『好き』っていうのは色々種類がある。友人に家族に恋人にそれぞれ違った意味で使われる。そこが『愛してる』と違うとこだがさてこの男の『好き』は一体どれなんだろう。
「ほら、水飲んで。苦しいですか?気持ち悪い?」
くったりとソファーに身を伸ばしたままハボックに世話を焼かれるロイはアルコールに霞む頭でぼんやりそんな事を思っていた。
「シャワーはダメそうですね。立てますか?ほら掴まって。ホント世話焼けますねぇ」
上着を脱がしてボタンを緩めて背中を摩る手は子供の世話を焼く母親の手際と暖かさでー
恋人のものじゃ無い。そのくらいは鈍い私にも判る。
「しょーがないなぁ。担ぐと気分悪くなるかもしんないし・・・ちょっとの間我慢して下さいよっと」
ふわりと宙に浮く感じがして足から地面の感触が消える。頬に押し付けられた暖かいが固めの感触にどうやら自分はあまり人に見られたくない状態になってると判るが振り払う力も意志もロイには無い。
全く人をなんだと思ってるんだ。壊れ物じゃないんだぞ。幾ら『大好きな御主人様』でもこれはないだろう。
そっと柔らかいマットに下ろされる。何時変えたのか清潔な石鹸の香りがするシーツに包まれ頭にはお気に入りの羽根枕があてがわれた。
そうかお前の『好き』はこういう『好き』なんだな。友人のように近くて家族のように暖かい。それなら私はこのまま何も言わなくて良いのかな。今までどうり我侭上司として振る舞って時には一緒に飲みに行って。慌てて変な事言う前にそれが判って良かったよ・・
安堵と諦めと何故だか痛む胸にロイが小さく息を吐いた時そっと額に触れる手の感触。
「それじゃ大佐お休みなさい。鍵は明日迎えに来た時返します」
武骨な指が髪をかきあげそのまま離れる。礼の一言ぐらいは言わなければとロイは重い身体を起こして立ち上がりかけた男に手を伸ばす。
「ハボ」
「大佐?」
怪訝そうに見開かれた蒼い瞳がこちらを向く。伸ばした指先が無意識にそれに触れようするが叶わず落ちた指先が相手の頬を掠めた。蒼い瞳が苦しむ様に歪む。
と思うと急に肩を押されて身体は再びスプリングの効いたマットに沈まされ
微かだった煙草の苦い香りが強くなり
額に相手の前髪が触れて
「ハボック?」
深い蒼が目に一杯広がる。
「・・・境界線を越えないで下さいよ、大佐。俺はあなたに言ったでしょう?『好き』って。それ以上何も求めないけどナチュラルディスタンスは守って下さい。そうじゃないと・・」
疲労で少し荒れた唇の熱が直に伝わる。触れたか触れないか掠めるような接触の後それは反発する磁石の様にすぐに離れロイに覆いかぶさった男は身を起こした。
「ハボック!」
アルコールで重い身体をロイが起こした時はその広い背中はドアを出て行ってしまって
「おやすみなさい、大佐。明日は7時に迎えに来ます」
いつもの部下の声だけがそこに残った。
一体今何が起った?
取り残されたロイは酔いをきれいに吹き飛ばした衝撃に唖然としたまま無意識に唇へと手を伸ばす。
「つっ・・」
指先が触れた瞬間蘇ったのはさっきの煙草臭いを纏った唇とその感触。
それを思い出した瞬間ドクンと心臓が大きく脈打ち頬にさっきとは違う熱が籠る。
「何が境界線だ・・・あの駄犬!」
力任せに振り下ろされた拳を優しく受け止めたのは罪も無い羽根枕だった。

この感情にレッテルを貼るならそれは『好き』が正しいのだろう。そうはっきりと思った時突然ぽろりと言葉がこぼれでた。
「俺はあんたが好きですよ」
言われた人は目を見張りそのまま固まる。まるで犬が人語を喋るのに遭遇したみたいな表情に俺もそれ以上何も言えなくてさっさと尻尾を巻いて退散した。

何であんな事言っちゃたんだろう。
後悔は海より深くブリッグス山より高かった。のに
「おはよう、ハボック少尉」
休み明けに会った大佐の笑顔に変わりは無い。いつもと同じに仕事を言い付け、現場では無茶をし、休日には手料理を所望してくる。
『好きです』と告白しちゃった男に笑いかけ、我侭を言い、無防備な寝顔を曝す。
なんなんだろう、本当に。
まさか本当に聞こえなかったのか。でもあの状況でそれは考えられないけど告白事体が俺の妄想じゃ無いかと思える程変わらぬ日常。
・・無視されたのかなぁ。聞こえない振りして忘れてやるからもう世迷い言は吐くなってってか?それが大人の対応ってやつなんだろうか。
「どうしました隊長ぼんやりして」
幸せ一杯の本日の主役が空いたジョッキにビールを注ぐ。
「おうサンキュ。なぁイェーガーちょっと聞くがお前ルース嬢に告白した後すぐ返事もらえたか?」
「いいえ5日ぐらい待たされました。やっぱ軍属でしょう?実態を知ってるから軍人と真面目に付き合うのに結構ためらいがあったみたいで。やっぱ心配じゃないですか恋人の日常が硝煙臭いと・・でも俺はその間泣きたかったですよー。そんな葛藤があったなんて知らないし、まるで見え無い境界線があるのか俺の顔みりゃ逃げるしもう諦めるしかないのかなーって思いました」
その時の辛さを思い出したのか遠い目になる若い軍人は質問して来た垂れ目の男が何処を見てるのか気が付かない。
蒼い瞳は酒場の奥、仲間と談笑する黒髪の大佐を見ていた。
「やっぱ普通はそうだろなー」

俺はどうしてあんな事言ったんだろう。今までの距離感に不満は決してなかったはずなのに。我侭上司とヘタレな部下。階級を無視して冗談を言い合い、決して他人には見せない生活無能者ぶりを内心微笑ましく思いながら(たまにキレそうになるけど)世話を焼いて−それで良いと思ってたはずだ。使い勝手の良い忠実な忠犬でいられればそれで良いのにまかり間違えば嫌悪感を抱かれてもしょうがないセリフをどうして言ってしまったのか。
「おーいハボ大佐潰れたぞ。後を頼む」
知って欲しかったのか俺の気持ちを
「はいはい・・」
よっこいせと力の抜けた身体を背負えば無意識なのに首に手が廻った。それはそれだけロイがこの状態に慣れているせいで
んな無防備にしがみつかないで下さいよー。ああ首筋に息かかるし、だから何だと言う訳じゃないがちょっと困るんですー。
「んーハボ眠い・・気持ち良い・・」
きゅっと首に回した手に力が入る。喉元に当る腕の感触に夜道を行く男はぐんとそのスピードを上げた。


ニアミス発生。途中からハボ視点に変わります。こっちはこっちでぐるぐるしてます。

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