「ホークアイ少尉!見て下さい!」
隠しマイクから流れる会話で突入のタイミングを測っていたホークアイ少尉の耳に兵の叫びと鈍い爆発音が突然響く。見上げれば白い屋敷の3階部分の窓が吹き飛ばされ黒煙と共に無数のガラスの破片が舞い落ちるところだった。
「正面の扉より小隊突入!印のある煉瓦は決して踏むな。2階にいる人質を救出を最優先に行動せよ。」
凛とした声が騒ぐ兵士の背中を打ち、金髪の少尉は愛用の銃を構えて突入の先頭にたつ。

・・・・耳がじんじんする。おかしいな何も聞こえないや。身体も固まっちまったみたいに動かない。腕の中のマスタング中佐がなんか言ってるみたいだけど聞こえない。あれ?いつもは澄ましてる中佐が泣きそうな顔してら−。ホントこういう時は子供みたいだ、そーいや戦場に行く時甥ッ子がこんな顔して裾握りしめてたっけ。はいはい俺は何処にも行きませんよ、中佐。俺はあんたの忠実な犬だから、あれだけ犬呼ばわりされちゃもう腹括るしかないでしょう?だからそんな顔せんで下さい。・・ナンだろう?どうして視界が赤くなるんだ?おまけに背中が熱いや・・・

