犬小屋−DOG HOUSE.
ロイの家にはハボック専用の部屋がある。何故か客用寝室を使うのを拒む彼のためにロイがわざわざ用意した物だが、本人はまだこれに気付いていない。もともと1階の奥まったところにあって物置きとしてた部屋だし、ハボックも頻繁にやって来る割には泊まる事など今までで一度しか無い。そのへんが彼なりに部下としての線引きなのかは判らないが、何となくロイには面白く無かったのだ。
だって犬は飼い主の元にいるべきだろう?いや単においしい朝食にありつけるからか。先だって彼が泊まった朝にでて来た朝食は(時間的にはブランチ)二日酔いの身ですらおいしいと感動する代物だった。
顧みて今この家にある食料といえば。
「・・・・缶詰めのスープと2日前のバケット、あとはチーズぐらいなものか。まぁ夕食は司令部ですましてきたから朝飯抜きでも別にいいか・・。」
頭に浮かんだ世話焼きの犬に今度来た時は買い物リストを渡してやろうと思いながらロイはようやく起き上がる。
こんなトコで寝たらきっと体調を崩す。今は大きな事件が無い変わりに事務処理の業務が貯まっていて司令部は慌ただしい。ここで風邪でもひいたらホークアイ中尉がどんな顔をするか想像するだに恐ろしい。
ともかく体を休めようとロイは疲れた体を寝室に引きずっていった。

「おはようございます、大佐。こちらが今日の書類です。・・・どうなさいましたその顔は。」
「おはよう、中尉。なんでもないよ。そのヒゲそり用の剃刀がきれていてね、ヒゲをそってこれなかっただけだ。」
別に寝坊したわけじゃないと目線で弁解する男をちろんと一瞥して副官は冷静に指示を下す。
「・・ブレダ少尉が夜勤でしたから多分予備を持っています。それをわけてもらって即刻剃って下さい。11時より軍議があります。」
せめて見てくれぐらいはちゃんとしろとの仰せにすごすごとロイは洗面所に向かった。頭の中にあるハボックに渡す買い物リストに愛用の剃刀を付け加えながら。

「わ、どうしました大佐、頭どこかにぶつけたんですか?」
「ああ、フュリー曹長大した事無いんだ。いや廊下の電球が切れててね。真っ暗な中うっかり開いていたドアに激突しただけだよ。」
「そーですか。早く新しいのと取り替えた方がいいですね。」
リストには電球も加わった。

「失礼します、大佐。この書類にサインを・・何をやっているんですか?」
「見れば判るだろう、ファルマン凖尉。爪を切っているんだよ、油断したら伸び過ぎた。」
「・・・大佐それは紙用のはさみです。爪を切るにはいささか適してないと思われますが。」
リストには爪切りも加わった。

「あれ、大佐?何を洗面所でコソコソやってるんです。って手をどうしました?」
「しー、中尉には黙ってろよ。ブレダ。ちょっと包丁で手を切っただけだ。なにこうして手袋で隠せば判らないだろう?」
手の怪我は中尉達が神経をとがらすからな。
「それならちゃんと医務室に行って下さい。そんなハンカチ巻いただけじゃだめですよ。絆創膏ぐらい無かったんですか?」
「ちょうど切らしてたんだ。」
「・・・・早くハボが帰ってくるといいですね。」
リストには絆創膏も加わった。

