書庫の湿った、黴臭い臭いを好きな人はあまり居ない。でもヒューズの知るロイは昔からその埃っぽい空間を好んでいた。
「あんな埃っぽい所によく何時間も籠ってられるなー、ロイ。」
「そうか?静かで落ち着くじゃないか。なんか本が一杯あって安心するんだ、あそこは。」
「そのうち、黴だらけになって腰から根が生えちまぞ〜。」
閉館間際まで図書館に籠る親友をよくそう言ってからかったものだ。そしてお互い敬礼される側になった今でもその傾向に変わりはないらしい。なんとなれば
「まーよく寝てるわ、こんなとこで。」
書庫の一番奥の奥。床に積んである未整理の本を隠れみのに古ぼけた毛布にくるまって眠る親友の寝顔はとても安らかに見えたから。
あーあ本でバリケード作っちまって、これで皆気付かなかったのかね。毛布まで持ち込んじまってなんかもうハムスターかリスの巣みてー。おまけに丸まって寝るからよけいにハムスターだ。
さしずめこの丸い頬は餌袋かとむにと引っ張ればようやく眠れる親友の意識は浮上始めたらしく、手を払い除けようと身体の向きをかえる。おもしろいから手を離さないで、様子を見ているといい加減にしろとばかりに
「うーん、ふざけるのはよせ、ハボック」
不機嫌そうな声が不在の犬の名を呼んだ。
−別におかしな事じゃない。 いつも捜しに来る男の名を呼ぶのは。
そう思ったはずだったが、無意識に手に力が入ったらしく
「イタタ!何するんだこのハボ・・・ってあれ・・ヒューズ?」
頬を抓られて目を覚ました男はやっと目の前の人物を認識した。
「何でお前がここにいる?」
「何でじゃねぇ!いつまで寝ぼけてやがるこのハムスター野郎!」
強ばった顔を誤魔化そうとぱしりと黒い頭を叩くと
「誰がハムスターだ!お前こそヒゲ面の馬面じゃないか!」
寝起きで機嫌の悪いロイも思いきりやり返す。
「なにおう!言ったなこいつ。」
「言ったがどうした!」
いくら人気の無い書庫と言っても29才立派な士官同士がやり合うには低レベル過ぎる言い合いは
「そこまでにして頂けますかお二方。声が外に漏れます。」
氷の女王の一声でぴたりと止まった。おそるおそる声のした方に目をやれば愛用の銃の撃鉄に指をかけたホークアイ少尉がそこにいる。
「お捜しの資料は見つかりましたか?マスタング大佐。」
「え?あ、あ見つかったよ、中尉。その・・遅くなってすまない。」
「では執務室にお戻り下さい。状況は少々切迫しております。・・ところでヒューズ中佐。」
「な・なにかなリザちゃん・・。」
「今日はどう言った御用件で?」
刃の切っ先がこちらに向く。ここでただ遊びに来ただけと言ったらどうなるか想像できない程ヒューズも命知らずではない。
「いやその・・ニューオプティンに用があってね。ついでに今度使う資料も貰っておこうと思って寄ったんだが忙しいそうで悪かったね。こっちは勝手にやってくからお構いなく・・じゃあ。」
そう言ってそそくさとその場を逃げようとしたヒューズは軍服の裾をひしっと掴まれ、動けない。なんだと振り向けばそこに行くなと必死で訴える潤んだ黒い瞳があって。
「・・忙しそうだから手伝おうか、ホークアイ中尉。」
昔からこの瞳には弱い男はため息ついてそう提案した。