変り映えのしない食事が鉄の扉に開けられた小さな窓から差し入れられる。無言のままそれを受け取って固いパンを2つに割った。・・・何も出て来ない、何の変哲も無いいつものパンだ。やはり失敗したのだろうか、大きなこと言っても所詮は素人に毛が生えたレベルの男だった。あの練成陣を扱う器量など無かったのか。
軽い失望のため息が囚人の口から漏れた時、鉄の扉が音も無く開いた。
「何を残念がってるんだ、キンブリ−」
「これはとんだ珍客だ、焔の。イシュヴァ−ル以来ですね。」
揶揄するような挨拶を聞き流して焔の錬金術師は牢屋に入って来る。逆光でその表情は良く解らないが纏っている気配は戦場の時と同じくらい鋭かった。
「こんなむさ苦しい牢屋にわざわざやって来られるとは光栄ですね、焔の。東方司令部でお忙しい貴男が哀れな囚人に何の用ですか?」
「貴様の弟子のヨハン・フォークスの計画は失敗した。イーストシティは今日も平和だよ。」
「弟子?私は弟子をとった覚えなぞありませんよ。ただ昔の部下が泣き言言って来るからちょっと手を貸してやっただけです。あの男が弟子だなんてとんでもない。」
「そうか?彼は弟子のつもりだったぞ?貴様も目をかけてやったから戦場で他の部下みたいに殺さなかったんじゃ無いのか?」
「まさか!あんなつまらない男たいした花火にもならないから見逃しただけですよ。しつこい手紙にもうんざりしてたんですけどね。何しろここは退屈だ、ほらこんな有り様だから何もできない。」
哀れっぽく嘆いて囚人は手の枷を訪問者に見せつける。長く伸ばし気味の黒髪から覗く瞳にはイシュヴァ−ルで見た時と変らない得体の知れない光があった。それはロイの悪夢の主人公の1人。
「それに東方には貴男がいた。どうです私の花火は懐かしかったでしょう?。それにしても貴男はあの頃と変りませんね、相変わらず脆くて苛烈な焔だ。それでこの私をどうします?この身はすでに軍の囚人で、実際は出番が来るまでしまわれている兵器ですからね。それを決めたのは大総統閣下だ。だから一介の中佐風情が私に手を出せるものじゃ無い。それともまたあの御友人に泣きつきますか?」
くすくす。喉の奥で小さく響く笑い声は悪夢の中で何度も聞いたものだ。その度に体はあの夜を思い出し震えた、しかし。
「さあて、そいつはどうかな?」
目を逸らす事無く相手を見つめて反撃する黒い瞳には怯えも憎しみも無かった。あるのは蒼い焔に似た強い怒り。
「貴様がそう言っていられるのもその技のおかげだ。その紅蓮の技が無ければただの爆弾狂で殺人者だ。だからもし貴様以上の技を持つものが現れれば、国家錬金術師として軍に頭を垂れる者がいればお前は即刻お払い箱だ。」
「この紅蓮の錬金術師以上の技を持つ者が現れれば?それは面白い話ですね。そんな者がそう簡単に現れると思っているのなら焔の、貴男はとんだ世間知らずだ。」
「世間知らずはお前の方だ、キンブリ−」
可笑しそうに笑う男を断罪するように焔の錬金術師は言い切った。
「錬金術師に必要なのは飽くなき探究心と術への貪欲なまでの研鑽だ。絶対の真理への到達無しに歩みを止める事はそれまでの努力を無にするのに等しい。己の術に満足して歩みを止め、研究を放棄する錬金術師などすぐに時代遅れになるに決まっている。・・・知っているか、紅蓮の錬金術師?」
大事な秘密を打ち明けるように顔を寄せ、声を潜める。薄く微笑む唇の婀娜な艶っぽさに誘われるように囚人も顔を近付けた。
「ほんの1ヶ月前の事だ。私は禁忌を侵して生還した錬金術師に会った。」
唐突な言葉が囚人のそれまでのふざけた態度を一変させる。その言葉の重大さが解らない程、ぼけてはいない。
「人体練成を試みた彼は引き換えに体の一部と一緒にいた弟の身体全てを持っていかれ、結局術は失敗してしまった。だがそれでもある種の生命を生み出す事は出来たのだ。・・すぐに死んでしまったらしいけどね。そして彼は身体を失った弟の魂を練成し無機物に定着させ蘇らせた。聞いた事があったか、特定人物の魂の練成なんて。だが一番驚くべき事はそれを成し遂げた人物がたった11歳の子供だと言う事だよ。」
「馬鹿な・・嘘だ!そんな事ありえない!」
囚人は歯ぎしりして、話を止めようと手枷がはめられた手を前に伸ばすが、婀娜な笑顔を浮かべたまま相手はすっと後ろに下がり、紋様を持つ手は虚しく空を掴む。
「彼はいずれ私の記録を破って最年少の国家錬金術師になるだろう。それが世の流れというものだ。こうしてる間に才能ある者はその技を高めていく。貴様の紅蓮の術なぞあっという間に時代遅れの代物になるのさ。」
「黙れ!」
ぱきん、掴み掛かる手を逃れて焔の錬金術師の白い指が鳴り、ち・ち・ちと小さな火花が空を走り怒りの叫びをあげる紅蓮の錬金術師の口に吸い込まれる。
「?何をしようというんです、焔の。貴男の御託はどうあれ今は私に手出しはできないでしょ・・ぐわっつ!」
突然喉を掻きむしって苦しみだした囚人を冷徹に見据えながらロイは言った。
「喉を中から焼かれる気分は、どうだキンブリ−?イシュヴァ−ルではこんな細かなコントロールなぞできなくて、ノックス先生に怒られたりもしたが、この通り私も日々精進しているものでね。これなら身体に傷はつかないし、まぁ4〜5日流動食で過ごせばなんとかなるさ。」
「貴様・・・マスタング・・あがっつ!」
焔の固まりが喉を走り、内側から灼かれる苦しみにのたうち回る男から洩れる呪詛の声にもロイは関心を示さず淡々と言葉は続く。
「憶えておけ、今度くだらないちょっかいを私の周りの人間に出したら容赦はしない。今では短時間で超高熱の焔を操る事もできるんだ、骨まで残さず灼き尽くして、後は脱走したとでも報告すれば上層部だって解りはしないさ。」
残酷な宣告ももがき苦しむ男の耳には入らないのか返事は無い。そのかわり
「ロイ」
閉ざされた扉の向こうから秘かに彼の名を呼ぶ声が聞こえたが、それに答えず黒髪の錬金術師は静かに床の男を見つめ続ける。男がもがく度に手にはめられた手枷が床を叩き、肉を灼く臭いがあたりに漂いはじめる。
「ローイ」
聞き分けのない子供をたしなめるように今度は少し強めの口様でもう一度名を呼ばれ、ロイはようやく白い手を降ろし、肩の力を抜いた。術の発動で密度が増していた空気が拡散し、もがいていた男はようやくその動きを止め、ぜいぜいと新鮮な空気を吸い込んだが、灼かれた喉に声は戻らない。ただ血走った目が憎しみを込めて相手を見上げるだけだ。その視線をさらりと受けてロイはもう一度嫣然と微笑んだ。
「お別れだ、キンブリ−。ああ最後に一つ。あの夜の事は薬のおかげで殆ど憶えていないんだが、貴様がヘタクソだったのは記憶に残ったよ。薬でラリってなきゃイけないぐらいね。」


容赦無しマスタングさん絶好調。この人には高笑いがとても良く似合うと思います。従うハボはお気の毒。

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