「ようこそ、フランツ・アイスラーさん。証言を事前にお願いしなかったのは謝罪します。しかし貴方の身元がはっきりしなかったのが障害になりまして。身元の不確かな者に証言させるわけにはいきませんから」
にこやかに語るヒューズとは正反対に証言台の男の表情は固い。しかし内心の緊張を気取られない様にわざとゆったり構えて相手の出方を窺う。この男の狙いはどこなのか、何処まで知っているのか。
「貴方に証言してもらいたいのは事件時の貴方の所在です。ああそういわゆるアリバイと言うやつです。いや貴方を疑う訳ではないのですが犯人の供述に気になる部分があったのでそこをはっきりさせたいんですよ。」
「どのような供述があったか知りませんが私の答えははっきりしております。あの日私は旦那様と一緒に後方の車両におりました。それはそこのマスタング大佐もよく御存じのはずです。失礼ですが質問はそれだけですか?」
何を今さらと答えた男は今にも証言台を降りそうだ。しかしヒューズは怯まない。
「そうですか?でもマスタング大佐はあなた方を後方に下がらせただけで自分はずっと前で指揮を執っていた。実際は兵士があなた方を待機用に用意した大型車に案内しただけで中に入った後は誰も姿を確認していない。つまりあなた方のアリバイはお互いしか証言できない訳です。そしてアイスラーさん貴方は途中で車を降りて何処かに行きましたね。兵が証言しました、貴方は1時間ぐらい何処かに行っている。そう丁度ハボック少尉達が突入していた時間に」
「あれは旦那様のお薬を取りに行っただけです。心労で発作を起こしかけたのですが私のミスで薬が間違っていた。それで薬を取り出かけたんです」
「それは危なかったですね。普通なら先に医者の所に行くべきでしょう?」
「旦那様はカール様の事が心配で離れたがらなかったんです。幸い近くに薬局があったのを知ってましたので」
「あの場末のケルトナー街をよく御存じですな。事件さえなければあなた方には一生縁が無い場所だと思いますが?」
「たまたま車の中で見かけただけです!大体何で私がいや私達が疑われなければならないんです!私達は被害者だ。それとも私がコンラートの父だからカールを殺したとでも言うんですか?そういう疑いを受けると思ったから私はフランツ・アイスラーだと名乗らなかったんだ」
激昂した男は怒りに任せて証言台を拳で打つ。それだけ興奮していると周囲の人間は思うがヒューズは気付いていた。叫んだ男の瞳は冷静な光が宿ってる事を。この質問を逆手に取って自分への疑いを理不尽なものだと訴えようとしているのだから。
「誤解です。アイスラーさん。我々は全てをはっきりさせてこの少尉の罪を決めたい。だから些細な矛盾点も明確にしたいだけなんです。その一つがこれです」
手元のファイルから今度は一枚のスケッチが出て来た。誰かの似顔絵らしく描かれているのは黒いサングラスをした髭の男だった。粗い線で描かれたそれを見た判事は顔を顰めて証言台の男を見つめる。
「似てますな、貴方に。ヒューズ中佐これは何処から?」
ひらりと証言台の男にも見える様に絵をかざして判事は興味深げに聞く。絵を見つめる男は唇を噛み締め今度は何も反論しない。粗い線で描かれたそれはそれだけ似ていたからだ、自分と。
「これはカールを誘拐した犯人達のリーダー似顔絵です。あの時逮捕した人間は5名。面白い事に彼等は只のチンピラで思想的背景も無くまたどこかのテログループに属してるというわけでも無かった」
「まるっきり金目当ての犯行だった訳だ。でも何がしかのつながりがあったのだろう?」
こんな計画を立案しそれを実行するには必ずリーダーがいる。行き当たりばったりの強盗と訳が違うのだ。
「それが全然。彼等はそれぞれ酒場や賭博場などでこの絵の男に声を掛けられ集まったに過ぎない輩です。多額の報酬に釣られて動いたはいいが結果は散々だと愚痴ってました。男の説明では軍なんか絶対乗り出してこないって話だったそうですが」
「それが私となんの関係があるんですか。確かにその絵は私に似てますがそれが何です?世の中には似た人間が沢山いるし、なんならその犯人達をここに連れてくれば良いじゃ無いですかそいつらに首実検させればいいでしょう?」
「有り難い御提案ですがそれはできません。彼等は全員証言を拒否しました。どうもその男に大分脅されたようで。何でもそいつは錬金術が使えて命令に従わなかった奴を目の前でバラバラにしたらしい。酷い話じゃありませんか、アイスラーさん」
