深入りおしでないよって娘らには言って聞かせてるんだれどねぇ。何しろあんた方軍人は命令一つで地の果てまで行っちまう因果な商売だ」
「ハンナは大丈夫ッスよ、女将さん。コンラートはちゃんと彼女との将来の事考えてるし、そのために今必死に勉強してるんだから」
沈黙する彼女のくすんだ青い瞳の奥にはきっとそれまでのロマンスが全て収まってるに違い無い。物憂げに紫煙を吹き出す彼女の横顔はいつもの陽気な女将というよりカードで運命を告げる占者のように厳しい。
「心配しなくても大丈夫ッスよ。俺ら軍人は待っててくれる女がいなけりゃ戦えないんだから。特にあいつは真面目だから。きっと何があってもハンナのとこに帰ってくる。ちゃんとハッピーエンドになるって、じゃなけりゃ振られた俺の立場ないもん」
不吉な気を追い払うようにハボックは陽気な声を上げて洗った皿を洗いカゴに置いた。それにつられる様に彼女も腰を上げて空いたジョッキにビールを注ぎ始める。陽気な酒場の喧噪が一段と賑やかになる中で彼女が漏らした最後のつぶやきはハボックの耳に届く事はなかった。
「真面目で、純粋。とても好い事だけどそれがハッピーエンドをもたらすと決まったわけじゃないのさ、坊や」

「・・11月、コンラートは錬金術師候補生の最初の試験に合格しました。御存じの通りこの制度は全国の士官学校から才能ある者を選抜し国家錬金術師の育成を強化するためのものです」
「確かその制度は去年廃止になったはずだが」
「そうです、判事。結局この制度は3年程しか使用されませんでした。理由は簡単、それだけサポートしても結局国家試験の合格率が悪過ぎたのです。見習いレベルの者は増えても肝腎の合格者が増えなければ意味は無い。そう判断した大総統の命によって廃止されました。つまりそれだけ国家錬金術師になるのは困難な事だった。しかも制度ができて以来10代の合格者は今までたったの2人です。その事実を関係者はどれだけ認識していたものか。」
その希少な2人の内の1人は傍聴席でじっとその話を聞いている。検察側の男が一瞬意味ありげにこちらへ視線を流したのをロイはちゃんと気付いていた。ヒューズの話が進むにつれてロイは自分の中にあった焦燥感が薄れていくのを感じていた。状況は変わっていないむしろきっとハボックの不利になっていくはずなのに何故かロイの胸に微かな希望が生まれてくる。本当に微かでまるで頼り無いものだけど。
・・・あいつがこんな長広舌ふるうのには大抵意味があるんだ。事件に錬金術が関わりあるのと今の話が無関係であるとは思えない。あいつにしか判って無い真相がそこにあるはず。そうだろうヒューズ。
肩にはいった力をそっと抜いてロイは深く息をはいた。そして握りしめていた拳を緩め背筋を伸ばしてそこにあるどんな些細な情報も聞き逃さないようヒューズの話を追う。
鍵はきっとそこにある。ハボックを救う大事な鍵が。
「そして次の試験は年明けに予定されていました。これに合格すると東部代表としてセントラルに行く権利が得られます。それがコンラートの望みでした」

「諸君、大変喜ばしい事に今回の錬金術師候補生の一次試験にこのクラスから合格者が出た。そして残念だがこれが我が校たった1人の合格者でもある。その人物の名は・・・コンラート・アイスラー」
朝の朝礼で教官がそう言うと一瞬の沈黙の後どよめきが教室に響き渡った。皆の視線が集中した先には金髪の青年に肩を叩かれてぽかんとしている眼鏡のクラスメイト。やがてやっと事態を理解したのか彼は片手を上げて歓声を上げる。日頃大人しい青年の始めて見せるその姿に驚きながらもわっとクラス中の人間が彼を囲んで口々に祝福の声をかけた。その騒ぎは教官が何度大声を張り上げても容易に鎮まりはしなかった。
クラス一目立たない生徒がヒーローになった瞬間だった。

勝手に作ってます、見習い制度。どこぞのイベントにあった言葉から捏造しました。コンラートの両親の話はホークアイ中尉の両親がこうじゃなかったかと思って作りました。きっと駆け落ちしたんじゃないかよ思うんですよね、リザパパは。グラマン中将があの貧乏暮らしを知っていたとは思えないし。視点があちこち変わって読み辛いでしょうが過去編もうちょっと続きますのでおつき合い下さいませ。

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