数時間後、日もとっぷりとくれた執務室。
「お・・終わった。」
「だーもうなんで俺がこんな目に・・」
机の上に打ち臥す男2人を冷ややかに見詰めながら書類を数えていた副官はやっと業務の終了を宣言する。
「お疲れさまでしたお二方。これで取りあえず今日締の書類はお終いです。」
「腹減った・・ロイ、飯食いに行こうぜ。当然!お前のおごりね。」
「む、仕方ない。手伝ってもらった事だし奢ってやるとするか。中尉我々は帰ってもいいかね?」
「はい大佐。明日は非番ですからゆっくり休んでください。」
どっちが上官だか判らないね、こりゃ。しかしホークアイ中尉もなんだかんだ言ってロイには甘いね−。まだそこそこ残ってるはずなのに。
と思ったヒューズの判断こそ甘い。
「そうか、悪いね。じゃあ行こうか。ヒューズ。」
いそいそとコートを手にドアに手をかけたロイにホークアイは
「忘れものです、大佐。」
分厚い封筒を手渡した。怪訝な顔をしたロイが中を覗けば未処理の書類と幾つかの資料。
「な・・何かなこれ、ホークアイ中尉。」
「お・わ・す・れ・も・の・で・す。マスタング大佐。」
「・・・はい。」
美しい微笑みと共にずいっと差し出されたそれを手にとらなかったらどうなるか−判らない程短い付き合いでは無い。がっくりと肩を落としてそれを受け取るロイの背中をぽむと慰めるようにヒューズが叩いた。

「大体な−ハボックがいけない。今日だっていつもみたいにあいつが1時間で起こしにくれば問題は無かったんだ。ソレがないから寝過ごしたんだ。結果、仕事の持ち帰りだ。せっかくの非番だってのに。聞いてるか、ヒューズ!」
「はいはい、聞いてますよ、ロイちゃん。」
「聞いて無い!聞いて無いぞお前!」
ストレスの溜まった酔っ払いの声はでかく、ヒューズは思わず周りを見回すが、奥まったボックス席にいるせいかこちらを窺うような客は居なかった。尤もここは静かさと酒類の質の良さが売りの隠れた名店だ。どんな街でも上手い店を見つけるのが得意なヒューズの贔屓にしている店で、従業員の教育もしっかりしている。ついでに料理の腕も確かなコックがいるせいで疲れ果てた軍人2人はようやく一息入れられたがそうすると頭をもたげるのは現状への不満である。
「仕事付きの休日なんて休みじゃない。それもこれもハボックが居ないのが悪い!」
喚く声は結局金髪の少尉の不在への不満となりさっきからソレを聞かされるヒューズの神経をなんとなく逆撫でする。
別に大した事じゃ無い。普段そばにいる奴が居ないから愚図ってるだけだ。
「廊下の電気が切れて扉に頭ぶつけたのものも、絆創膏が無くて指の怪我を中尉に見つかったのもみーんなハボックが居ないのが悪い!聞いてるのかヒューズ!」
「聞いてるよ−っていうかロイお前そんな事まで少尉にやらせてるわけ?」
「あたり前だろう!あいつは私の犬なんだから。御主人様の面倒見るのはあいつの役目だ。」
きっぱりはっきり言い切る友人の目は真剣そのもので、ヒューズはよけい判らなくなる。容易に人に心を開かない親友がここまで部下に頼るもんだろうか、ここまで依存するだろうか。確かに一度信用した人間には我侭になるというはた迷惑な傾向は昔からあった。学生時代にそれを経験しているヒューズはそれが特別な事じゃないと知ってはいるがそれでも
「あんまり、ハボック少尉に世話かけんなよ、少尉だって自分の生活ってもんがあるだろう。」
そう言ってしまうのは自分の独占欲なんだろうか。こいつの特別に自分以外の誰かがなるのは嫌だと思うのは。
「犬に私生活なんかない!」
「あ・そー。同情するね、少尉に俺は。大体、お前ハボック少尉のことどう思ってるわけ?」
そんな言葉が滑り出たのは酒のせいだと思いたい。

ロイは黒猫というのが一般的ですがハムスターもありじゃないかと。あの頬にチョコとか詰め込んでたら良いとか
思ってます。今回珍しくヒュ様ぐるぐるしてます。

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