ヒューズの言葉は網を絞る様に証言台の男を追い詰めていく。犯人との類似、錬金術、出されるカードにハズレは無い。
「つまり貴方は今度の事件の犯人が私だと言いたいんですか?コンラートの復讐として私が計画しカールを誘拐させたと?」
「いいえ、貴方1人では無理でしょう。幾ら何でも。・・・だけど2人なら可能です」
がたん。ヒューズの言葉が終わらないうちに傍聴席で1人の男が立ち上がった。大柄な身体に口ひげの見事な壮年の男は低い声で脅す様に言った。
「失礼だが発言の許可を貰うよ、ファレル君。エックハルト氏の友人として今の発言は我慢ならないのでね。ヒューズ中佐君はエックハルト氏が今度の事件を計画したと言うのかね。大事な1人娘の愛する夫を殺したと?それはあまりに無神経な言葉ではないか。大体犯人はそこの少尉と決まってるのだろう?それをさっきからくだらない話を延々と続けおって。これが検察のやり方か!」
階級を傘に着た男の発言は威圧的だ。軍では上下関係は何より絶対の制約で此処にいる誰もが身に染みている。
「しかし、ドライン准将・・」
「お言葉ですが准将閣下。」
反論しかけたヒューズの言葉を遮ったのは法壇に座る判事だ。
「軍法会議内では判事である私に裁決の権利があり何人もそれを侵す事はできません。それは大総統閣下が定められたアメストリスの軍令に明記されております。そして私はヒューズ中佐の審議を中断するつもりはありません。提出された証拠や証言を徹底的に審議しその上で裁決を下すのが軍法会議の役目だと思っておりますから。ドライン准将、御友人の事を心配なさる気持ちは判りますがどうか閣下もこれに従って下さい。ヒューズ中佐審議を続けたまえ。」
静かな声には確固とした信念がありそれは階級の力をはね除ける強さがあった。不満げな顔も露に傍聴席の准将は無言で席につき、ヒューズは微かに目礼して言葉を続ける。
「全ての可能性を我々は審議する義務があります。例えばこういう事実がある。事の発端である誘拐事件が起きた時負傷したエックハルト氏の愛娘ベルタ嬢は国立の病院に運ばれた後すぐに転院しました。転院先は個人経営の小さな病院で命にかかわりが無い怪我とはいえこれはいささか不自然です。」
「何故ですか?お嬢様は酷いショックを受けられた。精神的に不安定な状態で見知らぬ医師に治療されるより主治医である医師の病院で養生するのが不自然な事でしょうか」
「いいえ。しかし最初に彼女を診察した医師のカルテには奇妙な事が書かれていました。それがこれです。」
今度は一枚のカルテが手品の様に表れる。それを見ながらヒューズは続けた。
「ベルタ嬢の怪我は打撲にスリ傷。狙いが彼女だったにしては信じられない程幸運な事です」
「カール様が庇ったおかげじゃないですか、彼は軍人なんですよ」
「んー、カール・ワッツ氏の成績、及び軍功を見る限り彼が実戦に長けたという記録はないですね。そもそも彼は実戦に出た事はなかった。・・ま火事場のなんとやらと言う事もありますし、問題はそこではないのです。」
「じゃあ何です」
「カルテによればベルタ嬢には幾つもの打撲の痕や火傷の痕まであった。しかもこれらは事件より前に付けられたものらしい。不審に思った医師が彼女に聞いたところこう答えたそうです。夫がやったと」
「お嬢様は混乱しておられた!そんな話本気で取り上げるんですか!」
「お宅のメイドの証言もある。最近夫婦仲がおかしい、旦那様がたびたび奥様に手を上げたのを見たと。でも奥様に口止めされたそうで。つまりカールに日常的に暴力をふるわれていたんではないでしょうか、ベルタ嬢は。そしてそれを隠していた。それが2人の結婚に最初は反対していた父親、エックハルト氏への意地かどうかは判りませんが。しかし同じ家の中の事だ、隠し通せるもんじゃ無い。多分最初に貴方が気付きエックハルト氏に報告したんでしょうね。そして子煩悩な父親は激怒する筋は通りますよね、エックハルト氏にも動機はあると。」
「デタラメだ!そんなの!」
「それからこんな物もある!これは事件現場を捜索した部隊が発見したものだ」
相手の抗議を黙殺してヒューズが手にしたのは2枚の白黒写真だ。写っているのは何処かの地下か灰色の壁が薄暗い光の中に浮かんでいる。一枚はどうもコンクリート、もう一枚は古い煉瓦のようでどちらにも表面に奇妙な継ぎ目のような痕跡が残っている。