数日後   
「よう!久しぶりだな野郎共!元気にしてたか。」
陽気な声と共に東方司令部の大部屋のドアを開けたのは、馴染みの眼鏡の中佐だった。
「あら、なんだ、なんだ暗い顔しちゃって、まるで通夜みたいじゃねーか。」
その言葉どおり大部屋の人間は皆真面目に仕事に集中していて来訪者に無言で会釈するだけだ。まるで何かに怯えるみたいに机にかじり付く様は確かにいつもとは違い過ぎる。だがしょっちゅうここにやって来る中佐の冴えた頭脳にはピンとくるものがあった。
「はー、さてはまたロイが逃亡したな。そんでまだ帰って来ない。ホークアイ中尉の御機嫌は急降下ってとこか。」
「そーなんです〜。中尉はあちらの執務室で仕事してるんですけどもう冷気がひしひしと。」
泣き声で応えたのは眼鏡の曹長。子供っぽい顔が恐怖に引きつるあたり事態はかなり深刻らしい。
「あれは冷気じゃなくて殺気ですよ、ヒューズ中佐。」
「皆で一度は捜したんですが・・。成果は御覧の通りです。」
「はーそりゃ御苦労さん。っていつもの猟犬はどうした。あいつならすぐに見つけて来るはずだろう?」
東方司令部七不思議の一つに数えられるハボックのマスタング大佐追跡能力はセントラルの中佐もよく知っていた。
「ハボック少尉は南部に出張中です。だからホークアイ中尉も逃げられないように目を光らせていたんですけど・・」
「俺はハボックに大佐の行きそうな場所教えて貰ってたんですけどね、ダメでした。」
見かけによらず知力を売りにする少尉も野生の勘には叶わなかったらしく肩を落としてため息をついた。それに合わせるように大部屋の全員がため息をつく。来るべき嵐の来襲とその後始末が自分達にかかって来る事を予想して。
「しょーがねーな。仕方ないこの俺様が直々に捜して来てやるか。このままじゃ俺までとばっちり食いそうじゃん。おいブレダ少尉、一応捜したとこ教えろ。」
「本当ですか、ヒューズ中佐!ありがとうございます。もうかれこれ3時間近く経ってんですよ。もういつ中尉の銃が火を吹くか気がきじゃなくて・・」
ひしっと縋るような目を向けられてヒューズは任せろばかりに胸をはる。
「なーに仕官学校時代からあいつの行動はぜーんぶ判ってるんだ、ちょろいもんさ。すぐに連れて来てやるから任せろ。ホークアイ中尉にも安心しろって言っておけ。あ、それからお前達もこれ見ながら仕事しろよ、心が癒される事請け合い。」
たん、たん、たんとそれぞれの机に置かれたのはピンクのフレームに入った幼児の写真。
「俺の天使エリシアちゃんの最新バージョンだ、特別に貸してやるから仕事に励めよ!」
高笑いを残して出て行った中佐をげんなりとした顔で見送る誰かがぽつんと漏らした言葉は正しくその場の人間の思いを代弁していた。
「・・・もうやだ、こんな職場。」

30分後
「・・っかしいな、何処にいるんだロイの奴。」
東棟の1階いささか焦った様に廊下を早足で移動するヒューズ中佐の姿がそこにあった。
「えーと、中庭も地下の倉庫も屋上もいっただろ後は捜して無いトコってないよなぁ。」
さっき大部屋で豪語した割にはこの始末。セントラルの軍本部とは比べ物にならないが東方司令部も結構広い。その気になれば人間1人隠れるとこなぞ幾らでもある。尤もロイの逃亡先は必ず彼のテリトリー内と決まってはいるのだが。
「非常識なようで変な常識はあるからなー。そんな変なトコに行くわけは無いし・・。早く見つけねェとホークアイ中尉の銃口がこっちに向くよ。」
このままじゃ埒があかんと逸る足を止めて状況を整理してみる。軍法会議所きっての切れ者の名は伊達じゃないつもりだ。
「行き詰まったら、普通初心に帰れだよなぁ。でこの場合の初心というと・・・これか?」
ブレダ少尉がハボックに教えてもらったマスタング大佐逃亡先リストのトップ、お気に入りの書庫。既に部下達が2回も捜索した所ではあるが。
「一度捜したとここそ一番安全な場所。兵法の初歩だよ。決まりだね。」

ハボックがいないとロイは生活無能です。という話の筈だったけど・・・

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