「こちらは事件現場の真下を通る地下水路の壁、もう一枚は現場に埋もれていた地下室の壁です。瓦礫を撤去していた兵士が発見しました。そしてこの2点は実は距離にして2メートルと離れていないんです。つまりこの地下室の壁をぶち抜けば簡単に水路に出られた。そして水路に出られさえすれば現場から誰にも見つからずに逃げる事ができるんです。そして2点の写真に共通するこの継ぎ目のような痕は錬成痕、錬金術で物質を変化させた時に残る痕なんです。誰かがここで錬金術を使ったというれっきとした証拠だ。さてアイスラーさんすいませんがその手袋をとっていただけませんかね。」
メフィストの笑みを浮かべてヒューズは要求する。蒼白になった男は白い手袋をした手を庇う様に抑えてなお抵抗する。
「お断りします。あなた方にそんな事要求する権利は無いはずだ。」
「そうですか?白い手袋は執事の必需品ですよね。それがある限り貴方はどんな場合にも指紋を残さないし、不審に思われる事も無い。例の謎のリーダーもずっと手袋をはめていたそうで、遺留品から指紋は発見できなかった。・・でもたった一つだけ貴方が指紋を残す場合があったんです。」
「そ・・そんな事あるか!私は一度だって手袋を外した事は無い!」
一瞬の沈黙。その言葉が意味するのを法廷の全ての人が理解するのを待つ様に一呼吸おいてヒューズは言った。
「錬金術を行う時必要なのは何か。それは錬成陣です。これは友人の受け売りですが円で構築された式に手をつく事によって力の循環を発動させる、つまりそこに手を直接付かなければ発動しないんです。そうですよねアイスラーさん」
言うなりヒューズは素早く証言台に歩み寄ると呆然としている男の手を取りあっと言う間に手袋を外し、その両手を光の下に曝した。日に焼けて無い白い掌一面に描かれているのは幾つかの円陣を組み合わせて構成された複雑な紋様。
「あの壁から幾つかの指紋が採取されています。照合させて頂けますよね。」
チエックメイトの宣言にがっくりと項垂れた男は力無く首を振る。そのままの姿で数秒沈黙した男はゆっくりと顔を上げて言った。
「その必要はありません。・・カールを殺したのは私です、中佐」
「エーヴェルス!」
「お終いですよ、旦那様・・いやハンス。我々の負けだ」
そう言った男の顔はまだ青ざめてはいたが瞳には先程までの執念は無い。周囲が息を呑む中でどこかすっきりしたような表情で男は判事の裁定を待つ。
「・・さて色々と興味深い事実が出て来たが、検察官、君はどうこの事件を締めくくる?何を検察は求める?」
証言台に立つ男に視線を巡らせた後、法壇の高みから判事は静かに尋ねてくる。その言葉を受けてヒューズはゆっくりと答えた。オリーブグリーンの瞳を傍聴席にいる黒髪の大佐に向けたまま。
「正しい裁きを検察は要求します。この事件は様々な思惑が絡みあった結果だ。息子の無念を晴らそうとする父親と娘ヘの暴力に怒る父と不正な取り引きの追求を逃れようとする軍人の利害が一致したからこそ起きたのです。そして上官を庇おうとする部下が罠に落ちそれを救おうとした同僚達が事実を明るみにした。ファレン大佐、検察はカール・エックハルト殺害の実行犯としてフランツ・アイスラーを、ハンス・エックハルトをその共犯と銃器密売の容疑者として起訴し身柄を憲兵隊に拘束する事を提案します。そしてジャン・ハボック少尉の起訴事実について無罪を求める動議を提出します」
「彼を起訴したのは君達検察だ。検察は自ら自分達の判断を誤りだと認めるのかね」
「はい、判事。誤りは認めなければ誤りのままですから」
「ヒューズ中佐の動議は認められた。」
判事の声が高らかに響きそれが被告席の男の耳に浸透するのには少し時間がかかり
「法廷は本件の起訴事実に関してジャン・ハボック少尉を無罪と認める。検察は速やかに釈放手続きを取る様に審議は終了だ」
力強く打鳴らされた木槌がようやくハボックに事態を認識させた時傍聴席からわっと歓声があがりブレダ達がハボックの方に向かっていく。混乱したまま彼等を見ていたハボックはその中に一番会いたい人の姿が無いのに気付く。ブレダ、フューリーホークアイ、そして何時来たのかファルマン。けれどロイの姿は無い。無意識にその姿を求めて頭を巡らせたハボックは大柄な軍人の後を追って部屋を出ていく黒髪の上司の姿を見つけた。
「ちょ、おい何処行くんだよハボ!」

やっとここまで来ましたー。裁判シーンの緊迫感とかもっと上手くやりたかったけど自分にはこれが精一杯。でも満足です。はー。

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